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劇団プレステージ第15回本公演 大地からのレラ! 感想+α

2019.9.28(Sat)/10.4(Fri)/10.6(San)

人間生きている限り時間は有限。そしてお金も有限。
「みんなはもっと自分の興味のあることに時間を使えばいいよ」とは推しの言葉。
自分は何が好きなのか、自分は何が好きじゃないのか。
根本的に自分と向き合う大切な機会になりました。
※この記事は劇プレを好きになってから約1年半くらいの比較的新規の女がなんの根拠もなく戯言として書いている記事です。価値観が合わないなと思ったら読まないでください。

第1章 劇団プレステージの現状分析

2019年5月31日、6人が退団を発表したあの日から全ての歯車がきっと狂い始めている。
あの日に私が思った率直なことは、「出ていった人たちはみんな心配することはないな。どちらかというと心配なのは残った人だな。」ということ。
そして第14回本公演「終わりtoはじまり」のこと。
あれが終わりの始まりだったんじゃないかなとも思えてくる。(これについて書きだすとそれだけで5000字はいくので書きません。)(そもそも何も終わっていない)

劇団プレステージの女になって1年弱。
劇プレのファンはこの4つに分けられると私は思っている。
①黎明期から支えてきたファン
②生成・猪塚のオタク(テニミュから)
③ドリフェス!のオタクたち
④全体的にアミューズという会社のオタク
この記事では①②を古参、③を新規と定義します。(④は特殊すぎるため省略。大体の人が吉沢亮かハンサムの話をしている。)
所謂新規。
太田将熙くんがいつかのパンフレットで言っていた「ドリフェスで自分たちを知ってくれた人を劇プレに連れて帰らないといけない」という言葉。
これを体現するかのようにディペンデントデイに行ったオタクたちのうち、大半が終わりtoはじまりを見てから消えたのではないでしょうか。
今劇プレに残っている新規はドリフェス!から入った人の中でも株元くんのファン、またはおtoが想像以上に肌に合っていた人、または意地か情のある人くらいだと思っています。
株元くんのファンでもおtoで消えた人はたくさんいるはずです。
それくらいの爆弾を投げて辞めていったのです、リーダーは。
※あくまで主観です

第2章 タスキ旅

6人のメンバーが辞めた事実、そしてそのメンバーのファンがいずれ来なくなることを知っているメンバー。
6月からは混沌の日々。
ストラボで始まった新番組「Prestage Prime」ではあまりの無茶のし過ぎに「もうやめてくれ……」というコメントがちらほら。
アイスと人を大切にしてくれ。
確実に何かに焦っているように思える内容。
You Tuberになりたいのかなと私は思ってしまいました。
とりあえず何か目安となる数字が見えるまでは止まることが出来ない彼らは、9月3日に緊急配信をする。
「大地からのレラ!」本番直前!!緊急招集スペシャル
稽古が始まった次の日に「本番直前」というタイトルをつけたのは誰だ。
そこで発表されたのは、4日後に関東1都6県を回ってファンに会いに行くという企画。
ひ゜ゃ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~急すぎる。
コメントで「今日から北海道を東京にしませんか……?」と言っていた人にお金をあげたい。
あまりに急すぎる企画のため、閉店後のバイト先でストラボを見て、気が狂って店内を動物園のクマのように歩き回る私。
土曜日が完全オフだった私は悩んだ末に行かない選択肢をする。

