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タクシー運転手とワガママな8人の乗客者たち#20

乗客 編集者と漫画家 中編1/2 厄介な乗客


「そんなに難しい話し、なんですか。尾田さん」

 俺の言葉に、目を輝かせていたはずの空知も、しゅんっと悲しそうな表情になっているのを見かねたのか、彼の横で水科が俺に言う。

「まとめる必要なんかないですよ。始まりから終わりまで。きっちりと、話して下さい」

 胆の座ったものの言い方には俺も苦笑しか出ない。あんたはどこまで、何を知っているんだよ。どうにも水科には勝てる気がしない。無理矢理に、ねじ伏せることが可能としてもだ。理論的という状況下での話しだけどな。

「ふっは! 本当に良い性格した担当編集者だわ。ムカつくね」

 俺の悪態に空知も気がつかないのか、にこやかに水科を見て誇らしげに言った。

「ええ。アタリを引きましたね」

 ◆◇

「っはー~~だるっ」

 俺はハンドルを握って首を横に振った。嫌でもない現実世界に戻る為に、トンネルの中をひた走る。そんなお疲れの俺の耳に、何か音が聞えた。
 何かが、こう、蠢くような、もぞもぞとした音だ。

「?」

 俺は不審に思って、トンネル内部でウインカーを点けて車を端に停めた。向こうからは誰も来ないと分かっていても。万が一とも思ったからな。
 
「おい? ダンマルちゃんなのか?? 全く、お兄ちゃんを困らせるなってのぉう~」

 俺が声をかけても返事はなかった。絶対に、いるはずなのに。返事がないってのは、本当に腹が立った。俺は聞えるように大きくため息を吐いてやった。そして、俺は重い腰を上げて運転席から下りた。立ち上がった瞬間。身体がバキバキと音を立てて悲鳴を上げた。やれやれと、手を伸ばして、後部座席のドアを開ける。

「ダンマルっ!」

「っぴゃ!」

 勢い開けたドアの中、後部座席に置きっぱなしだった毛布に包まった女の子とおぼしき子供が頭を出して、俺と目を鉢合わせて身体をビクつかせた。多分、ダンマルよりも幼い。そんなんだから、俺はどう声を掛けていいのか、怒っていいのかさえも分からず、腕を組んで顔を横に倒して悩み込んでしまった。とりあえずは自己紹介。相手を知らなければ話しにならない。
「……おい。どこの餓鬼だよっ」
 俺は腕を伸ばして、毛布を剥ぎ取った。子どもの身体は想像とは違っていた。毛がもふもふとか、獣のような体躯だとか、亜人的な異様な格好だと思い込んでいた分、至って普通の《人間の女の子》の裸体に驚いて声が上擦ってしまった。顔の筋肉も強張ってしまったのが分かる。それでも聞かなければいけなかった。
「……人間? なのか。あンたは……」
 真っ黒い髪が肩まで伸びていて、前髪もぱっつん、凛々しい眉毛にまつ毛の長い大きな瞳の中は藍色で俺が映っている。ファッション誌に載る様な、テレビドラマにいそうな。可愛らしい女の子だ。

「そうじゃ。ここから出ることに協力せよ」

 どこか上からな口調だったが、このときの俺は気にはならなかったんだな、これが。真剣な表情がにじり寄って来て、俺の膝を掴む小さな手が小刻みに震えていると分かる。しかし、ここで問題が起こる。俺にとっては一大事な悩みの種。

「私は運転で金を稼ぐ商売をしているんだけど、金はお持ちなのかな? お嬢ちゃんは」

 俺はかまをかけて丁寧に、子どもに語りかけるように話しかけた。俺はタダ働きはしない主義だ。これから家に帰るとしてもだ。払って貰わなきゃわりに合わない。それにダンマルちゃんも怖い。オコだし。

「っか、カラダで払う! なら、どうじゃ!」
「っか、……らだぁ~~??」
「うむ! そうじゃっ」

「……――身体かぁ?」

 俺を掴む手は小さいし、伸びてる腕も細いし、明らかにJSでしかない体形だし、体格も未発達も、全部が犯罪に思えた。しかしだ金がないなら。どうしても帰りたいと子どもが望むなら。金は後でもいいかなと、諦めようと思った。
「仕方、ねぇなぁ」
 俺は後部座席のドアを閉めて運転席に戻った。しかしだ、難所がある。このトンネルの関所でもある。マクベスとコーリンのつがいの番人だ。
(っま。なんとかなるかな)
 アクセル全開で俺は愛車を走らせた。

