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うたの降る日に。

その日は朝から晴れた。
晴れた空から、うたの切れ端が、まるで天気雪のように静かに舞う日だった。
天気雪は「風花(かざはな)」ともいうらしい。
此方も、空気は冷たいが、まだあの凍りつく手前の匂いはしない。
ゆっくり、でも思い切り息を吸い込んで、肺の中を、朝で充した。

その日は、suisaiが歌う日だった。
空に向けて、皆でうたを放った日だった。

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12/8に、suisaiで「ソラマチアカペラストリート(SAS)2019」に出演した。
以前の記事でもお知らせしたとおり、suisaiの出演はその日の最後、Final Stageの最終演奏だった。

先ずは、このイベントを運営して下さったスタッフの皆様に、心からの御礼を伝えたい。

全国から、約470グループ。
東京は勿論のこと、海外からも其処を目指して訪れる、今や日本の一大観光スポットのひとつとなった、東京スカイツリーのふもとで、
2日間にわたり、数え切れないほどの声だけのうたが、たくさんの場所から空へ放たれていく。

改めて、ものすごい熱量のイベントだと感じた。
1日目は生憎の雨で、屋内での演奏を余儀なくされたグループも多い中、運営スタッフ陣の皆様は、予め雨天時の対策を講じ、
少なくとも自分の目からは大きなトラブルもわからないほどの素晴らしい立ち回りで、イベントを恙無く、前に進めてくれた。
2日目は晴天、陽射しのある場所ではうらうらと、小春日和の穏やかな天気の中で、出演各グループが演奏できた。

今年も、本当に素敵なイベントでした。
きっと多くの方が、同じく思っていることと思います。
本当に、ありがとうございました。

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イベントの最後、締め括りの演奏を任せられ、
嬉しさの一方で「重責だ」と感じた。

どんなうたを歌おう、
どんなうたを歌えば、このイベントの最後に吊り合うだろうか、?
正直なことを言えば、そんなことが、
舞台に上がるごく直前まで、頭の中をちらちらと行き来していた。

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12/8、18:00。
緊張を抱えながらソラマチひろばの出演者控えスペースに辿り着き、辺りを見渡した。

其処彼処から、うたが聞えた。
舞台の上では、今日しか、今しか歌えないうたを、身体いっぱいに喜びをたたえて歌うグループ。
その舞台を見つめ、思い思いにそのうたを聴くひと、本当にたくさんのまなざしが、うたを照らす。
午后の最後の光が落ちたあと、今日の日に別れを告げるさびしさに灯が点ったかのような、高い高い塔。
そのすべてに、しずかに光を注ぐ白い月。

「-だいじょうぶ。ここで、ずっと見てるから。だから、きかせて。」

おこがましい。
そう感じた。

ひとりで歌うんじゃない。
うたはもう、其処にある。
ならば、其処にあるものを、生まれたものを、
何処までもどこまでも、聴くんだよ。
そしてそっと、声を重ねるだけでいい。

そうだ。そうだったな。
降るうたに、耳を澄ます。

よかった、気付けて。
俺は馬鹿だから、大切なことを、またすぐに忘れそうになる。

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最後に歌った書き下ろし曲「光る。」は、
昨年度は完成度に不安があり、セットリストに入れなかった曲だった。

1年後のこの日、
この曲を、僕等は自信を持ってこの場で歌えるようになった。
そのことを本当に嬉しく思う。

この日見上げた空を、瞳に映った景色を、
耳を澄まし、身体に宿した声を、
また何度でも、思い出せるように。
そして、この場所でまた出会えるように。

願いのように、祈りのように、うたを高く高く飛ばした。
あの日、僕等の身体とこころから飛び立ったうたは、いま、何処に居るだろうか。
いつか、誰かの耳許へと降り注ぐときが、再び来るだろうか。

声は祈りだ。
きっと届くことを、いま、もう一度祈る。

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また、このSASが、suisaiの2019年最後の舞台となった。
少しずつだが、試み続けた1年だった。
しっかりと手応えを感じて、その1年に、ひとつの区切りを打つことができたと思う。

そして、終りははじまり。
僕等はまた新しく、試み続ける約束をそっと結んで、あの日の舞台を降りた。

これから、冬の間も弛まずに止まらずに、打ち込んでいこうと思う。
来年、またいくつかの良い報せをお伝えできること、そしてそれらが、僕等に関わるすべての皆様にとって少しでも、良いものとなることを願って。

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あの日から1週間が経った。
見上げれば、空は変わらず其処にある。
自分の頭上の空にはと言えば、濃く淡く、灰色の雲が敷き詰められている。
もう見慣れた空だ。
冬の、北国の空だ。

それでも、薄鼠色の雲の隙間に、夕刻の茜が所々混じる。

あすこの辺りに目を凝らせば、
もしかしたら、あの日飛び立った歌がまた、聞えるだろうか。
いま、あなたの居るところからは、どんな空が見えるだろうか。

そしてそれが、あの日を、
うたの降る日を「思い出す」
ということなのだろうか。

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