※ここから先、行ってない女の戯言になるので、「行ってないのに悪口言うなんてサイテー!」と思う人間がいるのであれば、戯言という言葉を辞書で調べてきてください。

そもそも稽古が急に休みになったからみんなに会いに行こうだなんて、そんな急に決めるものなのか。
代々木公園という公共の場所、群がるオタク、統制するスタッフもいない、想像しただけで胃が痛くなる光景だったので、私は行かないと決めた。そして行かないと決めた理由はもう一つ。
世の中には2種類の人間がいる。「他の人にこんなオタクがいるんだと自分を見られたくないオタク」と、「自分の他にこんなオタクがいるんだと見たくないオタク」
そもそも推しのフォロワーを見たくない。
そして、古参に対して笑顔を向ける推しを見たくなかった。
比較的後者だった私は、そんな自分の都合で行くことを辞めた。
そして家で静かに考えた。
タスキ旅という名目でみんなに会いに行く理由とは、自分たちを応援してくれているファンに直接会いに行き、「今の劇プレでも応援してくれている人がこんなにいる」と実感し、そしてそれを追い風にするためなのではないか。
なんとなく言い方は悪いですが、つまり劇プレが安心するための企画。
私はそう納得して、そう理解しています。
会いに行けてファンも嬉しい、本人も嬉しいというウィンウィン。
そもそも今の劇団プレステージには前述した新規のファンがほとんどいない状況になっています。
というかドリフェス!、そして石原壮馬くんとか太田将熙くんをドリフェス!から好きになった人は劇団プレステージが好きだったのでしょうか。
俳優目当てで行っていたのではないでしょうか。
それは個人の自由なのでどんな目的でもいいと思います。
とりあえず新規もいない、そして新規が今後入ってくるようなこともない。
そんな劇団が継続のためにできることはただひとつ、古参に媚びを売ってお金を出してもらうこと。
これもなんとなく言い方が悪いかもしれませんが、新規がいない以上、今までのお客さんにお金をもっと出してもらう他ない。
いつも劇団はお客さんから力をもらってますと言うけれど、いわゆる『他力』がどのくらいなのか見に行ってみようというのが今回の旅。
今の劇団を愛してくれる人を見て、安心するための旅、そんな風に私は思いました。
新規獲得と古参に媚を売ることは同じ手段で達成できるものではないし、新規のために手を伸ばすと自然と古参がその手を離す。
この2つは両立が難しいからこそ、今一番大事なのは何があってもついてきてくれるだろうという古参ということになる。
一度離れられるともう返ってこなくなっちゃうから。
でも私は、古参に媚びてお金を出してもらおうとしている現状があまりに見えすぎて、ちょっと疲れるな~と思ってしまった。古参じゃないから。
新規は古参が怖い。
わしが育てたという我が物顔をするオタクがかなり多いからだ。
それは事実だし、昔からのファンの顔を劇団員が覚えているという現状があるため、その古参怖い状態から抜けることが出来ない。
Twitterのリプライで俳優に対してタメで喋ってる人間なんて、もう怖い。
芸能人とファンという壁を一つ越えている人間だからなのだ。
まあめちゃくちゃマイルドに言えばタスキ旅はファンに励ましてもらいたかっただけだろうと私は思っています。
しかしそのタスキ旅に行かないという選択をした私。
一度休もう、全部を全力で追うなんてことはもうやめよう、と考えます。
それについて後悔はしていないけれど、自分の歩みが一気に止まり、今の劇プレに追いつけなくなったということを実感しました。

第3章 大地からのレラ!

そして始まる本公演。初日の日。太田将熙の女と一緒に観に行った私が観終わった後に最初に言った一言。

「なんか抜けたメンバーにものすごく未練ない???」

なんか説教された気分だったね……と物販でパンフを買い帰る。
その太田将熙の女の友達は、内容次第でパンフレットを買うか買わないか決めるタイプで、なんだかんだデデデイもおわまりも買っていたのに「今回はいいや」と買わなかった。推しがいないからなのかどうなのか。
帰り道も電車で様々なことを話す。掘り下げられなかった兄弟の話、桜田と原の関係性。話すうちに少しずつ2人の頭に疑問が出てくる。
「このままじゃ帰れない。」ということで2人でスタバへ。緊急大地からのレラ!会議。その模様はこちら。

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わぁ~~~~オシャレな写真✨
(この櫻井翔のパンツ❤というのはですね、この時間帯にやっていた嵐にしやがれで早着替えをした翔君がズボン全部穿けていなくてパンツが見えているよという画像を私に見せてきた友達が悪いんです)
あがる疑問点、どことなく足りないと思う内容。
家に帰ってから家族に舞台の内容を説明する。
「で、その話の起承転結は何なの?」
「き、起承転結……??????」
あの物語のどこが起承転結のそれぞれなのか全くわからなかった。今でもちょっとわかってないので教えてください。
起…マラソンメンバーが抜けて自暴自棄になりタイムスリップ
承…修学旅行の夜みたいにみんなで耕作くんの話とかする
転…川が氾濫
結…130年前の北海道でなんか学んで帰る

これでいいのか?分からない……。
そもそも今まで見てきた舞台の中で、ここまで家に帰ってから疑問点が出てくる舞台を観た記憶がない。そりゃいままで脳ミソ溶かしても見られるような2.5次元しか観てきてないけれども、幕末Rockなんか一回で理解できる内容じゃないでしょ。もはや私の記憶にないだけか?
この舞台が言いたかったことがなんなのか、家族に伝えて第2回大地からのレラ!会議が始まる。その模様はこちら。

