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タクシー運転手とワガママな8人の乗客者たち#15

乗客 老人 ③ 《最果て》と悪霊の真っ黒な砂

「どうなったと、言われましても。彼とは……」

 言い辛いことだってことを、察してはくれないのか。この糞野郎じぃさんは。それを忘れて厄介なクソ断定をしてしまったことに、俺は馬鹿だなぁ、と内心で舌打ちをするしかない。後の祭りってもんだ。

「その。あぁっと? 最果てなんちゃらって場所に着いて、すぐに下ろさずに、観光したんだろう??」
「観光はさせてもらいましたね」
「その後の話しが訊きたいんだっ」

 がっこん! と運転席が前後に揺れる。

「っちょ!」

 がっこん! さらに杖で弾き叩かれてしまう。

 じぃさんは持っていた杖で、俺の運転席を何度となく叩いて来やがる。繰り返される衝撃に俺の身体も前方に揺れて、腹がハンドルに押し当てられてしまう。今は乗客で在る以上、俺は絶えるほかないのが、悲しい社蓄の性だ。抵抗も許されないもんなぁ。
 今の時代、ちょっとの注意も激昂されちまう。最悪な事件に陥る状況パターンが多いと、他のタクシー運転手たちが雑談のときに口を揃えて、肩を押しとしたのが印象的だったな。それでも、立ち止まれないのは収入分が減りかねないからだ。泣き寝入りをしなければ勤務時間が蝕われてタイムオーバーになっちまう事態ってのは避けて通りたい。だから、どの運転手も避けて《諦める》ことを選択する。
 
 食う為には、忍耐も必要なのが――タクシー運転手な訳よ。
 悲しい性質ってもんさね。間違っているかね?

「さぁ。尾田ぁ! 思い出せェ!」

 嗤い顔がバックミラーに映る。車内響き渡る怒号なのか罵声なのか、俺も腹を括るほかない。このクソ野郎は、しつこく聞き続けるに違いないからだ。暴力は反対だし、車内崩壊も勘弁だ。

 ◆◇

「真っ黒い砂。初めて見ました」

「そうなのか。黒い砂は地区ここにしかないんだぞ」
「そうなんですかぁ」

 来るまでは真っ白の砂だったのが。キケンを知らせる立て看板を全て抜かして来た《最果ての地》は真っ黒な砂が一面に広がっていて。どこか、そら恐ろしいような、不気味な空気が肌に触れ身震いが起こった。それでも俺は気にしていないふりをしてアクセルを踏み込み、中へと車を走らせるしかない。

(こんな地区に、糞野郎じぃさんは何を目的に来やがったんだ?)

 車内は静まり返っていたが理不尽な客はよくも悪くも現実世界の方にもいるから、俺はどうってことはない。メンタルもそこまで犯されずに、胃もいたむようなこともない。強靭なメンタルだからこそ異世界でも副業を行えているってもんだ。
 この《暗黒時代の遺跡》の中を。言いたいことも、聞きたいこともあるけど。つぅか、どこまで行けばいいんでしょうかね?
 乗客じぃさんとは、あまり会話をしたくもない、ってのが本音でもある。

「お客様。どちらまで走らせればよろしかったでしょうか? 私はこちらは初めての土地ですので、出来れば|案内《ナビ》をして頂きたいんですが」

「真っ直ぐだ。この路を真っ直ぐに行けば朽ちた建物が見える」

「はい。お客様、かしこまりました」
 
 車を走らせると、確かに建造物があった。いつからあるのか廃れていた。世界遺産と言われれば納得をしてしまうほどの貫禄だ。恐らく廃墟マニアには堪らない物件に違いないだろうって思った。不気味に存在感を異様に放つ様は鳥肌もんだ。
(携帯で動画撮って、動画サイトにでも流そうかな)
 俺は不埒にもみんなに見せたくなって、本当に撮影をしようと動画を撮ろうとしてしまった。が、数秒後にはいやいや、と何を考えているんだと自己嫌悪に陥った。現世あっちには、フムクロのように出稼ぎに来ている住民が多いと耳にしたことがある。情報源はフムクロだが。流したら最後。徹底的に配信者を探して、俺は殺されるだろう。まぁ、返り討ちは出来るけどな。それに、多分――俺は負けない。
 まぁ、フムクロの面子もあることだし。面倒な労力は使わないにこしたことはない。アップは止めておくことにしょう。俺の中に思い出として留めておこうと魅入った。
(でも、まぁ。写真くらいはいいよなぁ)
 俺は窓から携帯で連写した。
「尾田ぁ」
 そんな俺に糞野郎ドドッギが俺に声をかけた。
「呑気なのはいいが。あまり、刺激をすれば攻撃の標的になるぞォ」
「! っひょ、……標的、ですか?」
 携帯から顔を離し辺りを視た。
「!?」
 真っ黒い砂から煙のものが立ち昇り、人の形に変わっていて。
 顔は、苦痛に歪んだ見るに堪えないもので。生きているとは思えないものだった。
「ぁ、あれは一体、なんでしょうか??」
 俺は、アクセルを思いっきり踏み込んでタクシーを発車させる。
「アイツらは《ムクロガツガリ》っつぅーなんて言やぁいいのかな? 精霊みてぇなもんだな。魅入られたら最後、いつまでも傍にいて、死期を待たれちまうんだ。早く、死なねぇかなぁってな、見下ろされるんだ」

