西田幾多郎の宗教観
たまたま西田幾多郎に触れていたら次のような文章があった。すでに著作権切れているので引用する。
ここから数行先にルターや親鸞も登場するが、どうやら我々の存在自体が矛盾に満ちている、といいたいらしい。
ひとつ言えることは、自己が「矛盾する存在である」と認め静かに精神を対峙させる習慣を全人類が身につけるようになれば、だいぶ世界は平和になるであろうということだ。
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たまたま西田幾多郎に触れていたら次のような文章があった。すでに著作権切れているので引用する。
ここから数行先にルターや親鸞も登場するが、どうやら我々の存在自体が矛盾に満ちている、といいたいらしい。
ひとつ言えることは、自己が「矛盾する存在である」と認め静かに精神を対峙させる習慣を全人類が身につけるようになれば、だいぶ世界は平和になるであろうということだ。
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