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見てないくせによくもまあここまで的確なことが言えるわけだわ。

ここで論点に上がったことは、「この舞台は劇団プレステージのために当て書きされたものなので、言い換えれば今の劇団プレステージのための舞台だ」ということ。一言で言えばこれだけれども、これは拡大解釈がたくさんできます。
まず劇団プレステージの現状に迎合して書いた脚本のため、劇団プレステージにしか演じることができない。
劇プレの中でしか名作になりえない作品、ということ。
そして劇プレの現状に迎合した内容ということは、劇プレの現状を知らなければなぜここまで熱いのか理解が出来ない、ということ。
まあぶっちゃけ劇団員が抜けたこととか、それで話し合いを重ねてみんなで頑張ってきたとかそういうこと、ただ劇プレの演劇が観たい人間には全くと言っていいほど関係のないことじゃないですか。
ドリフェス!Rでも社長が言っていましたが、どんなに努力したかどうかはお客さんには関係のないことだ、と。
そりゃ劇プレの現状とか知らなくても話の内容が成り立っていれば物語として理解もできるし感情移入もできるはずです。
まあそもそも劇プレのこと全く知らないような人間はこの舞台観に来ないはずなんですけどね。
あらすじ見たって内容が全く把握できないものに6000円近く払える博打って本当凄いですよ。私たちそれを毎回やっているんですけど。

大地からのレラ!を観たとき真っ先に気になったのは物語とキャラクターの掘り下げの甘さ。なんだか消化不良になるような、物足りないような、「これでいいのかな?」と思ってしまう部分が多かったような気がして。
そもそも何が面白くって何が面白くなかったのかすら分からない。笑う部分が少なすぎたから「楽しかった」とは何とも言い難い。
脚本:福島カツシゲと聞いた瞬間に勝利を確信したあの時の私は死んでしまったのだろうか。

第4章 大地からのレラ!

福島さんの脚本で今までで見たことのある舞台はHave a good time?とURA!URA!Booostの2作。
話の終わり方を少し思い出してもらいたいんですけど、HGTは東京ドームの公演で自分たちが整形したアイドルだとばらしてみんなで歌って終わり(だったはず)。
ウラブーは仕事も解雇され婚約も破棄されたけど、友人の葬式は成功した、みたいな感じ(だったはず)。
ちょっとどちらも見たのがだいぶ前なので鮮明に覚えているわけではないのですが、ハッピーエンドだ!!よかった!!と言える終わり方と言うよりは、「物語はここで終わるけれども人生は続くよ、この後どうなるかは描かないのでみんなで考えてね!」という風なところで終わるような印象でした。
世の中ではそのことをカタルシスというのだろう。カタルシス、すなわち浄化作用だが、人によって感じ方はそれぞれ、カタルシスもそれぞれ。
正直HGTとかこの後のドームの阿鼻叫喚とか考えると本当笑えないし、ウラブーはまあ「お前は何と戦っているんだ!」という大学時代の思い出が背中を押してくれてきっと新しい仕事とか探したりできるんだろうと思うんですけど、最終的に彼女とよりを戻すかどうかなんて知らないし、そこはもう話で描かなきゃいけない部分ではないので知ったこっちゃない話なんです。主人公が職無しというドン底にいることだけは分かる。
そして今回の大地からのレラは何が足りなかったのか。
どこを惜しいと思ったのか、私はそのすべてを説明することが出来る。なぜなら初日から千秋楽までの間ず~~~っと大地からのレラ!について悩み続けたからだ。

でもここで最初にこの公演において素直に褒められる部分を褒めておきます。最後に取って付けたようにフォローしても説得力なくなっちゃうので。

褒める部分
観に行った人みんな言うけど、今の劇プレが新体制で頑張っていくぞ!という気持ちがすごく伝わってきました(というかみんなこれしか言ってない)。
熱い感情が伝わってきました。
今の劇団、そして今の株元くんにとって必要なものだったんだなと感じました。
いざ言葉にすると文章として言えることがあんまり出てこないけれど、「あー劇プレだなー」と思うような内容だったと思います。
じゃあ褒めたので気になった部分全部書いていきます。

