『ODA(政府開発援助)』(中公新書で学ぶ現代日本の政治⑥)

 今回は中公新書のなかから日本の外交政策の一つであるODA(政府開発援助、Official Development Assistance)に関して書かれた一冊『ODA(政府開発援助)日本に何ができるか』(2003年、渡辺利夫、三浦有史)を取り上げたいと思います。ODAは政府予算から外国に振り向けられた資金であるため、その効果の不透明さや日本国内の経済状況の悪化などから不要論がもてはやされ、廃止論が唱えられるなどしていた分野です。個人的にはODAのことは最近あまり耳にしたりしない印象ですが、政府の取り組みはいまも続いています。歴史は繰り返すと言いますから、いつまた議論が再燃するか分かりません。

 そこで、今回のノートでは、ODAとは何であり、どのような論点があるのかを本書を通じて勉強していければと思います。結構古い本なので、いちおう各種情報は公式サイトから新しいものをもってきました。

ODA(政府開発援助)とは何か

 終戦後の1951年にサンフランシスコ平和条約が調印され、以降日本はミャンマー、フィリピン、インドネシア、南ベトナムに対する賠償のほかにラオス、カンボジア、タイ、マレーシア、シンガポールなどへの無償援助を準賠償として供与していくことになりました。各国との協定のなかで受取国の経済発展、社会福祉の向上への寄与が重視され、これが日本のODAの起源となりました。

(1)定義

 OECDの定義によれば、ODAとは、政府機関により経済発展および福祉の振興のために供与されるグラントエレメント(GE)が25%以上の資金とされます。GEは、金利や返済期間、据置期間などの条件をもとに算出されるもので、100%になると贈与(grant)ということになります。

(2)ODAの内訳

 下表は外務省の公式サイトに掲載された資料です(外務省「ODA予算」)。

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 まず、財源別にみてみますと、ODA事業予算は、一般会計、特別会計、出資・拠出国債、財政投融資等からなります。一般会計や特別会計についてはいいとして、他については本書に詳しい解説がなかったので、少し補足します。出資・拠出国債とは、国際機関に対して現金の代わりに払い込まれた国債であり、無利子・譲渡禁止・要求払いが定められています。国債で払い込むのは当該機関がすぐに現金を必要としていないからです(財務省「債務管理リポート2019」)。また、財政投融資とは、国が一般会計とは独立して発行した財投債(国債)による財源を、政策的に必要だが民間では対応が難しい案件に振り向ける融資です(財務省「財政投融資とは」)。
 なお、1970年の国連総会でODA/GNP(GNI)を0.7%とする目標を定める決議が採択されましたが、現在でもほとんどの国が達成できていない状況です。日本も0.29%程度です(OECDサイトより)。

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 次に、ODA事業予算の用途別に見てみます。ODAは大きく「二国間」と「国際機関への出資・拠出」からなります。前者は贈与(無償資金協力・技術協力)と政府貸与からなります。
 無償資金協力は、元本・利息の返済を必要としない資金で、所得水準の低い開発途上国が供与の対象となります。技術協力は、衛生や保健、教育などの分野に関わるものからITや法制度の整備、さらに自然災害の緊急援助などに関わる資金で、研修員の受け入れや専門家の派遣、機材の供与により執行されます。JICAの実施する青年海外協力隊もここに含まれます。
 政府貸与は、いわゆる借款と呼ばれるもので(日本の場合は円建てで行われるので円借款という)、受取国による元本・利子の返済を必要とする貸付です。借款は次の3つに分類されます。まず、プロジェクト借款は、受取国との協議に基づいて決定される特定のプロジェクト(運輸、通信、エネルギーなどの経済インフラ、上下水道や医療施設などの社会インフラ)の実施のための貸付です。また、ノン・プロジェクト借款は、開発途上国の貿易収支支援を目的とした貸付です。そして、債務繰延は、重債務貧困国の債務繰延のための貸付です。

