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タクシー運転手とワガママな8人の乗客者たち#17

乗客 酔っ払い 前編 ほんの少しだけ、話しを聞いて欲しい


 ありのままに起こったことを話すぜ。何が、どうしてそうなったかってのは説明なんか不可能さ。酔っぱらっていた僕に期待するだけ無理って話しだ。

 ズキズキズキズキズキ。

「あー~~……頭が痛いッ」

 ◆◇

 それは北の恵み食べマルシェに来ていた時だ。丁度、地方から旭川に帰って来ていた友達に会いに来ていた。イベントには、たまたま、遭遇したと言ってもいい。
 腹が一杯になった後に、そのまま36街に向かって酒を呑んだ。JRで来ていた俺は乗り過ごしてしまった。一緒に飲んでいた瀧澤がベロベロの僕を、どこからか拾って来たタクシーに乗せた。僕の家の住所を教えて手を振ったまで、覚えていたんだ。ただ、運転手が僕に声をかけてくれていたところは薄らぼんやりと記憶にあるってだけだが、記憶はそこまでだった。

「お客様。ベロベロですね、お酒とか弱いんですか?」

「べちゅにぃ。よあくあなんふぇないろぉ」
「ははは。ああ、吐くときは言って下さいね、エチケット袋はありますから」
「はふぁにゃふぃろぉ」

 バックミラーで僕を見る運転手は無害な人格者のようで、物腰も良さそうに見えた。
「はふぁらぃふぁっらぁ~~」
 そのまま僕も、目を閉じた。ふと、運転手が、何かを喋っているのが、耳の鼓膜に響いた。どれくらい眠ってしまっていたのか。別に、盗み聞きをするつもりなんかなかったんだけど。聞こえたものは仕方がないだろう。

『ああ。ダンマルちゃん、うん。これから深川に行くところだよ。あーうん。そう』

 誰だろうか。さらに僕は聞き耳を立てた。身体は重く起き上がれないから仕方がないだろう。

『え。《17丁目》でも仕事が? あっ~~……そぉっかァー』

 落胆に近い声を出す運転手。それには僕も苛立った。酔っぱらっていようとも、僕は客だ。金だってきちんと払う訳だし。なのに、どうして。がっかりしたような声を吐いたのか。僕には理解が出来ないでいた。しかし、運転手の葛藤だったってことに気づくことに、あと少し、時間を要した。

『乗せた乗客。めちゃくちゃ酔っ払っているから、寝てはいるんだ……あーうん。でもさぁ、途中で起きちまったらって、兄さんも考えてる訳よ。流石に、酔っぱらった人間を、向こうに無断に一緒に入るとかはさぁ?』

 どうにも、電話の向こうに選択権があるというか。
 力関係では、向こうの方が近いような感じに思えた。そうするとだよ。そうだよ。

『《蜜眠草アレ》で、そのまま寝かせっての? いやいや。元々、寝ている人間には効かないよ? 効果は薄いはずだ……えー~~いや、あの。その……はい。じゃあ、帰るのは一寸、遅くなるかんね? ああ。あっちに着いたら、もっかい連絡しまぁあっす。ああ。じゃあな、ダンマルちゃん』

 運転手は僕をどこかに拉致した。その感覚に間違いなんかないだろう。そうじゃないのか。家じゃなく、仕事に連れ回されるんだからな。拉致じゃなきゃなんだって話しだよ。

 ◇◆

 ――「《17丁目》って。都市伝説に近い、アレのことなのかよ! 小津雄オヅオってば。何っつぅー夢見たんだよっ』

「聞けって!瀧澤っ」

  僕は敷布団の毛布の中から乗せられたタクシーの不思議な話しを滝澤に教えた。やっぱりというか、きちんと、まともになんか聞いてくれやしない。だが、これは僕も忘れてしまいそうだから、親友の彼と共有がしたいんだ。

「これはただのおとぎ話しなんかじゃないっ‼」

 ――『いやいや! 小津雄オズオ~~ぅんな急に、どうしちゃったんだよぉう~~草しか生えねぇっての!』

 電話越しの瀧澤は大笑いをしている。ああ。いいさ、笑いたければ笑えばいいさ。でも、だ。ほんの少しだけ、ほんの少しだけでいいんだ。一寸の間の、ほんの少しだけ「いいから。瀧澤っ!」と吠えた。お前は僕の親友だ。だからこそ、僕は今、本当にあった話しをしようと思う。いつか、この話しで。いつか酒の席で、肴に出来るように。たとえ、いつかなんか日が来ないとしても。

「《17丁目》はっ。確かに、存在するんだっ!」

 ◆◇

 ガタンガタタン! と大きく車体が揺れた。後部座席で横になっていた僕も、その衝撃に気持ち悪いくもなってしまう。
『お客様ぁ~~? 大丈夫ですかぁー????』
 バックミラー越しに運転手の尾田も聞いてきたが、僕は寝ていて聞こえないフリをした。このとき、そうしなければって。今も、思うけど今にして思えば、いい経験をしたと思うんだ。

『本当に。熟睡してんなぁ~~この人』

 薄目でバックミラーを見た。すると運転手の尾田が苦笑交じりに煙草を咥えた。窓を大きく開けた風の向きなのか、煙草の煙は車内に籠って煙たいってもんじゃなかった。

(つぅか。ここどこだよ????)

