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銀鱗のエリクサー 〜 究極のアゴ出汁を求めて

狛江スリムは秘境(魔境?)のような隠れ家バーですが、なぜか塩すら加えない出汁を提供する変わったお店としてスタートを切りました。アゴ出汁以外にも当初は「アジゴとイリコの出汁」や、実際の提供はほとんどありませんでしたが「鳥出汁」(こちらは塩入っていましたが)なんかもあり、名前はシンプルですがその開発には膨大な努力を行なっています。

そんな中でもスリムのフラッグシップのアゴ出汁は、納得のいく姿になるまでには開店後にも紆余曲折をしています。味わいはもちろんさることながら、毎週しっかりした品質で提供を続けていくためには調達の継続やかけられるコスト、かける手間に無理がないことも重要です。

アゴ出汁は、舌が感じる前に体や心に染み渡るような、強くは主張しないクリヤーな美味しさが信条です。しかし単体で提供するには引き立て役としてではなく、その良さをしっかりと感じて頂くことが必要になります。あえてクセを引き出してスープ的に持っていく方向もないでもないのですが、スリムはそのクリヤーな特徴をそのままに、より力を増して研ぎ澄ましたいと考えました。

まず向かったのは昆布問屋です。筋金入りの店員さんの話を聞きながら、家庭では使いにくいような単価(キロ1万円以上)の真昆布・利尻・羅臼と比較します。羅臼はとても美味しいのですが昆布が強すぎ、仕込みの量を考えると利尻はとろみが強い(切り口から粘りが出ます)。あくまで主役はアゴなので、平均的に優等生な真昆布で行こうということになりました。

アゴは全体をやき干しにしたもの、ひらきにして内蔵が除かれたものなどいくつかの種類があります。また、良いものを都内で調達するとどうしても単価が高くなってしまいます。品質と調達と価格をトータルで考えた結果、昼の仕事で福岡に行く頻度が高かったこともあり、平戸の焼きアゴを福岡の市場から調達することにしました。

さぁ、最高の昆布と最高のアゴが揃いました。水は白神の超軟水を使います。すでにびっくりするようなコストですから、これを最大限に活かす技術で最高の出汁を産み出さなくてはなりません。

色々な試行錯誤の結果、スリムでは水出しと煮出しのハイブリッドを使っています。まずアゴと昆布を水に浸け、数時間置いた後に顎の身を捌いて頭・尾・ヒレ・ワタ・血合いなど「味はあるけどクセもある」部位を除きます。その後の身を、ごく弱火で温めてゆっっっくり70度まで上げ、濾した後に急冷却します。

シンプルな水出しだけでも十分に贅沢で美味しいのですが、時間が長いと「味はあるけどクセもある」部分の主張がちょっと強くなり、かといって捌いた後の身をしっかり洗いすぎると地力が弱い。こうやって書くとたった数行ですが、納得がいくバランスを得られるまでには膨大な量のアゴと、試作のアゴ出汁が消費されました(ので、朝のお味噌汁が贅沢仕様になりました)。

こうやって完成されたアゴ出汁は、塩も入れずにお出しするので、飲み慣れていないと最初は「あれ?味がないかな?」といった感覚になります。しかしその後昇華結集されたアミノ酸が口中に広がり、さらに舌の付け根の左右に旨みが蓄積していくので、魔法のように美味しさがブーストされてつい2杯目・3杯目と進み、身も心も満足で満たされます。あまりに満足してしまうので、あくまで提供は最後のシメ。良い温泉にでも浸かったような元気が体に蘇ります。

不思議なもので、この魔法は他の料理に使ったり他の味を混ぜてしまうと消えてしまいます。それはそれで、とっても美味しいんですけどね。

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