(3)日本のODAの特徴

 日本のODA政策は、「開発協力大綱」(2015年閣議決定)を基本とし、具体的には「国別援助方針」および「事業展開計画」が策定されています。ODAの状況は「開発協力白書」によって毎年度報告されています。
 日本のODAは、戦後日本が経済的に独立していった自らのプロセスを想定しつつ(日本は1990年に借款を完済)、受取国の自助努力によるオーナーシップの確立を期待し(したがって政治的な条件付与は避ける)、受取国がODA案件の価値を認めてこれを積極的に要請する場合に実施していく、という理念に立脚しています(1990年版『わが国の政府開発援助』)。
 日本のODAは、各国と比較して借款が多いことで際立っており、供与対象が経済インフラに集中し、供与先が東アジアに集中している、という特徴をもちます。これは1960年代からアジアで台頭してきた新興国(NIEs)において低金利の融資を梃子にして巨大インフラを整備する必要性が生まれたことと密接に関係しています。
 借款が多いことについては、これは供与国としての政府に、贈与によって受取国にモラルハザードを生じさせるのではなく、受取国に事業のプロジェクト性、利益性を意識させ、自助努力を促すものであるとの意図があると推察されます。また、東アジアの発展において、円借款が効果を発揮したという政府の認識もあります。借款よりも贈与を提供すべきだという批判もありますが、案件の性質や支援国の国内状況を見極めつつ、借款と贈与の使い分けを行うことが必要です。

(4)ODAを左右する様々な要因

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 支援国の側においては、ODAは政府が国の予算をもって提供する資金であるので、その支出には議会の議決を要するのであり、単なる慈善事業にはなり得ません。国内状況の変化に応じてODAに対する世論の意見も変化していきます。支援国の政治家の利益誘導、国内企業の贈収賄といった汚職が発覚したり(ただし、ODAから得られる利益は企業全体の利益から見ればほんのわずかなので支援国企業がODAに群がるというイメージは必ずしも正しくない)、受取国のODA事業に伴う環境破壊被害が報道されたりするのもそうですし(この場合、必ずしもその開発によって得られた便益は強調されないことがあります)、国内経済が悪化すれば、海外にお金を振り向ける余裕があるのかという国内の声も大きくなります。日本では対中ODAに対する不信感は根強くありましたが、2018年に日本は両国が対等なパートナーとなったという認識を示し、同年度をもって新規案件の採択を終了することにしました(外務省「対中ODA概要」)。
 また、世界銀行やIMFを中心に「どのような場合にODAは効果的なのか」といったような研究が進んでおり、その成果に基づいて様々な提唱がなされ(「包括的な開発枠組み」や「貧困削減戦略報告書」など)、それによりODA政策も変化しています。さらに、9・11同時多発テロによってODAがテロや貧困の撲滅のための支援といった色合いを強くしたように、国際世論が何を問題意識にするかでもODAは変わってきます(例えば、国連によるミレニアム開発目標から持続可能な開発目標(SDGs)の採択は大きな指針です)。支援国個々の政策もこれと無関係ではいられません。

 受取国の側でも、内的・外的なリスクを常に抱えており(というか抱えていない開発途上国は存在しない)、それが支援国の態度を変化させます。特に受取国のガバナンス状況は(法の支配、透明性、説明責任、市民の参加など指標は機関によってゆれがある)、支援国にとって重要な要素で、ガバナンスが良好な国に対してのみODAを供与すべきだといったことが欧米諸国から提唱されるほどです。また、世銀が懸念するのはODAを政府が投資に振り向けずに消費や軍事費の増強につかうといった横流し可能性(fungibility)であり、これがあるためにODAの評価が難しくなる問題もあります。ODA受取国はガバナンスの改善という課題に取り組まなければなりません。
 また、今日においてはODAよりもむしろ民間投資のフローが多くなっており、開発途上国も国際経済に接続するための市場環境の整備を進めなければならないわけですが、国内情勢の悪化などに伴い格付機関により投資適格を下げられれば急速な資本流出を招くリスクも鮮明化しました。つまり、開発途上国には国際経済からの利益を享受しつつ、このリスクを下げるための政策が求められるようになったということです。

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日本のODAの行先

 著者は、日本型のODAの原点、つまり自助努力と要請主義を引き続き維持すること重視しており、支援国との対等なパートナーシップを構築し、同国のオーナーシップを尊重した上で、発展段階に応じたきめ細かい支援を図るべきとします。受取国のガバナンスを審査して供与するかどうかを決めるのではなく、そもそも不確実性の高いことを前提とし、受取国側との相互理解と信頼関係=パートナーシップを構築しつつ、同側のオーナーシップを確保するという取り組みが必要だということです。ここには明確な答えはなく、模索が続く部分であると考えられます。

今回は以上です。お読みいただきありがとうございました。

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