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Poem 333

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ブログ・電子書籍・コンクール入選・・・既発詩から厳選して採取採集。
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#佳作

深紅のトースター

何をやってるんだ 何がしたいんだ 続く晦渋の自問自答が虚空に響く 嘘で塗り固めた経歴は 当人でさえもいつからか どこからどこまでが嘘なのか 真実と見分けがつかなくなってしまった 身勝手な原罪意識がもたげ 相槌を打つことさえ 打算に過ぎないのではと躊躇わせる 白銀の摩天楼 焦がれた思春期の残像 齧り倒した喪失の初春の名残 狂おしい濃度で畳み掛けるすべては 走馬灯のようにもったいぶった加速度で あらゆる神経を瓦解させ 深海へと不埒に寄せては返していく 五感が不感症を患って久

透明な黄金色の額縁

ニット帽の幼女 白髪交じりの老女 スクロールする駐車場で 台本でもあるかのように立ち止まる 言語なき会話 紡がれる身振り手振りの無重力 窓越しに観察する月曜日のわたし 縁取る午前の陽光 遮り始めた厚い灰色の雲 促されるようにして 幼女の母はマフラー片手にやって来る 水たまりもないアスファルトにも関わらず 陽光はプリズムと見紛うばかりの細やかさで 透明な黄金色の額縁そのものとなり その三人を静かに縁取っていく 世界は わたしが想うほど 素晴らしいものではないのだと 世界

帰れない帰りたい

「帰りたい。  もう一度帰りたい」 顔を合わせるたび 口に出る台詞 帰れない 当分、帰れない 下手すれば 一生、帰れない わかっているから なんとなくでもわかっているから 口にせずにはいられない 「帰りたい」とくり返さずにはいられない 幼くても 周りの大人やら テレビのニュースやら 学校での噂やらなんやらから 敏感に 嗅ぎ取っているのだろう どれだけ除いても どれだけ洗っても あの頃の風景は帰ってこないと あの頃の世界にはもう帰れないと 自然と 口癖になったのではな

土曜日の虹

梅雨を経て 伸びに伸びきった芝生 さすがにそろそろ刈らなければと 精を出した 真夏手前の土曜日 芝刈り機を 買うほどでもないスペースに身を屈め 剪定バサミで チョキチョキ、こつこつと芝を整えていく とことん綺麗にしても すぐにボウボウと元通りになる季節 あまり神経質になりすぎず 大まかに芝の高さを揃えていく 休憩を挟まず 一時間くらいかかって まあまあの見栄えが完成 汗や風とともに 散髪に行った後のような爽快感が流れる 剪定バサミを片づけ ほうきで刈った芝を集め 可燃

北東の水族館

「キレイ」 そう指差す先にあるものを 同じように キレイと思えなくなって久しい 自分で精一杯 半径1メートルの事さえボンヤリ そんな時にも 作為のない共感で 「ほんとキレイだね」と 相槌を打っていた自分がちょっと懐かしい 帰りの地下鉄で 僕らの前に座っていた五十過ぎの男性 両手に荷物をもったおばあさんが来るなり さっと立ち上がって 無言の右手で席に座るよう促し 隣の車両へ歩いていった あんな風に 器用に スマートに これから僕は キミのために 誰かのために 何かを 真っ

あの日から

「大丈夫ですか?」と聞かれ 「大丈夫ですよ」と答えるばかり 勢いで 喜怒哀楽を漏らして 記憶の海原に投げ出されるくらいなら 1つも残さず グッと呑み込み しまっておいた方がまだいい 何もかも 誰も彼も つけられる はずだった無数の句読点を置き去りにして・・・ いっそ あの日に物語という物語が      おわってくれていたら           楽になれたのかな・・・ 不謹慎? そうかもね。 でもね。 そう、思わずにはいられないんだよ・・・ 前を見つめる眼差しに 上を

真っ黒な整列

指先に残る感触 現実感以上の幻想感 痺れるような弛緩が止まない直後 人差し指と親指が反射した いや、決断した 正義という大義の下で 防衛という前提の下で   なされた 論理的な思考とも思えぬ一連の帰結 感情的な思考とも思えぬ一連の帰結 理性的な思考とも思えぬ一連の帰結 人間的な思考とも思えぬ一連の帰結 刹那  突っ伏した背中 刹那  湧き上がった安堵 刹那  淀んだ背景色         ( 第49回 大垣市文芸祭 詩の部 佳作 ) ----------------