RISKY~another story2~

 『ドサッ』
ため息と共に地面に投げ出されたゴミ袋。

「こんなはずじゃなかったのになぁ」

桜井亨の長い夜がもうすぐ明ける。
ビルの谷間から見上げる空からは、すでに、ギラギラした陽光の欠片が溢れていた。

幸せにしたかった女性
幸せになれるはずだった女性
今度こそ幸せにすると誓った女性

三人の女性が絡む一連の騒動で、商社の世界を追われた亨。
仕事など直ぐに見つかると思ったが、倫理の道を踏み外した亨に、社会は厳しかった。

この街は、唯一、自分を受け入れてくれる場所だ。
だが…

『ガチャ』

店の勝手口が乱暴に開き、中から金髪の男が怒鳴る。

「亨、何やってんだ!早くホールの床磨けよ。
   使えねーな」

ずっと、遥かな明るい大空を羽ばたいて来たはずなのに、今は暗くて深い、水の底。

「鍵穴の鍵は、一つで良かったのにな」

今はスペアどころか、取っかえ引っ変え。
変わりがきくなんてもんじゃない。
明日、俺が居なくなったって、この街は平然と夜になり、また朝を迎えるだろう。

一日の仕事を終えて家路に着く。
世間の大半は出勤の時間だ。
その大半には、もう、なれない自分。
スーツの一団に見知った顔が居ないか、怯えて歩く。

 「大丈夫だ。誰も俺の事なんて見てない」

駅から押し寄せる人波に紛れて…

『………!?』

見覚えのある花柄のワンピース。

「か、かなた!」

そんなはずはない。かなたは、もうこの世にはいない。
しかし、どうだ?かなたは本当に死んだのか?
ひなたという、最愛の妹を残して?
そう言えば、おかしくなる前の美香も言っていた。

「あの女…広瀬かなたが!」

あの時は、追い詰められた美香が適当な事を言っているだけだと相手にしなかったが。

「まさか、本当に?」

人波をかき分け、必死に後を追う。
ヒラヒラと水色の魚が逃げていく。
今度こそ、離さない!

気がついたら、海辺に来ていた。
キラキラ揺れる穏やかな水面。

「はぁはぁ」

午前中といえ、既に蒸し暑く、汗が滴る。
水も飲まずに必死で追いかけて来た。
揺れる陽炎に、目が眩む。
なんだか、誘われているようだ。

「もう、いいかな。」

きらめく水面に向かって、一歩踏み出そうとしたその時。

『チャリ』

足元に何かがあたった。屈んで拾い上げる。

「これは…」

それは、かつて亨が、幸せにしたいと思った女性に贈った指輪だった。
鈍い光を放つそれを握りしめる。
遠くでウミネコが鳴いている。
賑やかな子供の声も聞こえ始めた。

強く、抱きしめたかったその人の代わりに、指輪を握りしめる。

「ありがとう。かなた。
   俺、頑張って生きるよ。」


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