タクシー運転手とワガママな8人の乗客者たち#16
乗客 老人 ④ いつか、覚えていたら、話しをしょう
ジャアアぁあ~~……
「っはぁー~~気持ち悪ぃ~~」
近くのセイコマに寄ることを告げて、俺はトイレに駆け込んだ。レフトコーナーがあって、ゆったりと出来る快適空間な場所だ。たまに、こういった場所でゆったり、まったりとサボってコーヒーを飲むのが、また至福の時だ。
「尾田っ! 全部、吐いたか!? 全く、今も変わらずか!」
糞野郎が腰を上げてタクシーに向かうのを「あ! 何か飲みませんか!? お茶とか! コーヒーとか!」と必死に止めようとしたが――
「そんなものなぞ要らん! いいからっ、行くぞっ!」
完全拒否で終えてしまう。
ああ、コーヒーが飲みたかった。
「はぁい……お客様ぁ」
乗り込んだ俺に、「んっ」と糞野郎がコンビニ袋を俺に渡してきた。
「? ああ。はい??」
受け取った俺も、袋の中を見ると。
(コーヒー。胃薬。栄養ドリンクっ!)
滋養に良さそうなものと、俺の好きなコーヒーが入っていた。
バックミラーで俺も、じぃさんを見た。それに、じぃさんも顔を反らした。ちょっとだけ好感度も上がるが、依然とマイナスだ。
「んじゃ! 唐沢病院に行きますかぁあ」
がっこん! と運転席に杖がぶつけられる。
「ぅお」
がっこん! もう、いい加減に虚無だな。
「話しの続きだっ!」
もう慣れた痛みだ。ちょっとしたBGMかラジオのようなものだと思えばいいのかもしれない。そして、じぃさんのお強請りを話しを続けた。もう、ここまで来たら。最後まで、だ。
◆◇
一体、いつからだ。いや、どういう経緯でドドッギは、ここに墓参りに来ていたのか。俺には何がないやら、全く理解が出来ない状況だった。
「私がお客様を殺す真似なんか、出来る訳がないじゃないですか」
俺も苦笑交じりに応えた。顔も名前すらも知れなかった乗客に殺人を頼まれても轍を踏むような趣味なんか俺にはない。俺はサイコパスでもシリアルキラーでもないんだ。良心と常識のある日本人運転手なんだ。勘弁をして欲しいって話しよ。頼む相手を間違っているってもんさ。
「っそ、そこを何とか! 俺は人間の手で死にたいんだァアアっっっっ!」
俺のズボンをドドッギが縋りつくように掴んで離さない。正直、ズボンが破けるかと思った。
「絶対に嫌だねっ!」
ズボンを掴んで離させた。しかし、また、掴んで来るんだ。苛立った俺は声を荒げて言い放った。死ぬだの、殺してだのなんか命のやり取りを他人に頼んでいる時点で――もう死んでしまっているのと同じことだろう。
「死ぬってんならっ。自分で死ねよっ!」
俺は強い力で蹴飛ばして身体を翻した。乗客だったが、行き場所に着いた時点で赤の他人。雇用関係も終了だ。俺には関係もない。勝手に死に絶えろ。
(っさぁー~~って、と。ドドッギには悪いんだけど帰りますかんね!)
泣き声が背中越しに聞こえる。俺の足も止まってしまう。俺は殺せないし、殺す気なんかもない。でもだ。もしも、俺の風評を知っているのだとしたら。一か八か。
「聞いても?」
「ああ」
「まさか、なんですけど」
何が狙いだったのか。ここにきて、俺はあり得ないことが脳裏に浮かんで。思わず聞いてしまった。そうであっては欲しくはないけど、と否定の言葉を期待をした上で聞いた。
「……私のタクシーを、探してたりしました??」
心臓も聞いた唇も震えた。肯定をしないで「違う」と否定を待ったが、その願いは脆くも崩れ散った。答えは――
「ああ」
「私が人間だからですか?」
「ああ」
「私じゃない人間に当たって下さい。いい迷惑なので」
彼からの返事もなくなった。俺も後ろを振り返った。彼の体躯が横に倒れ込んでしまったのが視界に映し出された。荒く息を吐く様子に、流石の俺も慌てた。
「ぉ、お客様?!」
お腹を抑える様子に俺は服を剥ぎ確認をした。怪我は一切なく、自害とかではないようだった。ただ、毒薬かもしれなかった。
「ぁ、按ずるな。俺は、……病気で。もう余命もとぅに過ぎている。死ぬなら、ここと決めていた。殺されるのが本望だった、人間の手によってな、……っぐ、ぅううっ!! 薬が、切れたよう、……う、っだ!! っぐ、ぅうおオっ」
「話すな! 喋らなくたっていいっ! 黙ってろっっっっ!」
俺はドドッギを抱えて、タクシーへと向かった。重いと思ったのに、想像のよりは軽かったことに俺は驚いたが、それどころじゃない。死なれたら、今日一日と萎えちまうってもんじゃねぇ。でも、俺には何をどうしていいかも分からない。助けを求めるしかない。誰か! 誰か! 誰かっっっっ!
