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【うたスト】徒花 /ジユンペイさん

歌からストーリー︓歌を聴いて物語を作ろう︕

▼課題曲I

『徒花 /ジユンペイ』

https://youtu.be/cbCh99GuIGc

▼小説

徒花(あだばな)[2022文字]

 昭和の時代、僕と僕の同級生の彼女は四畳半一間の安アパートに暮らしていた。
 それはささやかではあるが、二人の愛の巣であった。愛も育んだし喧嘩もした。それは僕にとって、愛おしい場所であり時間であった。

 そんなある日、突然のことである。
 食卓にしていた丸座卓の上に、それはポツンと置かれていた……
 一輪挿しに曼珠沙華マンジュシャゲが挿されていたのである。
 そして、彼女は帰って来ることはなかった。

 それから、二十年後のこと。
 玄関のチャイムが鳴った。
 妻と娘は買い物に出かけている。ついでに言うと愛猫は、今朝がたふらっと出て行ったきりである。
 仕方なく玄関に出ると、宅配業者だった。宅配と言っても花束を届けに来た花屋のようだ。
 訝しく思いながらも、住所と宛名を確認すると間違いなく僕宛てのものだった。
 花束を受け取ったものの、どうして良いか分からず、ダイニングテーブルの上に投げておいた。妻が何とかしてくれるだろう、との思いからだ。
 ふとその花束の中に、カードが挟まれているのに気がついた。
 手に取ってみるとカードに、「お元気ですか」とだけ書いてある。
 それに続けて「SK」と書かれていた。
 SK…… イニシャルだろう。
 ?が脳裏を駆け巡った。
 しばらく考えた後、思い当たったのは二十歳のとき安アパートで暮らした彼女だ。
 ただその彼女は、曼珠沙華一輪を残して去って行った。
 なぜ僕の住所を知っているのだろうか? まったく見当がつかない。
 花の種類を調べてみると、秋明菊シュウメイギクであることがわかった。
 秋明菊…… なぜ?
 花言葉を調べて僕は愕然とした。
《薄れゆく愛》

 学生時代の悪友から連絡があった。
 最近見つけた店で感じの良い小料理店があるから、一緒に行こうと言う。女将は綺麗だし、一人で切り盛りしていて客あしらいも良いと言う。
 僕も誘いを断る理由はない。

 しかし、彼は一つ大きな事実を隠していた。小料理店の女将は、かつて安アパートで僕と暮らした彼女であることを。しかも、その彼女は曼珠沙華一輪を残して、僕の元から消えたきりだ。
 悪友の魂胆を知らず小料理店を訪れた僕は、平静を装いながらも気まずさから彼女と言葉を交わすことができなかった。
 悪友が一人悪ノリして喋って、場を取り繕っていた。
 やがて悪友も話しのタネが切れたのか、喋りがスローダウンし始めた。そのとき、彼女は小声で、
 お誕生日…… と僕に話しかけてきた。
 最後のほうは、悪友の能天気な声にかき消されて聞きとれなかった。

 そして僕の誕生日。
 自宅に帰ると、彼女から桔梗キキョウの花束が届いていた。
 桔梗…… なぜ?
 花言葉を調べて愕然とした。
《変わらぬ愛》

 悪友の悪巧みにより図らずもかつての彼女と再会した僕だが、その彼女から贈られた花をたどってみれば、

 曼珠沙華マンジュシャゲ秋明菊シュウメイギク桔梗キキョウ

 どうゆう魂胆なのか……
 彼女の気持ちが知れない。
 考えれば考えるほど、彼女を訝る気持ちが募るばかりだ。

 気持ちの整理がつかない僕は意を決して、悪友には知らせず小料理店を訪ねた。
 小料理店には女将の彼女が一人でいた。そして奥には桔梗が生けられている。まるで僕が来ることを察していたかのようだ。
 意を決して乗り込んだはずの僕だが、カウンター越しに当たり障りのない話題に終始して、肝心なことには触れることさえできなかった。
 結局、敗北感のような惨めさを背負い、そうそうに店をあとにした。
 帰りの道すがら、彼女への猜疑心と悪友への不信感が頂点に達した。

 僕が小料理店に赴いてから五日ほど経った日、自宅に予期せぬ手紙が届いていた。
 それは、僕の宛名が見覚えのあるブルーブラックのインクで書かれていた。彼女の誕生日祝いに、僕が贈ったペリカンの万年筆に違いない。
 八枚の便箋に綴られた彼女の想いは、僕にとって涙なくして読めるものではなかった。

■愛する貴方の元から去ったのは、両親に強引に連れ戻されて、どうしようもなかったこと

■五年の歳月をかけ[悪友]が、貴方と私のよりを戻そうと奮闘し、時として両親に直談判してくれたこと

■そうしている内に、貴方は職場の後輩女子と結婚して、[悪友]の奔走がムダになったこと

■傷心の私は、はからずも両親に気に入られた[悪友]と、両親の勧めにより結婚したこと

■しかし、二人の間には子供ができず、気を紛らすために小料理店を始めたこと

 そのようなことが、ブルーブラックのインクで切々と語られていた。

 僕の思考はつかの間停止した……
 結局、自分の都合の悪いことは彼女と悪友のせいにしていたのだ。
 彼女が子供をつくらなかったのは、両親への精一杯の反抗だろうし、それ以上に僕への呵責かしゃくの念に違いない。
 僕は二人に何と詫びたらよいのだろうか。
 彼女にとって僕は徒花あだばななのだ。

 しかし、意気地がない僕は彼女へ花を贈るぐらいしかかなわない。
 ポインセチア、花言葉は《祝福します》
 伝わって欲しい僕の気持ち、二人へ「幸せになってください」と。
(了)

#うたスト
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