①メッセージ性
なぜ私が説教されたという風に感じてしまったのか。単純に説明すれば、今回の舞台のメッセージが断定的であるからである。
例えばウラブー。「お前は何と戦っているんだ」という問いかけが大きな柱となる作品。自分がどこかで迷ったとき、つまづいたとき、自分は今何と戦っているんだろう、と自分の中でその問いかけをすることができる。
今回はどうだろうか。今回のメッセージ、人によって切り取る部分は違うかもしれないけれども、「逃げるということも、覚悟をもって逃げるならそれは決めたということだ」という言葉が一番大きな柱だろう。
そして「逃げるな、決めろ」という強い言葉が出てくる。
それすなわち覚悟をもたずに逃げるということが負け、というような風潮でもあった。これだ。これが説教されたと思う要因だ。
終わったあと友達とも話したのだが、「まあ色んなことから諦めてきた人生だから、決めるとか逃げるとか、普通に逃げてきたわ」という風に自分の中で逃げた経験、決めた経験などと向き合わされる。
私も中学受験をして中高大一貫の学校に通った時点で受験から逃げた。
今現在は就職から逃げたくってインターンから逃げている。
私は嫌なことからは逃げる人生だった。それは決断でも覚悟でもない逃げだった。
ここまで来ればわかると思うが、逃げてきた人生に特に何も思っていない人間にこのメッセージは刺さらないのだ。
兄に「お前は自分のやりたくないことから逃げたらいい仕事に就けるよ」と言われた。それは逃げか?
今回己の保身のためにタスキ旅に行かなかったことは逃げか?
正直そんなの分からない。そもそも逃げるということ自体意味が広すぎる。私には分からない。いつだって逃げるな、決めろと言うことが正義になるのか分からない。
人間は後悔を楽しむ生き物だと豚畜生先生が言っていた。
後悔はそんなに悪いものじゃない。
数ヵ月前に植え付けられたこの価値観が自分の中で妙に納得しているので、あのときああしていればと思う後悔も人生のスパイスだなと思える。今さら悩んだってその過去は変わらない。
そんな私には「逃げるな!決めろ!」と言われても説教のように聞こえてしまったわけだ。
多分なんとなく刺さらなかった人は、自分のなかで逃げるだとか諦めるだとかそういうことを他人に言われるのが嫌だと思う過去があったり、そんな現在があるのではないでしょうか。

②開拓の里メンバーの関係性
今回の脚本は劇プレのメンバーに当て書きされたもの。キャラクターの名前も似ている。私はこの罠に引っ掛かった。
劇プレメンバーに当て書きして作られてるのに、開拓の里のメンバーめちゃくちゃ仲悪い。
いや、いくら当て書きとはいえ人間同士のキャラクターまで一緒にはならないでしょう、いくらなんでもそこまで合わせないよ。
そう言われてしまえばそうなのですが、私がひっかかったのは当て書きで今の劇団に寄り添った脚本なのに登場人物の仲がギスギスしているということが劇団員への悪印象になるのではないか?ということ。
仲悪くないのに「この脚本当て書きなんです!」って内容で仲悪そうだったら、「私たちが知らない間にそんなみんな衝突してたの……!?」って思いません?というよりそう思う人がいてもおかしくない。そう感じてるのはお前だけだよって言うのであれば、普通に私だけでいいんですけど。
まあ私は劇団員は仲がいいって信じてますけど、微妙な印象になるな~と思いました。
そんなに現実とフィクションを一緒にするような人間は舞台鑑賞に向いていないよと言われればそれまでですが、嘘の中に少しの真実があるから私たちはそれを真実だと思い込むのです。
今回で言う真実はきっと株元くんの「諦めないこと」に対しての熱さだったんじゃないかなと思いますが、きっとそれ以外にも本当のものはいっぱいある。
さてその本当の言葉と嘘の言葉、本当の関係性と嘘の関係性の垣根がどこなのかと分からないくらいリアルだったので、そういう印象で捉えてしまったわけなのです。
これで新平さんが来年劇団辞めたら本当に笑える。(笑えない)
開拓の里のメンバーの関係性は本当にギスギスで、大木が「過去最高のメンバーだ!」と自信ありげにモノローグで喋ってるわりに、メンバー3人(そのうち1人は名前すら覚えてないくらい存在感の無いメンバー)が抜けただけでみんな「もうだめだ」と言い出す。
実質2人の主力メンバーが抜けただけで、「このメンバーの自己ベストなんて残酷な結果が見えちゃうだけですよ」とよく言えるなぁ。
上位5チームに入れる実力を持っているという言葉は実質2人のメンバーが抜けただけで消えてしまうのか。過信だったのか?
モチベーションの下がったチームの士気を上げることもできず、頑張ろうとする人間の足を引っ張るような言葉しか言えないメンバーたち。
めっちゃ仲悪…………。
極めつけは130年前から帰ってきた大木の「いいレラだ!」という発言に対する開拓の里メンバーの反応。
誰もなにも言わない!!!!!
それどころか原は「急に何を言い出した?」という顔で大木を見つめる。そして暗転。終幕。
ひぇ……………………