「たす、たすけてっ、親父ぃいい!」
必要な相手なんかいないと分かっているんだ。俺はドドッギの身体を抱えて、親父に助けの声を上げてしまう。返事なんかある訳ないと自身に言い聞かせて、頭も真っ白な中だった。ここに来てのまさかな展開が起こった。いや、起こるべきして起こった劇的展開なのかもしれないな。
「はいはいっと、……本当に。馬鹿みてぇに乗客の行先を鵜呑みにして。分かった上で、こぉんな場所に来るなんてのはお仕置きもんだぜ。本当にお前さんは、手に負えない息子だわ。マジ、ボコるかんなぁア?」
聞き慣れた声。俺は安堵で身体からありとあらゆる力が抜け出て膝から崩れ落ちてしまった。俺は大泣きをして親父を呼ぶ。お仕置きでもボコられてもいい。助けて欲しかったんだ。俺も、ドドッギのクソ野郎だってそうだ。救われたいんだ。心から救済を求めていたんだ。
「親父ぃ!」
「っはぁー~~……ったく、こうなる気がしたんだよ、そいつを乗せてからな!」
何もかも乗客としてタクシーに乗せる前から見てましたというばかりの言葉に俺も察したが、それどころなんかじゃない。感情も何もかもがぐちゃぐちゃだ。思考がめちゃくちゃだ。真っ白だ。何も浮かばない。どうしたらいいのかをフムクロに委ねるしかない状況だ。
「つぅか~~どぉうやっで、来たんだよぉう~~」
俺が泣き声で聞けば、フムクロもタクシーの屋根を指差した。毎回と屋根に乗るのは趣味なのか、それとも俺の身を案じての親心なのか。後者だと思うにしても分からない。でも心配をかけていることに違いない。
「タクシーの屋根は快適だったぜ? さぁて、と? 久しく見ない種族だな、他の一族はどうした? 見捨てられたのか?」
ドドッギが微かに頷いた。
「そぅか……なぁ。フジタぁ」
「! っは、はいぃ!」
「一丁。この死にぞこないの為に、長い期間の契約をしねぇかぁ?」
親父が言う言葉もそこそこに、俺は契約を行った。一体、どんなものだったのか、未だに分からない。
その後、気がついたら――タクシーの中で乗客を待っていた。慌てて、《最果ての地》に向かったまではよかったが。墓石の場所に着いても後部座席にいたはずの彼の姿はなかった。フムクロに聞いても、誰それの一点張りだった。話しの進展もないまま。今に至っている。
◇◆
「あっけない幕切れです。お客様、唐沢病院に着きましたよ」
「ああ。そうだな、尾田ぁ」
「申し訳ありません、記憶もあやふやな話しをしてしまいまして」
「ああ。いいさ、……やり直そうじゃねぇか。命ある限り」
がっこん! と運転席が杖で弾かれた。
「ちょっ! お客様っ!?」
がっこん! なんて運転中に杖で弾かれるデジャヴ感。身体が、尻が覚えているかのようだった。
「じゃあな。迎えも頼んだぜ」
「は、ぁい」
「じゃあな」
お金はかなり多めに俺へと手渡すと。杖を高らかに上げて唐沢病院の中に消えて行った。
「っはー~~何、このモヤモヤ!」
俺は、ハンドルに腕に組んで顔を埋めた。その時、身体に伝わる振動に、俺も力なく言い漏らして「ああ。電話ね」と液晶の通話を押した。
――『藤太さん。今日の調子は如何ですか?』
普段とは違った上擦った声で聞くダンマルちゃんに「おい、ダンマルちゃん。どうかしたのか? 声がおかしいぞ」って俺は感じたままに聞いた。
――『チョコで胸やけを起こしているだけですけど、何か?』
「いや。それが原因ってんなら何も、……心配したのに怒らなくたってよくない? 酷くないか?? 兄ちゃん、泣くぞ?!」
***
藤太さんが狐につままれた話しと言った物語の続きは私とフムクロ父さんとの2人だけ秘密となりました。
私がフムクロ父さんに聞いたのは、あまりに衝撃的な顛末だった。
当時も、今も、藤太さんに言うことは出来ない。
言ったところで何も変わらないからです。それで父さんを憎むとは思わないですけど、蟠りを遺すような真似なんか、ただの死体蹴りと同じだ。そんなこと私も望みませんしね。
「ダンマル君のお父さんは、そんなに酷い真似を藤太さんにしたのかい? まぁ、藤太さんに記憶がないって言うのも。なんか、よくも舐めた真似というか人を何だと思っているのかって、生きてたらオレも問い詰めていたかもしれないかな」
私は妻に長年の積を吐きました。妻からの言葉に、私は間違った感情を負った訳ではなかったことに安堵の息を吐きました。よかった、と本当に安心をしたんです。そして、藤太さんは本当に憐れだと、今も思うのです。
「ええ。表さん、少なくとも私は、残酷だなって思ってますよ」
たとえ本人が望んでも行ってはいけない禁忌はあるんですよ。
