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亡兄・安克昌の命日に思う。

映画「心の傷を癒すということ製作委員会」の安成洋です。今日、12月2日は亡兄・安克昌の命日です。亡くなってから21年が経ちました。「心の傷を癒すということ 劇場版」の公開が今年の1月28日でしたので、この作品が世に出されてから、初めての命日を迎えることとなりました。

多くの皆さまに本作品をご覧いただきましたこと、この場を借りまして、厚く御礼申し上げます。

作中で柄本佑さん演じる「安和隆」がそうであったように、亡兄は幼い頃から、文学、音楽、映画、マンガをこよなく愛していました。それぞれの作品で描かれている多種多様な「世界」や「人生」に、想像を巡らしながら自分の身をその中に置いてみたり、また、一歩引いてその作品の世界を外から冷静に眺めてみようとしたり・・・といったことをずっと小さい頃から毎日続けていたのだろうと思います。(写真左が安克昌です。長兄・安俊弘と東大阪市瓢箪山町の自宅前で1965年、5歳の時に撮影したものです。この頃は、「ドリトル先生シリーズ」を夢中になって読み耽っていたと母から聴きました。)

そんな兄ですから、自分がモデルになって映画化されたことを天国から、大いに照れながらも喜んでくれているものと、私は確信しています。

さて、ドラマ化の企画が立ち上がってから約3年間、著作「心の傷を癒すということ」を改めて繰り返し読み、亡兄が書いた他の文章を探して読み進めて行きました。また、医師として活動していた当時のことをよく知る人たちから、今まで私が知らなかった色々なエピソードも聴くことができました。

その中で今、改めて私が強く思いを致し、様々な考えを巡らせるのは、「阪神淡路大震災が起こった1995年1月17日から、亡くなる2000年12月2日」までの5年10カ月余りの期間、「精神科医として兄が何を考え、何をやり、何をやろうとしていたのか」ということです。このテーマを追求してゆくとその先に、「『今』に繋がる確かなこと」を掴めるのではないか、そんな漠としながらも強い確信を抱いています。それくらいにこの晩年の期間は、精神科医として濃密な時間であったことが分かってきました。

このテーマの追求は、映画化に関わることを通じて、亡兄から与えらた「ミッション」だと受け止め、「心の傷を癒すということ+」として様々な場や方法で発信してゆければと思っています。

「心の傷を癒すということ」という、映像と活字の作品が創り出す世界に、皆さんそれぞれの思いや考えから、今後も関心を抱いて頂ければ、この上の無い幸せだと思っています。

 





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