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心を置いてきぼりにしない復興を。 『対話で育む 心の復興プロジェクト』

2022年6月の避難解除に向け、復興が進む双葉町。企業誘致などの経済面、そして住宅整備などのハード面の復興は着々と進んでいるものの、私たちはひとつの懸念を抱きました。

「町民の心を、置いてきぼりにしているのではないか?」

かつて双葉町に暮らしていた方々の想いをきちんと理解することなくして、本当の意味では復興を成し遂げることはできないと、私たちKIBITAKIプロジェクトのメンバーは考えました。

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この写真のように、双葉町は今、駅前をはじめとしてハード面の整備(復興)が急ピッチで進められています。

そんな中、双葉町の町民(元町民を含む)は、今どんなことを考え、双葉町にどんな想いを抱いているのでしょうか。私たちは町民と対話し、その考えや想いを復興に活かしていくためのプロジェクトを計画しました。

それが、『対話で育む 心の復興プロジェクト』です。さまざまな年代の方々のトークセッションを通し、震災前に双葉町に住んでいた方々と対話することから、このプロジェクトは始まります。

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『対話で育む 心の復興プロジェクト』 2021年度の活動
Vol.01 元住民(40代男女)によるグループトークセッション
Vol.02 元住民(30代女性)によるグループトークセッション
Vol.03 元住民も含む若年層(20代男女)によるグループトークセッション
Vol.04 商工会メンバーによるグループトークセッション
Vol.05 上記グループトークセッション参加者を集めたトークイベント
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各回の様子は、noteで公開予定です。
vol.0となる今回は、プロジェクトを進めていくメンバーの紹介と、それぞれの想いをご紹介します。


『対話で育む 心の復興プロジェクト』 参加メンバー&コメント

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KIBITAKI
当プロジェクトは、KIBITAKIプロジェクトを運営するタカサキ喜画が中心となって進めていきます。タカサキ喜画からの参加メンバーは以下の3人。

● 高崎 丈(たかさき じょう)
双葉町出身。元JOE’S MAN 2号・キッチンたかさき オーナー(新規店舗開店準備中)。日本酒のお燗を広める活動を展開中。株式会社タカサキ喜画を双葉町に設立。

《コメント》
 双葉町の復興に関わるようになって熱量のある多くの方々と知り合い、そうした方の想いを聞く機会は多くなりました。その一方で、「双葉町の町民は今なにを思っているのだろう」という疑問も大きくなりました。2022年6月の避難解除をもって企業や新しい住民が移転してくる中で、町民の想いを汲み取っておかなければ、新しい企業や住民と、以前からの町民との関係性がうまく構築できないのではないかと危惧しています。そうした懸念が、当プロジェクトを発足するきっかけとなりました。
 私は震災直後、家族と千葉に避難し、生きていくので精一杯でした。双葉町の復興について考えることもできませんでした。しかし、幸いにも縁があって双葉町の復興に携われるようになり、私と同じように双葉町を離れて必死に生きてきた人たちが、今なにを思っているのかを知りたい気持ちが生まれています。
 経済面やハード面の復興とは違った「心の復興」は、絶対に誰かがやらなくてはいけないこと。避難解除が迫るこのタイミングで、町民の生の声をしっかり聞き、町民に考えや想いを言葉に出す場を提供するのは非常に有意義な試みであるはずです。メディアはどうしても感動を煽るようなアプローチで双葉町を取り上げますが、そういった型には嵌まらない当プロジェクトならではの声の届け方があるのではないでしょうか。

● 小祝 誉士夫(こいわい よしお)
株式会社TNC 代表取締役/プロデューサー
海外70ヵ国で展開するライフスタイル・リサーチャーを運営し、国内外での事業クリエイティブ開発を行う。

《コメント》
 高崎君と知り合うことで、私は双葉町と関わるようになりました。そして、双葉町は復興が進んでいるとメディアは報じていますが、まだまだ課題は多くこれからが復興のスタートだという現状を知ることになったのです。私は双葉町の出身ではありませんが、非住民がどれだけ町や町民と関わりを持てるか、そして寄り添っていけるかも当プロジェクトでは重要なはずです。
 以前の私のように双葉町の今や復興のプロセスについてなにも知らないという人が、日本人の大半です。だからこそ、情報発信のプロである我々が当プロジェクトに参加することで、多くの方に町民の声や町の今を届ける役割を担えるのではないかと考えています。
 最近、「心理的安全性」という言葉を良く聞くようになりましたが、「なんでも話していいんだよ」という場を設け、それにちゃんと耳を傾ける人がいることが大切だと思います。そして、当プロジェクトがそういう場になっていくはずです。小さな一歩からもしれませんが、非常に価値のあるステップであると私は感じています。