そもそも130年前の北海道で諦めないこと、覚悟を決めることの大切さを知った大木が現代に帰ってくると、さっきまでギスギスして空気が悪くてやる気のなかったメンバーが急にやる気になっているではないですか。
えっ、大木が学んできたこととかなにも関係ないの……?
木之元と大木に感化されることなく勝手に解決してしまう。
走っている間に勝手に解決してしまう。
勝手に解決してしまうくらい浅い。
時間の都合で描けないとか、他の人の人生もあるけどこの主人公は大木だから、って言って納得できるものではない。もはや怪奇現象。
キラキラプリキュアアラモードみたいに一時の解決をするような甘い言葉だけで納得してしまうのか?6人ものメンバー深く掘り下げられないよね、と浅くなってしまったキラキラプリキュアアラモードの話はしません!
今回は記録会だからメンバーでタスキは繋がない、でも心のタスキを途切れさせるなという台詞。なんの意味もなかった。
言葉だとか感情だとか、そういったタスキすらメンバー間で繋ぐことがなかった。
先祖や祖先といった縦の繋がりや血の繋がりにしかタスキという言葉を表現できなかったこと。もうマラソンやめちまえ。サッカーでいいだろ。

③木之元と耕作の存在
木之元という男、耕作という男、すなわち株元英彰。
今回のストーリーで終始諦めないことを貫いた男。この姿勢は今の劇プレを象徴するものとなっているのだろう。
でも見せ方の問題なのか脚本なのか、木之元めちゃくちゃ浮いてませんか?
木之元という男の「諦めなければいいじゃないですか!」というスタンスが完全に開拓の里メンバーに受け入れられていない。
耕作も耕作で受け入れられていないというよりは触らぬ神に祟りなしというか、一目を置かれているというより、正論が怖いからあんまりちょっかい出さないようにするか……という距離感にも思える。とにかく空気がいいとは言えない。浮いている。作品から浮いている。
今回は大木と木之元がメインになるからそうなるのはしょうがないのだが、この2人以外大きな心情の変化や考えていることはほとんど分からないに等しい。
作中で「諦めないって大事だよな」みたいな発言もないので、結局今回はちゃんと走るけど、またすぐ空気が悪くなるかもしれないという危うさを持っている。
大木と木之元以外の心情が描かれていない。大木と木之元以外がどのくらいの熱量を持っているのかが分からない。
これがなんだか、株元くんだけが熱くなって劇団を引っ張っていっているように思えてしまう。絶対そんなことはないはずなんだけれども。
友達は「株元くんにだけ比重がかかりすぎているような気がする」と言っていた。言いたいことはめちゃくちゃわかる。というかそう思う。

そもそも木之元に関しては「最後いないんですか!?最後どこにいるんですか!?」という問題がある。
「木之元は早々に遅れました。」という言及も、これがドラマとか映画だったらそんなことにはならないんだよなぁ……。舞台だから同じ人が同じ板の上にいられないというジレンマ。
まあそれはしょうがないとしますが、「あいつには諦めない血が流れているから大丈夫ですよ!」との一言。いや、それでは大丈夫じゃないんだよ……。
この場合の大丈夫とはいったい何が大丈夫なのか。
そもそも何が心配されているのか。
木之元は後ろにいるけど大丈夫、この大丈夫とは「木之元は諦めずに走って俺達は記録会を突破できる」という大丈夫なのか。もしそうならば責任を押し付け過ぎだろう。
これじゃない大丈夫と言う理由が浮かばないので私の中ではこれになっています。
木之元という人間、耕作という人間、そして株元英彰という男。
メンバーが辞めていった後、株元くんのツイキャスを聞いたりしていると劇団が衝突したり、12人でやっていけると思ったのに、というなんともマイナスな発言を聞くことが出来ます。
みんな色々考えて悩んで、変わることと変わらないことと、変えなくちゃいけないことと変わっちゃいけないことと、色々あるんだな~と部外者なりに思うのですが、劇中で最後まで熱い心で諦めない男を演じているのが株元くんというのがエモすぎる。
エモいのに熱すぎてみんなから浮いている。悲しいことに株元くんだけ一人熱くなっているようにも感じるので、株元くん以外のメンバーの熱さはこの作中では伝わってきませんでした。
そうでないことを祈ります。

