お前らがいるから笑顔になれる


とんでもない映画に出会ってしまった。

ニューヨークofficialチャンネルより『ザ•エレクトリカルパレーズ』だ。

2011年、NSC東京校17期生たちにあるグループが現れた。「エレパレ」と呼ばれるその団体がTシャツやテーマソングを作り、複数の女生徒たちと関係を持ったとされている。一時その噂は芸人たちの間で話題となったが誰も正確な情報を掴めないまま忘れ去られていった。                9年後、話を聞きつけたニューヨークチャンネルはエレパレの正体を探るべく調査に乗り出した。お笑いを志した若者たちは、なぜそんな組織を作ったのか。取材をすすめるうちに17期生たちが蓋をした真実が見えてくる。そして映画は現代の若者たちが抱える様々な問題をあぶり出しながら、衝撃のラストへと雪崩れ込むがー。ニューヨークとスタッフが総力をかけて挑んだ渾身のドキュメンタリー作品。

 この映画は、東京NSC17期に存在していた組織「エレパレ」こと「ザ・エレクトリカルパレーズ」をドキュメンタリー形式で掘り下げていく作品となっている。有名芸人から比較的知名度の低い芸人も含めて「エレパレ」についての取材が行われ、最初は謎だった「エレパレ」という組織が段々と実体を現してくるというものだ。もちろんお笑いをよく知らない人でも楽しめるような形式になっている。


鑑賞後の衝撃は大きく、私はもう「エレパレ」の事しか考えられなくなってしまった。感情を整理する為にも一度文字に起こしてみようと思う。


 思い返せば、私の中学時代にも「エレパレ」のようなものがあった。

 身バレが怖いのと口にする事すら未だ小っ恥ずかしいので多くは語れないが中学3年の頃、受験を前にし私立を推薦で受かり余裕のあったクラスの一軍の男子達がクラスを「マイファミリー」と呼び纏めだした。

 私もこのクラスにいる限り「マイファミリー」なので必然的に彼らのノリに付き合う事になった。クラス行事の日や受験前日にクラスみんなで円陣を組み長い合言葉と共に「マイファミリー!」と叫ぶ事がなんとも痛々しく思え、顔から火が出る程恥ずかしく「マイファミリー」に半ば否定的な感情を募らせていた事を覚えている。

 その為私は映画の序盤、空気階段やオズワルドやガーリィレコードさんらに共感して見ていた。なんだそのサークル。いけ好かないし痛々しいし恥ずかしすぎる。そうして中学時代の「マイファミリー」をあまり受け入れられなかった様に「エレパレ」という組織をどうしても肯定的に捉える事が出来なかった。

 だが、あんなに奇妙で「ヤな奴ら」だったエレパレを内部から見る事で彼らなりの信念や思いや青春の形が見える。私の中学時代も仲嶺さんにとって「エレパレ」は家族だったという言葉とも妙に重なってしまう。そして徐々に「エレパレ」が好きになっていってしまった。

 そして、エンドロールで涙を流してしまった。私はあのような組織を少し嫌に感じていた筈なのに「エレパレ」が愛おしく思えてならなかった。「エレパレ」は「お笑い芸人をやっている人にしか分からない事」でも「フィクションや創作物」でもなく、誰にでもある青春の瞬間を切り取っただけだったのだ。私もこの映画で「エレパレ」というものを多面的に見る事で「エレパレってそんな悪い奴らじゃないじゃん」と思えたように第三者目線で当時の青春を俯瞰して見ることが出来たらどんなに良かっただろうか。視点を変えればもっと仲良く出来たはずなのに。


 本編鑑賞後、主題歌『ザ•エレクトリカルパレーズ』に抱く気持ちも変化しているだろう。本編中では聴くたびに耳がむず痒くなっていたとしても、幾つもの顔を持ったあの曲は全ての真実を知った後、心に染み渡る名曲へと変化する。

 そして後日談となるザ•エレクトリカルパレーズエピソード0では、ラフラクランの西村さんのバックボーンから彼の人間味や不器用ぷりを見ることが出来る。本編を視聴後ぜひ見てほしい。より作品の深みが増すだろう。


 このような作品を製作してくれたニューヨークさんと奥田泰さんそして製作に関わった全ての芸人さんに感謝したい。

 そして最後に、エレパレ本編後半の言葉に頷いた。きっと誰にでもそれぞれのエレパレがあるのだ。青春の痛みを思い出して赤面する程私は大人ではないのでこれから先、高校や大学でもまた「エレパレ」に出会って行くのだろう。その時はもう少し寛容でいようと思う。

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