● 島野 賢哉(しまの けんや)
株式会社サムライジンガ 代表取締役/プロデューサー
ブラジル、台湾における芸術文化を中心としたプロジェクトに携わる。クリエイティブサウンドスペース『ZIRIGUIDUM(ジリギドゥン)』創設者。

《コメント》
 双葉町の復興に関わるようになり、震災から10年経って復興五輪が終わった今でも、双葉町では全然復興が進んでいない現実を知りました。初めて双葉町を訪れたときにはショックすら受けました。一方で、このような言い方が良いのかわかりませんが、新たにゼロから街を設計し、つくっていける状況には非常に大きな可能性があると感じています。当プロジェクトではさまざまな世代の町民にお話をうかがっていきますが、各世代によっても考えや想いは全然違うのではないでしょうか。そうした中で、双葉町出身である丈さんが中心になり、対話を行っていくのは非常に価値あること。当プロジェクトが、町民の心に寄り添った復興を進める大きなきっかけになれば良いなと考えています。

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双葉町町会議員
当プロジェクトには、双葉町町議会議員の山根辰洋氏も参加。

● 山根 辰洋(やまね たつひろ)
一社双葉郡地域観光研究協会 代表理事 / 双葉町町議会議員
原子力被災地での平和産業(観光業)創出を通じた地域再生を目標に日夜奮闘中。

《コメント》
「町民の心が置いてきぼりになっているのではないか」という懸念は、町議会議員として復興に関わる中でずっと問題意識を持っていました。町役場の職員も避難解除に向けた業務で忙しく、避難先で暮らす町民と密にコミュニケーションを取るのが難しい状況なので、町民の声を十分に拾うところまで手が届いていないと感じています。
 そして双葉町は、震災直後に町民に「20年、30年は戻るのが難しい」というメッセージが伝わった町であるということが、他の自治体とは大きく異なります。避難先で家を建てている人も多く、町民の帰町意欲が大きく減少しています。そうした中で、双葉町の個性や伝統をどのように継承していくのか。私は双葉町を支援するために東京からやってきて、とても素敵な町だと感じました。だから、双葉町の個性を継承していきたいと強く思います。そのためには、町民の声を今しっかりと聞くことが不可欠です。
 未曾有の悲劇が起きてしまった町だからこそ、「どう復興していくか」「どう住民の幸せをつくっていくか」を追求していくことに大きな意味があるはずです。当プロジェクトを通して、経済だけじゃない復興の形や発展の形を示せる町になると私は考えています。

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UR都市機構
双葉町の復興を支援するUR都市機構からも2名の職員が当プロジェクトに参加。

● 伊比友明(いび ともあき)/五木田隼人(ごきた はやと)
UR都市機構 福島震災復興支援本部 復興支援部 地域再生課
原子力被災地での持続的なまちづくりに向けて、関係人口の拡大や誘導による地域再生に取り組む。町内外のさまざまな人が関われるコトづくりを目指し、多様な主体との協働・連携を進めている。

《コメント》
 URは駅前のハード整備という側面でも復興支援を行っています。しかし、施設だけを整えても人が戻ってくる環境は整わない、本質的な復興は進んでいかないという意識は、私たちも持っており、さまざまな関係者と連携を図りながら、ソフト的な活動にも取り組んでおります。帰町する町民だけでなく、町外から新たに関係人口や移住者を町に呼び込みながらまちづくりを進めていく必要があると考えています。
 避難指示解除後に新しく双葉町にやってくる方々と、震災前からの町民をどのように融和させていくか。これは非常に重要なテーマです。思っていることをなかなか口にしないのが双葉町の町民性であるならば、かつての住民の方々の想いをどうやって汲み取っていくかが重要なため、当プロジェクトは大きな役割を果たせる活動です。そして、町民の声を聞いて「これが双葉町なんだ」というものをしっかり把握し、その歴史や個性をまちづくりの中に組み込んでいくことが求められているとも思います。
 避難先での定住を決めた方でも、これからも双葉町との関わりを維持していきたいと思っている方が多くいらっしゃるはずです。年に数回は双葉町に帰るきっかけをつくれるようなアイデアや活動が、当プロジェクトの延長線上に生まれてくることを期待します。


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