【番外編:木之元がいなくなったチームに何ができるのか?】
まず記録会自体がダメでしょう。
開拓の里はどう考えても記録会がダメだったんだろうなということが予想できます。
だとしたら。こんなメンバーでは結果なんて出るはずない、とモチベーション最悪のまま走っていたチーム。走りながら様々なやり取りをする。モチベーション最悪で何のために走るのか、もう走ることをやめたいと考えていた大木は130年前の北海道で様々なことを学んで帰ってきます。
そして彼は今まで感じることのなかった風を気持ちよく感じ、俺がみんなを引っ張っていくんだ!と急に仕切り始める。
やる気のなかった男が急に消えたと思ったら急に現れて、まるで人が変わったかのように「あれはカムイミンタラって言うんだ。」とか言い出したら怖すぎる。
ここで必要だったのはもうこのメンバーで今年記録会で結果がでないって分かっていても、「なあ来年も挑戦しないか?このメンバーで。」という一言。
結果がどうなるか分からないまま話が終わる。それはいいとしてもこの先を暗示する言葉がないので、そこ止まりと言いますか。
開拓の里もここから先の明るい未来が見えない。残念だ。
というか来年の約束が出来ないということを次公演の約束が出来ない劇プレと重ねなくていいんですよ。
赤字が出たら即解散、お客さんの出してくれるお金次第で劇団の出来る仕事の範囲が変わってしまう。
物語の中だけでも明るい未来を約束してくれ……。

木之元が最後どうなったかは実は初稿では描かれていましたという渋谷のラジオ事後放送で知った事実。なぜカットされたんだろうか。
まあいらないとそっちが判断して、お客さんで考えてって言うならいいけど……いいけどさ……。
というかそもそも2,3回観ないと内容がすべて把握できない舞台ってどうなんですか?後からラジオでフォローしないといけない舞台ってどうなんですか?もう私にはわからねぇよ……。

④言葉の強さ、言葉の弱さ
今回の作品の中で何度も「逃げる」か「決めるか」という選択を迫られます。
「逃げるって決めて、カムイの森の手前で戻るって決めた。」
「もっと早く決めろ。」
「人間そんなに強くない。」

決めるってそんなにすぐ撤回してしまうくらい弱いものでいいの?
そして人間そんなに強くないって逃げ道を作っていいのか???
なんとなく作品の中で言い訳をしているような気分……。
そんなにすぐ「決めた」という言葉を使い、すぐに撤回して戻ってきてしまうということ、なんだか軽々しい言葉の使い方をするなって思いました。
もっと早く決めろ、その通り。その正論を台詞でぶち込んでるのに「そんなに強くない」と言ってしまうこと。メッセージ性が揺らぐ……ぐにゃぁ……。
さすがに決めろってすぐ言うのは強すぎるからフォローも入れておくか……なんて理由でこのセリフになったとか言われたらもう笑いすら起きない。
そしてその言葉の弱さを助長させる出来事が……。
【番外編:今井隆文物販事件】
その日行ってないので全容は知らないのですが、今井さんが物販にいたそうですね?おかしくないですか?
劇団を辞めると決めた男が、なぜノコノコと物販に劇団員と一緒に立っていられるんですか?
そもそももうお客さんと同じ立場なのに、あの作品を見て物販に立てるということが正直すごすぎる(褒めてない)。
そして自分の赤ちゃんを差し入れがてらと言ってしまうのもすごい(褒めてない)。
なんというか……抜けた人間が劇団を私物化している……って言葉の意味が分からなさすぎて、いや意味が分からない。
お手伝いするなら表に出なくていいのでは……?裏で手伝えることをすればいいのでは……?
前に終わりtoはじまりに行ったときに猪塚くんが物販にいたんですよ。正直猪塚くんに舞台の感想伝えても出演者じゃないので、何を言えばいいのか分からなくてテニミュの話をしました。それでいいのか。
今井さんが劇団を辞めたときに、「なんかロビーとか普通にいそうで嫌だよな~、もしいたら泣きながら『なんでいるんですか!!!!』って泣きわめくと思う」って友達と話していたのが現実になってしまったので、私が行った公演じゃなくて本当によかった。本当によかった。よくないけど。
まあこの作品の中でなんとなく言葉が弱いなと思っていたことを今井さんが裏付けてしまったので、もう私には何も伝わらない……。
そもそも「意地でもなきゃやってられない」みたいに言ってしまう内容を元劇団員が見たらなんて思うんだろう……と思っていたので、太田将熙くんの感想があっさりしててよかったです。
抜けたやつはそっちで勝手に生きてろ、みたいな未練を感じたというか。
きっと本人たちはそんなこと1ミリも思ってないんだと思います。でも、そう捉える人が私以外にもいたら、それは大きな失敗じゃないでしょうか。そんなマイナスな感情をお客さんに伝えてしまっていいのか。
それがありのままの姿だというのなら、それでいいですけど……。

