日野自動車の期間工

26,7歳の時に東京の日野にまだ日野自動車の工場がある時に契約社員で半年働いたんですが初めて自分の限界というものを知りましたね。体力的なものはまあ鍛えればどうにかなるかも知れませんが頭の処理スピードが限界までいきました。ライン工というか大型トラックの安斉組のフロントアクスル搭載補助というポジションだったんですがラインの先頭というか広まった所に現場があってそこから細くラインが伸びていく感じでした。大型トラックのフレームがコンベアで流れてきて色々デカい部品を付けていくという事なんですがもう毎日SPEEDが上がっていってやる事が少し増えただけで処理出来なくなりました。仕事の内容は詳しく話せませんがある程度は出来てたと思います。ただ先頭のSPEEDが速すぎて後続がコンベアに片脚を挟めて切断してしまうという事故が起きて一時期少しゆっくりになりました。すぐ戻りましたが。中国の学生さんか国士舘の学生さんのような硬派な出で立ちの人たちも見学に来たりしてましたね。限界を続けていれば向こう側が見えたかもしれませんが体力もないしそれに3.11が起きました。ご冥福を祈ります。まあということで半年でへこたれたんですがかなり貴重な経験になりました。日の丸を背負ってた感がありますね。オフも色んな所で酒ばっかり呑んで充実してたので良かったですね。噂にあるような社員が嫌な人みたいな事もなくとても良い人たちでした。先頭という事で契約社員には多少やっかみをかってたかもしれませんが。敬具

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