「おい。上に気をつけろよ」

「? どういう意味じゃ」

 俺はボタンを押した。すると、後部座席の天井を開いた。中は空間で、何も入ってなんかいない。普段はお土産の品を買って、この中にいれて、外へと密輸をしてたりする。今日は買っていないから、運よくも空っぽの状態だった。

「で。とっとと上に入ってくれる? お嬢ちゃん」

「煩い。指図を、……っと! するな、なのじゃ!」
「はーい、はいはい」

 子供は慌てて天井の空いたスペースの中に入った。俺も確認して天井部を締めた。俺は息を整えてバックミラーで、自分の表情を確認をする。動揺をしていないか、瞳孔が大きくなっていないか。心臓音も、脈も。平静を保たないといけない。原則として《17丁目》に入った生き物は出られない。
 いや、出られるが。申請やら、理由などといった紙を部署に提出して、許可通行証を発行してもらうことが原則だ。それらを全部無視しての、この強行作戦を実施する。明らかな背徳行為であることに変わりはない。

 番人でもある親しくなった奴を――騙すんだからさ。

「よう! 今日はもう帰るんかい? フジタぁ」
「ああ。明日はあっちの勤務が早いからさ。帰ってゆっくりと風呂に浸かるさ」

 のんびりと話すのは牡鹿のマクベスだ。フムクロ同様に話しやすいタイプだ。それよりも嗅覚がいいのは女鹿のコーリンだ。今日は、少し興奮しているな。

「コーリン。どうかしたの? 顔が真っ赤だぜ?」
「っひ、非常事態が起こっ――!?」

  何かを言おうとしたコーリンの口を、マクベスが手で覆い隠した。顔はにこやかなままなところも、フムクロのような仕事意識の高く、誇り高い戦士だ。あとは、このよくも分からない状況下は紛れもなくチャンスだ。突っ切る為の、何かの力が発動したに違いない。それが後々と大事になるが、俺には《チャンス》としか、ヤバい状況が何かと聞くタイミングを逃す結果になってしまったことが悔やまれる。ここで問い詰めれば「帰れ」と言われることを見据えて、ウザ絡みの声をかける真似しか出来なかった。

「何? 何々?? っなぁああんっか。やらかしたのか? 《17丁目》の連中共ってば」
「いいから。ほれ、現実世界あっちに帰んな。フジタぁ」
「はいはいっと。まァあ! 万が一のもしものときゃあ俺を呼びな。辺りを火の海に変えてでも、金次第でやってやるよ。知り合い割引でさ

 俺はクラクションを鳴らした。トンネルの中から外の光景は人工的な光りが輝いて綺麗だなと見惚れる。

 ドン! ドドン! と子どもが天井の中から叩き鳴らす音に俺も、ああ、と気の抜けた声を吐いた。

「あ。忘れてたわ」

 俺は後部座席の天井を開けてやると、子どもが勢いよく落下して座席の上に転がった。全身から汗が噴き出ていて、髪を伝って汗が垂れていく。
「し、死ぬかと……思った、のじゃっ!」
 俺に文句を言いかけて子どもが車のフロントガラスから外の光景を見た瞬間。顔が強張ったのが見て分かった。緊張をしている。あたかも、初めて見たという恍惚な表情を浮かべている。

「それで、お嬢ちゃん。家はどこ? 送るよ。親御さんに事情を説明して乗車賃は貰いたいしね」

 俺はバックミラー越しで子どもに聞いた。質問にも、子どもの身体が大きく揺れた。どうしてここまで、リアクションがスゴイのかと俺も息を吐いた。それでも、家を教えてくれなきゃどうにもならない。子どもを連れて家に帰った日にゃあ何を言われるか分かったものじゃない。俺はペドでもロリではない。成人女性が大好きだ。交際期間もないDTだって夢はある。いつか運命の女性に出会うってさ。しかし、女性との出会い方が全くと分からない。大手タクシーで勤務をしていたときもモテなかった。だからといって、ネット配信ゲームは趣味じゃない。マッチングアプリなんか男は有料だし、そこは最後の砦にしたいという気持ちもある訳だ。とりあえずなんつぅか。やっぱり弟夫婦の家から自立するべきか、と思っちゃうわな。

「家族はこっちにはおらん。金は身体で払うと言ったであろうが」

 ◇◆

「ふぁァああ!?」
「ぉおお、ぉおお??」

 俺の話しに鼻息が荒くなって、水科と空知先生の顔が興奮に真っ赤に染まった。そりゃあ、そういう反応をするのか。業界的に、エロい展開ってもんだもんな。男なら据え膳の頂きます。明らかに、そんな感じの雰囲気に聞こえただろう。男の想像力エロスも半端ないってもんだ。

「まぁ。想像に任せますから。野暮なことは聞かないでくださいよ?

