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数字も見ないで頑張ってるって言われてもね

「マネーボール」 マイケル・ルイス著

 2019年3月17日。未だ冬の寒さが残る東京ドーム。私は同僚のSさんと25番ゲートへと続く長い長い列の最後尾に並んだ。この日の試合は、日ハムVSアスレチックス。イチローの引退試合となるマリナーズとの公式開幕戦前のプレシーズンゲームとしてアスレチックスが組んだものだ。このままでは試合開始に間に合わないのではないかと思われたが、開始30分前には外野に近い1塁側内野席に座ることができた。1塁側は東京ドームだから日ハムだろうと思っていたが、実際にはアスレチックス側となっていた。MLB主催のゲームなのだから、1塁側がアスレチックスになるのは当たり前だ。しかしながら、この試合、アスレチックスは後攻ではなく先攻だった。このように普段からの認知バイアスによる思い込みはいくつものミスを生み出す。情報やデータによるファクトチェックがいかに重要であるかを図らずも再確認するはめになった。
 
試合開始前、両チームの選手が整列する。普段大きいと思われていた日ハムの選手たちがまるで子供のようにみえる。それほど、アスレチックスの選手たちは大きかった。これがメジャーなのか。彼等のプレーを間近で見ることができたのは大変ラッキーだったが、試合自体は開幕前の調整の意味合いが大きく、緊迫感がほぼない大味な試合展開となった。なかなか試合が進まない。試合開始2時間を過ぎてもまだ5回に届かない。日ハムの2番手は金子投手。アウトが取れず、ダラダラした投球にイライラが募る。しかし、降板することなく結局4イニングを投げ、3安打3四球9奪三振無失点で、翌日のスポーツ紙には、次のような見出しが躍った。

 「日ハム金子、メジャー相手に“奪三振ショー”4回無失点で9三振奪う」確かに結果だけ見れば、9奪三振で4回を無失点の好投といえそうだが、私の眼にはそうは見えなかった。果たして、この見出しは正しいのだろうか。

 野球、サッカー、バレー、バスケットボール、ラクビー、アメフトとおよそ思いつく球技でデータ分析を取り入れていないスポーツはいまやないといっていいだろう。野球の世界にデータを分析を持ち込んだセイバーメトリクスは、1970年代ビルの警備員で野球オタクだったビル・ジェームズが提唱したものだ。(ちなみに、日本では同時期に鳩山元首相が東工大の助手時代に日本プロ野球に関する統計分析の論文を書いている)しかし、この魔法は長い間日の目を見ることはなかった。球団フロントもスカウトも現場のコーチも監督も誰もが勘と経験を重視しデータドリブンな野球をすることを試みようとはしなかった。

 ところが、2000年代初頭、財政難にあえぐ貧乏球団のGMが風変わりな選手獲得を試み、そして地区優勝争いの常連になったことで、セイバーメトリクスに一躍脚光が当たることになった。その実話を書籍化したものが『マネーボール』だ。この本は、ビジネス本としても注目され、大ベストセラーになっているから読んだ方も多いのではないだろうか。また、アスレチックスの名物GMであるビリー・ビーンをブラッド・ピッドが演じた映画もあるので、読むのが面倒な人は映画を観ることをお勧めする。

 『マネーボール』の内容については、あえて触れないが、私がこの本でツボッた点を3つ紹介したい。一つ目は、トップの信頼である。ビリー・ビーンがセイバーメトリクスによる選手補強を行うことや、その後なかなかその選手補強が効果をあらわさなかったときでも、球団オーナーはビリーのやることを信じ続けた。何事も新しいことにチャレンジする際には結果がでるまで、我慢をしてくれるトップの存在が必要不可欠である。二つ目は、ビリーの片腕となるハーバード大出のエコノミストであるポール・デポデスタの分析結果をダイレクトに意思決定に取り入れたことだ。冒頭の例ではないが、どうしても人は己の認知バイアスの罠から逃れられないものだが、ビリーは見事にデータドリブンで選手をスカウトした。この信じる力がとても重要なのだ。そして三つ目は、分析結果を現場で役立てる実行力がビリーには備わっていたということである。スカウトが反発すれば解雇し、監督が選手起用について従わない場合は、選手をトレードに出してしまい、自分が選んだ選手を強制的にスタメンで出させるなど、かなり強引ともいえるマネジメントではあるが、データ分析をした結果を価値あるものにするという信念と行動力には頭が下がる。この三つの資質をビリーは備えていたので成功したのだと私は思っている。

 さて、金子投手の見出しは、どう解釈したらよいだろうか。セイバーメトリクスの指標のひとつにWHIPがある。これは投手の基本能力を示すもので、

WHIP = (与四球 + 被安打) ÷ 投球回 で表される。

一般に先発投手であれば1.00未満なら球界を代表するエースとされ、1.20未満ならエース級、逆に1.40を上回ると問題であると言われる。また、ショートリリーフの投手の場合、投球イニングが少なく、ワンポイントとしてイニングの途中で交替することが多いため、自分の残した走者を後続投手が返すか否かで防御率が大きく変わってくる。そのため、WHIPはショートリリーフの投手の評価により適している。(Wiki参照)

 ということで、金子投手のWHIPは、(3+3)÷4=1.5なのでこの指標だけみると悪いといえる。私の見た感じと一致する。ただし、セイバーメトリクスも使い方次第だ。イチローは引退会見の場で、メジャーの野球は考えるのをやめてしまった。それは野球なのかだろうかと苦言を呈していた。そこには意味を介さずデータ至上主義になっている現状を憂慮してのことだろう。とはいえ、データドリブンを実践するうえでこの本は大変参考になると思うので、是非とも一読をお勧めする。

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