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山を下りても

何処までも何処までも、細い道を歩くと、
何時の間にか、かつて見下ろしていた微かな灯りの数々は、夜になってもなお瞳の底を貫くような、眩い光に変わっていた。
そのせいか、月は少しだけ小さく霞んで見えた。
今朝まで確かに暮らしていた、そして、こうしてここまでやって来なければ見ることもなかった、
山、誰が決めて描いたのかーその穏やかな裾野の遥か上に。

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束の間山を下りて、眠いまま、直線の聳える街へと向かった。
街は行き交う人々の思惑が折り重なり、
忙しく、目紛しく、まるで誰ひとり留まろうとするもののないように見えた。

今日、suisaiで、青山の月見ル君想フで開催されたアカペラライブ「下山#1」に、ゲストとして出演した。

新しく始動したイベントライブで、
中央大学のアカペラサークル
Do it your voice」の現役サークル員及びOBの方々が中心となって開催された。
suisaiは、当該サークルの出身者は居ないものの、運営者からゲスト出演の依頼を受け、有難くも、出演の運びとなった。
当日はサークル内外の出演者も多く、同窓会のような賑わしい雰囲気で、新旧の交わりを温めていた。思わず此方も笑顔になった。

改めて、ありがとうございました。
盛りだくさんの内容で、仲間たちとの時間を愛おしんでいることが伝わりました。
ずっと、続いていくといいな。

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人が灯りを焚くのは、どうしてだろう。
暗闇を恐れないためか、
それとも、遠くにいる誰かに「ここにいるよ」と、知らせるためだろうか。
思えば月も、午の太陽とは違う光を投げかける。
こうして誰かの眼差しを受けて、自分が照らされていることを知っているからだろうか。
街の灯りも消えたいま、時も眠るような夜の底で、
きっと誰もが、この月を見ている。

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当日、ふとちいさな物語が浮かんだ。
それを、このライブの出立の祝いとして、伝えられればと思った。
ある「ひとり」の物語。
それは人間でも、動物でも、あるいは植物でも。
山から下りて、街へ辿り着いた、ある「ひとり」の、夜から朝にかけて、
ひとつの月が浮かんで、沈むまでの物語。

「変なMC」と思われるかもな、と思ったが、いつものことだから、気にしても今更だろうと、諦めた。
時間が飛び出てしまったことは、直さないとな。

よければ、今日の演奏と物語を通して、
どんな風景が見えたのか、少しだけでも、聞かせてもらえたら嬉しい。

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空が白み始めた。
ひとは寂しいときに、遠くを見るのかもしれない。
僕は何処へ行くのだろう。
もと来た道を戻るのだろうか。
それとも、ここに残るだろうか。
もしいつか、もう一度、
あの山からこの街を見下すとき、
ちらちらと瞬く灯りを見て、僕はさびしくなったり、するだろうか。
夜が明ける。
大きな光が、少しずつ、星々をかき消していく。
さよなら、光。それでも、
僕はきみを憶えている。

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そうして自分の場合は、また山を登り、
また明日から汗と緑にまみれて、働く。
それでも同じなのは、吹く風と雲に、晩夏の呼び声が少しずつ、聞えはじめたことだ。

何処からが山だったろう。
ただただ道を進んだだけで、いったい誰がその線を引いたろう。
山が呼ぶ。
街が呼ぶ。
風は軽やかに、高いところを流れ、
月と星は、等しく照らす。
空は青い。

物語は、つづく。

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