⑤走り続ける意味
今回の脚本は福島さんによる”今の劇団プレステージのための物語”のようなものです。
今の劇団プレステージ、すなわち6月1日に6人が抜けて、12人の新体制になり、これからみんなで頑張っていかなくちゃ!という状況です。
それを駅伝に例えてメンバーが抜けていくことへの苛立ち、北海道での開拓に例えてメンバーが抜けるということがある種の逃げのようなものだ、などと言う風に描いていきます。
つまり逆を言えば、物語のキャラクターにとって走るということは、今の劇プレにとって演劇をしていくこと、と言い換えられます。
しかしこの物語ではメンバーが抜け人数がギリギリになったとき、みんな口を揃えて「もう辞めよう」と言いました。
「走れば何かが見えてくる。」
「何かってなんだよ、抽象的なこと言うなよ。」
というような原と大木のやり取りがあります。そして最後大木自身も走れば何かが見えてくるということに気が付きます。
いや、何かって何???????
言いたいことは分かるんですよ。走れば得るものはいっぱいあるんだろうな~って分かるんですよ。でもここで一ついいですか。
「風が強く吹いている」って、走ることってなんだろうという問いに対して、走ることは人生だ!みたいな答えをくれたじゃないですか(見たのが遥か昔であまり記憶が定かではない)。
(余談ですが福島さんが公演タイトルを風が強く吹いている2にしようとしたというギャグ、あまりに地獄過ぎて不敬罪になるんじゃないかと笑えなかったので、本当にネタとして終わってよかったですね。)
この大地からのレラという作品は走ることについて、それが自分たちにとってどういう意義があるのか語られていません。
走ること、すなわち今の劇団で頑張っていくという意義が語られないと、なぜみんなが今頑張っているのかという意味付けがなくなっちゃうわけじゃないですか。
まあ別に無くても物語は進むでしょ?当て書きとはいえ、別に事実を書いてるわけじゃないんだから、そんなに本人たちに忠実じゃなくていいでしょ?
そう言われればそうなんですけど、走る意義と劇団でやっていく意義が一致していたらめちゃくちゃ良かったと思いませんか?
本人たちに迎合した脚本になっているのに、当て書きの部分とそうじゃない部分が妙にごちゃまぜなので、中途半端に迎合するのであれば、その迎合を貫けばもっと芯のあるメッセージが届いたのではないでしょうか。
「あいつ本当に走るの好きだな~!」って他人から言われる言葉でしか
走ることが好きと表現がされなかったこと、足りなさすぎる。
自分たちで「走るのが好きなんだ」って言ってくれればよかったのに、それが言及されなかったのが足りない。気になる。とても気になった。
走ることが好きじゃなさそうなのにみんな走って、趣味でランニングしてればいいのに……。そう思わざるを得ない。

【おまけ:回収されなかったあれやこれ】
純粋に「あれ、あれはなんだったんだ?」となった意味のない伏線たちもたくさん。
・「いつからそんなビビりになったんだか。」
 結構大事そうな暗示かと思いきや、べつに何も回収することはない。必要な台詞だったんでしょうか。分かりません。
・「大木が作った岩を運ぶ道具」
 純粋にあれ何?あれ以降使われないあれって、本当に何?
・「スパートをかけたのに最後横並びになる原元キャプテン」
 あなたはここにいてはいけない。