「それは! 精霊じゃねぇしぃい‼︎ 悪霊ゴーストの方だっろぉおぅっがァア‼︎」

 後ろを振り向くのも、辺りを見渡すことも出来ずに俺は先を急いだ。
 一帯の真っ黒な砂全体が悪霊達の住処だ。俺達はっ! つまりは奴らの領域テリトリーに居るってことだ。

「ああ、お前の住む方では悪霊そっちの呼び名が正しいのかもしれねぇなぁ!」

「笑いごとじゃねぇんっだわぁああ!」

 俺は情けなく。泣き声で言い返してしまった。

 ◇◆

「ははは! 尾田は泣いたのかっ!」

 大笑いする糞野郎じぃさんに殺意が湧いた。でも、今は大事な乗客だ。今は、我慢だ。我慢をするんだ。
「お客様。誰だって。怖いと思ったら泣くものではありませんか?」
 この話しが、最後まできちんと言い終えるとは俺は思ってはいない。もう唐沢病院まで僅かな距離なんだからな。

「さぁ。尾田ぁ、先の続きを言え」

 他人事をこんなにも聞きたがる糞野郎を乗せたことを後悔をした。送迎予約の乗客だから、行きも帰りも乗せなけなけりゃあなんいない地獄だ。強靭なストレスにも強い胃でよかったと、こんな時にはいつも感謝だ。それはおいおいと。とっとと、目的地に急ぐしかない。保身の為にだ。

 きっと物語の最後を教えることはないだろう。

 有耶無耶にして、一生、その最後に黄昏るがいいさ。

「お客様。もう少しで。唐沢病院ですよ」
「尾田ぁ‼︎ いいから! その続きだっ!」

 がっこん! と運転席の座席が弾かれる。

「――~~っっっ!」

 がっこん! いい加減にしろと詰りたいくらいに杖で強く叩かれて身体も大きく揺れてしまう。運転中だというのに分別も出来ないのか! と怒鳴りたいが言葉は喉で堰き止められる。

 ◆◇

 タクシーが進むと、不気味な廃墟が砂に埋もれている様子が見えた。年代を感じるほどに存在感が在った。
 いや、時代なのか。むしろ、文明の名残りと言った方が明確なのか。
 《17丁目》らしくもない、むしろこんな建築物は――現実世界の技術でしか、地球人にしか出来ないと思った。構造が、その建物の面持ちがそっくり過ぎた。驚く様子が見えたのか、察したのか偶然なのか。

「人間が。この《17丁目》に住んでいたときの遺跡だ。だから、元居た住民連中は《暗黒時代の遺跡》と呼び、どの種族も足を踏み込まねぇんだよ。ヘタレ共が」

 糞野郎ドドッギの言葉に思わず「え?!」って裏返った声が、俺の口から漏れた。

「住んでいたと言っても、小規模の……科学者、異能者、哲学者と名乗った連中チームだった。一切の害もなく。むしろ、異世界の連中たちに医療や建築などの知識を教え、活性化させたが。良く思わない何者かたちによって惨殺された。それにより生まれたのが、……さっきの《ムクロガツガリ》だ。死ぬに死ねない憐れな、成れの果てだ」

 糞野郎が記憶を、断片を、視線も遠くに俺へと、ポツポツと、昔あった歴史を教えてくれた。どうにも、俺には死亡フラグとしか思えない。巻き込まれの死に方なんか――ご免被るんだが。