 俺は横目で、タクシーの中から外を盗み見た。赤レンガのトンネル内を、尾田が運転するタクシーは走っている。明らかに、滝川に行く路なんかじゃないのは、僕にだって分かったわ!

『とーりゃんせぇ、とーりゃんせぇーこぉーこわどーこのふふふぅんっふんっ』

 尾田が中途半端に民謡を歌う。彼の声は割といい声だ。俺も思わず、聞き惚れてしまう。きっと、カラオケでは89点以上を取りそうだなとか、僕は勝手に思った。車内の揺れにも慣れて、僕も目を閉じてもう少しだけ寝ようとしたときだ。ガッコン! と車が止まった。

(!?)

 尾田がタクシーを止めた様子に、僕も目を薄く開けた。耳をダンボに音を拾う。

『ぃ、よぉう! フジタぁ! 今日は異世界こっちでの金稼ぎかい?』
『ははは! 今日は、その日じゃないんだけどね。ダンマルの奴が、仕事を受けちまったんだわ~~兄使いが荒い奴で参るよなぁ!』

 尾田が話しているのは、牡鹿の顔をした何者かだった。あまりの衝撃的な映像に僕の身体も強張ってしまった。ここは、まじもんの異世界だとようやく思えた。鳥肌も立ってしまう。だって、それは――明らかに。現実的に生息しないないずの生き物だ。さらに、もう1匹は雌鹿だ。化粧もされていて、とても可愛らしかった。ちょっと、好みの女の子だ。

『あら? その後部座席のは、……荷物? フジタちゃん』

 ぎく! と尾田の身体が跳ねたのが見えた。ああ。僕がいたら不味いのか。だったら。身動きはしない方が多分、身の為かもしれないなと思った。

『何? 何もないさ。コーリンってば、可笑しぃいなぁ』

 肩を揺らして、必死に僕を隠そうとする様子は。明らかに、嘘臭いと、思われていると思う。でも、付き合いが長いからなのかもしれないようで、車内を調べる真似もしないまま笑った。彼を信用しているんだな。信頼あってのことか。

『さぁ。稼いでって、ダンマルの奴に美味いものでも喰わせてやんなっ!』
『奥さんにも何か、安産のお守りとか買って帰りなさいよ? フジタ』

 一斉に、尾田にダンマルお話しに花を咲かせる中。僕は生きた心地が居ない。早く、車を出して言ってくれって何度、口から出そうになったか。

『ああ。まずは、予約のお客さんを迎えに行くよ。じゃあね、コーリン。マクベス』

 手を上げ、クラクションを鳴らす尾田は。彼らから離れると額を袖口で拭う素振りをした。緊張したのか、後ろの僕を確認した。
『やっぱ。《透明シート》をかけといて正解だったなぁ、コーリンの奴ってば。番人なだけあって、鼻がいいたらないねぇ~~帰りが怖いったらねぇわー~~』
 そういや、身体の上に何かが乗って感があるな。いつの間に、何をやってくれたのか。
『まぁ、なるようになっかなぁ~~なぁ。親父ぃ』
 そして、タクシーは赤いトンネルの中をひた走った。最中、ずっと尾田は、髭ダンの歌を口ずさんでいた。何故分かるかと言えば、知っているアニメの主題歌ばかりだからだ。

『さてさてっと。ダンマルちゃんに電話だ。電話』

 そう言うと、尾田は携帯を弄った。

『あ。もしもっしー~~兄ちゃんだよ。うん。うん……うぅん? んで、どういうことなのか、きちんと教えてもらえるかな? ――ダンマルちゃん』

 口調が、徐々に硬いものになっていくのが分かった。凄みもある尾田の顔を見ると、不機嫌を超えて、怒りの色があった。そして、僕にも聞こえる声が、車内に響いた。

 ――『予約はグォリーの息子のチャーリス君。今すぐに、陣地に来て欲しいってことだったよ』

 ◇◆

 ――『陣地って何? それって、何々っ???? ひょっとして戦争でもしてんの?! はははっ! 陣地って!』

 瀧澤は電話の向こうで、僕に聞き返して笑っていた。そう、行き場所は戦火の中で。陣地は正しく戦争のド真ん中だった。僕がよく観る戦争映画の映像まんまの光景。今の鼻先のきな臭さが残っている。心の準備もなく連れて行かれた結果。僕にはトラウマと植えつけらえた、惨たらしい有様が瞼から離れなんいだ。
 だから、どうか。あと少しだけ、もう少しだけ。ほんの少しだけでいいから。笑うな。