***◆◇
「いいからっ! 付き合うからっっっっ」
「ああ。フジタぁ~~本当にいい息子に育ったなぁ~~」
にこやかに彼の頭を撫ぜて油断させたまま。勢いよく藤太さんの脳を抜いて、死にかけていたドワーフの心臓を抜き取ったそれを合わせて輪を創ったらしい。
「今日からお前らは一心同体となる。どちらかがじゃなく、両名が思い出し出会って、お互いの《名前》を呼ぶことによって、解除される仕組みだ」
それは、いつ終えるとも知れない――《人生ゲーム》だった。
「解除されれば、《命の制限》が与えられ。《命の限度》を選ぶことが出来るのさ。その上、《神になる資格》も得られるっつぅなぁ~~《ハイパーゲーム》な訳よ」
父さんはゲームに細工をしたから終わりなんかないんだよ。死に際に父さんが言った言葉が、全ても物語っていて。驚愕した。
『脳は記憶を司り。心臓は肉体を生かす。その機能を無効化にしたんだ、俺はな記憶出来ない細工を、止まることのない細工をした訳よぉう』
そう笑って。父さんは私に終わることのないゲームの説明書を手渡した。
私に見届けろと、意図だったと思います。
生かしたい男は知らない内に死ねなくなり。
殺されたい男は望まない内に《不老不死》に。
そんな2人の永遠を見守り続ける男。それが私だ。
◇◆
(今回で何巡目だったのかな)
――『でさ~~今日はカラオケ行きてぇ~~んだけどぉう? どう?? どぅだよぉう!?』
電話の向こうの彼は陽気だ。そこがスゴイと思うし、呆れるとも思う時もあるけど大概は――羨ましいと思う。私は、そうそう感情が露に出来ないからころころと、表情が変わる兄が堪らなく可愛いとさえ思っているときもある。あくまでも、そういうときがあるというだけで。普段は真逆です。可愛くもない、腹立つだけの運転手。
「働いて下さい。カラオケだァ?? 最近は売り上げも散々なんですよ?! これから出費もあるんですからねっ! しっかりと稼いで、頂かないと困りますっ!」
――『へぇへぇ! 親になると、性格までも変わっちゃうんですねぇええ!? ケチんぼぅ!」
私は可愛い日本人の奥さんといい縁があり結婚をした。近く、出産もある。だから、兄さんには稼いで貰わないと。ついでに、異世界の土産も頂かないと困るんですよ。転売での副業は大事なんですから。こっちにいる連中は、ホームシック者も多い。安くしても値段を上げてもいいといってもくれる気さくな連中だ。小遣い稼ぎをさせてもらっているんです。ですが、あくまでも小遣い程度でしかない。巨額となれば、やはりきちんとした収入が必要になる訳ですよ。こんなにも悲惨な兄にも、私は畳みかけるしかないんだ。私の独りよがりだとも分かってはいますが。状況は家族が増える日も差し迫っているのでお願いと尻をひっぱたくしかない。誰だって。そう、誰だってだ。
「兄さんは幸せかい?」
――『いきなり。何なんだってのよ。まぁ、糞みてぇな人生でも。お前達がいるなら、倖せだよ。でも、まぁ。婚活でもしょうかなぁ~~』
見届ける私は不老不死ではない。いつか、兄よりも早く死ぬだろう。
ただ、その時に兄が違和感に気づかない様に。もしくは、心を壊さない様に折れて砕けて、また、殺戮兵器にならない様にと、心の底から心配だ。ただ、その時に私の家族が、子孫が対抗出来ればいいが。どうだろうか?
民族大虐殺を起こした兄だ、短気でキレやすい。繊細な性格と、不可解な人間の典型。
「婚活ですか? ご冗談でしょう」
何も知らない兄は、今日も元気だ。きっと、何遍と。何巡と繰り返しても性格は変わることはないだろう。多分、恐らくは私の好きな兄は。ずっと、こうでなくてはならない。なら、私も。こうでなければならない。
兄をおちょくり、貶し、尻を叩いて急かす。
それが私の仕事であり。父から与えられた任務だ。
――『だーか~~らぁ~~! 何なのお前っっっっ!!』
「……カラオケ。そういえば、最近。行ってませんね? ふむ」
――『!? っだ、ダンマルちゃん?!』
耳の鼓膜に響く兄の声は、高く弾んでいる。目もキラキラと輝かせているに違いない。
「妻に聞いてみましょう。行くと言えば行きましょうか」
――『ちょっとー今すぐに聞いてくんないかなぁ~』
たまに甘い顔をするのも今回だけですよ。人生には飴と鞭は必須ですからね。とくに人間相手には。
そんな人間の未来が一重にクソくだらない、クソみたいな人生だったとしても、今在る人生は間違いなく。上々ではないでしょうか。
「分かりました、今すぐ聞きましょう」
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