「連中の悲しみ、怒り、戸惑いが溢れ出て。そこら中の砂に感情が染み込み、真っ黒になっちまったんだ」
「……感情を吸い込んだ、ですか」
 俺は辺りに広がる真っ黒な砂を見て、生唾を飲み込んだ。
「ああ。お前の世界で言うところの。神様の気まぐれ、いや、検証不能の怪異って現象ってのが合ってるか? 連中が居なくなった地区ここは、今は閑散と荒廃都市みてぇになって、こぉんな状態だ! ここから学べることもあるってのに。恐れる奴らは、クソ莫迦野郎ばっかりだ!」

 喜々と言う糞野郎に、「……学ぶとは? 一体、どういう意味でですか?」と低い口調で聞いた。
 まるで、俺を狙って俺をここに連れて来て。同じ人間の、俺を殺すかのようだ。ただ、殺されるのは面白くない。いや、俺は死なない。俺は勝つ。

「お客様。私に、何か言いたいことでもありませんか?」

 俺は負けない。

「何もねぇよ。ほら、走らせろよ。尾田ぁ~~っ!」

 ガン! と慣れた衝撃が腰に伝う。

(またっ!)

 ガン! と考えなくも杖が振るわれ続ける。

 アクセル全開で、俺はエンジンを唸らせて運転をした。いつまでも、こんな糞野郎と一緒に居たくなんかないんだよ。俺も、とっとと帰りたいんだ。お前の運賃を貰ってだよっ。て、俺は胸の内で叫んでいた。さらに、進むと。

「ここは」

 言わずとも分かる場所だ。

「墓場、なの、……か」

 整えられた大量の墓石。大きな祭壇と、取り囲むように植えられた花が風に揺れている。真っ黒な砂の上に、神々しくも見えた。

「人間共が連中が殺された場所だ」

「……え」

「ここまで済まなかったな。もしよけりゃあ、一緒に祈ってもらえねぇかな?」
 苦笑交じりに、鼻を指先で擦る糞野郎の頬は朱に染まっていて。一気に、今までの苛立ちが収まった。
「ぁ、はい……分かりました。ドドッギさん」
 俺の言葉を聞く返事もそこそこに、ドドッギは花を摘み始めた。その様子に、俺も花を摘んでみようとしたんだけど。近くで見た花は、割と大きくて、茎も太い。普通の日本の花とは違う。硬くて、うんともすんとも俺の力程度では、微動にしない。見かねたのか。無言でドドッギが摘んだ花を俺の頭の上に乗せた。

「やる。《幸運の花》と呼ばれる希少価値のあるものだ」

 俺は頭から花を掴んで、目の前にやった。七つの白い花びらには、何か文字が生き物のように流れるように動いていた。とても、珍しいものに俺の心も弾んだ。ただ、この地から持ち出していいものなのかは分からない。知らないふりをして持ち帰ろう。

「人間共は無駄死にだ。もう、記憶にもない上に、《暗黒時代の遺跡》だの《最果ての地》だのと悪い噂ばかりが広まっていくばかりだ。人間共が何をした? ……この異世界に知識を知らせ広めただけだというのにっ。俺らは、なんと惨い真似をしたのか……仕打ちをしただろうかッ!」

 顔を両手で覆い隠して跪くドドッギに、俺は掛ける言葉もなかった。いや、ここで声を掛けるのが無粋極まりないだろう。大きな体躯が、小刻みに震えていて。何故が、小さな子供のように見えた。
「お客様? 大丈夫、ですか」
 俺も、何も言えずに。そんな軽い言葉しか出なかった。

「殺してくれ……俺を、殺してくれっっっっ!」

 涙と、鼻水で汚れた顔が俺を見上げて。そう叫んでいた。
 よく洋画であるような赦しを乞う俳優のように見えた。縋るように俺を、涙目で視ていて、俺の胸もはち切れそうだった。

 ◇◆

 ばっくん! 心臓が高鳴る。

「っつ!」

 ばっくん! 強くも連続的に。

「うっぐぅ!?」

 俺の胸が激しく脈立った。それに伴って、激しく吐きそうになってしまう。それを押し留めて、頬を膨らませる俺に「そこの公園で吐いて来たらどうだ? 尾田ぁっ」と運転席を杖で押しつけ、横の公園を知らせた。俺が提案に顔を横に振れば、糞野郎が大きくため息を吐いて、さらに言葉を続けた。

「運転手よ、命令だ。コンビニに寄って貰えねぇかな?」

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