 僕に付き合って聞いてくれないか。瀧澤。

「ああ。今、テレビで観るような、正義も大儀も糞くらえな戦争の真っ只中、そのものだったよ。今まで。観ていた映画そのものの視方が――甘いものだって、やっぱりっていうか思い知ったよ、瀧澤」

 僕の言葉に――『そりゃあ。脚本家の頭の中のフィクションだもんよ。まぁ、実話とかあっても、制作側は平和な世界での創作だしなぁ~~映画ってのは。んで、手前はあにを視て来たってのよ。小津雄オズオちゃんったら』と瀧澤がここでようやく、耳を傾けてくれたのが分かった。
 アリガトウ、瀧澤。

 ――『今日は仕事は休みだからな、聞いてやるよ。ほら、話せよ!』

 ◆◇
 
 バン! ババン! 尾田がハンドルを拳で、何度も、何回も叩いた。
 感情の荒ぶりを表現している。言葉でいうのなら――《怒り》だ。

『あー~~くっそたれっがァ~~!』

 どうやら言い負かされてしまった仕事は、尾田にとってしたくもない、関わり合いにもなりたくない知り合い相手のものだったようだった。

『つぅか! チャーリスだって分かってんなら受けんなっつぅ~~のっ』

 忌々しいと言った口調のまま、アクセル全開でタクシーを全力で突っ走る。多分ノンブレーキだわ。普通なら一発免停になんぞ。おい。
 しかも、おい。後部座席に僕が乗ってて、寝てるってことをお忘れじゃありませんかね? おいおいおいおい、尾田さんよぉう!
 しかも、この路は、舗装されていない砂利路じゃないか! 山とかじゃ、よくあるけど。タクシーも揺れに揺れて。後部座席で、横たわって寝ているフリをしている僕だって、気持ち悪くなっていった。
 
 っが! ががが! と揺らされ続ける寝たままの体勢が痛い。

(ぅううっっっっ‼)

 思わずだ。

 ドン! ドドン! 運転席を殴ってしまった。

『!? っと! ぉ、客様ぁああ??』

 バックミラーだけじゃなくて、運転席から直に僕を尾田が見てきた。視線に僕は目を強く瞑った。すぅーすぅー~~……なんて寝息を装って吐く。
『寝て、ますよねぇ? っね??』
 少し、上擦った言葉に。
「っぐ、ぅうぅう~~」
 僕も、どうしょうもなく唸るような、悪夢を見ているかのような寝息を漏らしてみたんだ。そしたらどうだ。

『! っよ、よかった。寝てます、よねぇ?』

 安堵の息を尾田が吐くと前を見据え直した。
 そして、また。アクセル全開の、ノンブレーキでタクシーを走らせた。
 そして、辺りの匂いもきな臭くなってきた。車内も、少し空気が悪くて、息苦しかった。
(なんだってっ。僕は、こんなおかしな場所にいるんだよっ!)
 タクシーの向きが変わったようだ。

 ダン! ダダダン! 何か乾いた空気の中で放たれる音が鼓膜に響いた。

(!?)

 ダダダンっっっっ! 弾! 銃撃戦だっ!

『っち! 折角、昨日洗車したってのによぉう!』

 タクシーはどこからなのか、何なのか。襲撃されている。タクシーが激しく左右に揺れることに尾田も舌打ちをしたけど。怒るポイントは、そこじゃないはずだ。絶対にそこじゃないはずなんじゃないですかねぇ。尾田ぁアっ! そして、さらにアクセル全開だ。

(どんだけアクセル吹かす気なんだよぉう!?)

 揺れに揺らされるタクシーに、いつまで僕も我慢しなきゃなんないのかなってことに、僕も正直、キレそうだった。

『ダンマルの奴っ! 後でボコる!』

 尾田の奴は、もうすでにキレているのは明らかだ。そりゃあ、商売道具が攻撃されてベコベコになってんじゃあ。その気持ちは、何となく分かるよ。
 大事なフィギュアが、粗大ごみに出される感覚に近いだろう。多分。

『チャーリスの野郎っやろぉうぅううっっっっ‼ ぶん殴るっっっっ!』

 上手いハンドルさばきで、尾田が攻撃を交わしていくのが分かる。辺りの騒音がなくなったからだ。尾田は間違いなくというか。何というか。

(こっちの人間だなっ! あっちの人間の皮を被ってやがんのなっ‼)

 僕は間違いなく。尾田は――普通のヤバい人間だってことを悟った。

 ◇◆

「って感じなんだよ!」

 瀧澤に僕は力説したが、少し間を開けた後で瀧澤が僕に言う。

 ――『いや。そりゃあ、違うんじゃないのか? 小津雄』

 意味合いなんか、僕には分からない。僕の話しを聞いて、どこで何を思ったのか。それでもいい。何を感じたとかは教えてくれないか。あと少しだけ、もう少しだけでいいから。一寸ばかし、語り合おう。

「瀧澤、何がだよ」

 茶化すなよ。


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