私が出した結論
今回の「大地からのレラ」という舞台が一番最優先したかったことは、きっと「今の劇団プレステージの熱さを届ける」ということなんだと思います。
福島さんの脚本は結論や結果よりもそれをやる意義を重視していると思います。
きっと今の劇団はこんな熱いものを届けられるんだ!と自分たちで確認し、そしてそれをずっと応援してきてくれているお客さんに観てもらうことに意義があるんだと思います。
きっと話の整合性だとか、掘り下げらていない関係性だとか、そういうのにピーピー14700文字も書いてしまう人間の意見が欲しいわけじゃないんだと思います。そんなことどうでもいいんだと思います。
大事なのは今の気持ちを伝えること。劇団の所信表明です。そこに演劇性やカタルシスを求めた人間が消化不良で帰っていくのなら、その人は今の劇団の顧客層じゃないということ。
私だってわかってます。こんな感想言ったって何にもならないことを。書いてる間の時間も何にもならないし、パソコンに向かって肩こりを悪化させても本当に何にもならない。早くこんなこと忘れよう。
多分こういう感想を言う人間は劇プレのオタクやめればいいのにと指をさされると思います。それでも私はHGTもウラブーもリサウンドも3億円もデデデイもおわまりも演劇として好きです。きっと好みだってあるでしょう。面白さで言ったらおわまりのほうが面白かったです。話に一貫した強い意思を感じました。でも合うのか合わないのか、好みか好みじゃないのかとかそういう話を私の中で超えてしまった……。

今回のレラが劇プレ初観劇だった友達は
「ファンの方へ感謝を込めてという意味合いが強すぎるし、内容が薄いのでそれで良いなら勝手にどうぞ、その演劇性で満足しているのなら知りませんって感じが強すぎる。とりあえず、新規獲得は考えてない舞台ってことなんだなぁ。こんなに闇が深いなんて知らなかった。近寄るのが怖い。」と言っていました。
新規が目の前で死んだのを見ました。可哀想に……。誘った私もなんとなく罪悪感。過去公演のDVDを貸しました。いい感想が返ってくるといいな。
中学生の頃から8年近く付き合いのある友達が今回一緒に行った太田将熙の女なんですけど、その子がこんなにも「いや~よく分からなかった。カタルシスがなかった。」って言うのを初めて聞きました。人の悪口も言わないこの子が、こんなにも強く「シンプルに整合性が合わなかった」って言うのにビビるレベルには。
劇プレがその子の新しい一面を教えてくれました!ありがとう!
「もっとみんなでこれから頑張っていこうぜー!ってのが見たかった。」とのお言葉をもらいました。わかる。ここまでやるならそれが欲しいよね。

これは今の劇プレには必要不可欠だった脚本です。今の劇プレにしか言えない言葉がある。彼らが劇団だからこそ言えたメッセージ。
つまるところ、劇プレでしかないのです。諦めることはしちゃいけない!さあここからはお客さん次第です!この先どうなるか分からないってパンフでも言っちゃってますし、どこに行くか分からない船に私たちは一緒に乗せられているようなものです。
企業というものはどこへ向かっていくのか、目標はどこなのか、そういったものを明確に提示し、その理念に賛同した人が付いていく。
しかし今の劇団に未来のビジョンはあるのだろうか。
ビジョンがないまま私たちは付いていって、いったいどんな景色が見れるのだろうか。12人がいるだけの未来なのか?ビジョンのないままの旅をこのまま続けていくのです。
いわゆる他力で、私たちの力によって船は進むのです。一体どこに行けるのでしょうか。

なんか書き忘れたこともある気がしますが、私はこれを早く投稿して大地からのレラ!のことを忘れなければならない。
そういえばTwitterで「不満があるなら公演アンケートに書けばいいのに」って言われたんですけど、公演アンケートが510字で字数制限かかってるんですよ。その時点でもう笑ってしまう。
書きましたよアンケートにもちゃんと。ここでは書けないようなことを……ね……。
そういえば任侠学園を見に行ったんですよ。楽しすぎて、楽しすぎて、普通は何かを見ながら「あれってどうなったんだ?ん??」って思ったりしないんですよね。

ここが私の虚無リンピック。私の虚無が詰まっている。
今度の舞台が面白かったらちゃんと楽しかったって感想書きますから!
期待させてください!!

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最後にもう一度書きますが、別に悪口が言いたいわけでも今の劇団が嫌いなわけでもないんです。ただ、私は少しゆっくりと後ろを歩いたほうがいいんだろうなって思ったので、この虚無の塊はその結果。
楽しく生きてくださいと複数人に言われたので、私なりに楽しい人生を送るためにスマブラやります!
そして劇プレに何かを感じるたびに貯金をします!お金が溜まって嬉しいなぁ!!!!

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