 俺は間にキリトリセンを切れ込んで。彼らを一蹴した。連れ帰ってしまった子どものせいで、俺の人生は一変をさせはしなかったが。敢えて言うなら、子どもの人生が一変してしまった。ああ。そうだよ、俺のせいだよっ!

 弟夫婦との同居暮らしの俺が子どもを連れて帰る訳にもいかなかった。さらに言うなら、子ども自身が家を教えてくれなかった時点で、俺は怪しむべきだったんだ。異世界への行き来に慣れ過ぎていて麻痺をしてしまった、としか言えない。

「後悔ってのは。本当に先に立たないってのは、……先人たちはよく言ったものですよね」

 俺は深くため息を吐く。やってしまったことを思い出して気落ちしてまった様子に水科が慰めてくれた。やらかしたことの大きさを知らずに他人事でも、一生懸命に声を掛けてくれたんだ。

「尾田さんは人がいいんですよね。見た目からも滲み出るくらいに」
「接客業なんで見た目はそりゃあ気にして整えますよ。仕事ならって諦めはつくんですが。その仕事でのやらかしは《いい人》じゃ済まないんですけどねぇ!」
「過去に囚われてますね。忘れてしまえばいいんじゃないですか」
「忘れれば、終わるってもんでもないですし。こうしてお客様たちへの恰好の土産話しにもなるんで忘れるのも勿体ないちゃあ勿体なくて。地団駄ですよ、こうなると!」

 思わず、俺もお客様の相手に、声を荒げてしまった。いい歳したおっさんになると、どうにもすぐ怒りっぽくなってしまうな。フムクロも、グォリーも、大概だったけど。そっか、これが《更年期》ってものなのかもしれない。

「その。女の子? だって、尾田さんに救ってもらって嬉しがってませんでした??」

 横から空知が俺に声を弾ませて言った。勝手に来やがった女の子がもどきが嬉しがった? 喜んだ?? いいや、それは違うな。

「本当に俺は後悔をしてるんですよ」

 ◆◇

 なんと言うか。子どもだった女の子がタクシー内で成人女性に化けた。流石の俺だって目が丸くなったことは言うまでもない。彼女は明らかに異種的な異界人だと察した。彼女は《17丁目》の中の《貴族》か《王族》の御令嬢だ。ただ成人の女に化けたこともあって、元々、着てないも同様の衣服もなくなってしまった。俺は彼女を《ツインタクシー》があるアパートに連れ込んだ。
 一応、風呂とトイレもある2DK。そこが俺とダンマルの職場だ。
 ダンマルは家に帰っていて不在で助かった。
 
 勿論。なんやかんやと俺も男だし美味しく頂きました。運命の女じゃなくても、気持ちよくもスムーズにDTを卒業出来ました。ありがとうございます! 

(何って言ってたっけかなぁ? あ。ダンマルの奴に聞きゃあいいのか)

 熱い波も過ぎて煙草を咥えてベッドの上でくつろぐ俺の耳には、シャワーの流れる音が聞こえていた。使い方は最初に一緒に入ったときに教えてやった。うとうと、とする俺の携帯が鳴った。耳元に置いてあったから余計に五月蠅く、耳障りでしかなかった。携帯の液晶画面を確認してみれば、ダンマルの奴だった。出るかどうかを悩んでいても指先はスライドして通話をさせてしまう。

 ――『藤太さん?! ぃ、今、どこっっっっ??』

 ダンマルが慌てる意味も分からかった。一体何なのかと、俺もいつものように言い返した。

「? 今ぁ? そりゃあ……《ツインタクシー》の秘密基地ですけどぉう?」

 ――『っきょ、今日。あっちで何か変わったこととかなかったか?!』

 ダンマルの口調が狼狽えていて、どこかマクベスとコーリンとのやり取りを思い出した。ひょっとして。《17丁目》で、何か一大事なことが起きてしまっているのかななんて。と、同時にだ。俺は浴室の方へと視線を向けた。心臓がヤバいくらいに、急激に叫び始めた。マジ、勘弁ってさ。

「やー~~何もナカッタヨ? ナイヨ? ナカッタヨ??」

 思わず、動揺が声に出てしまって裏返ってしまう。ああ、どうか気づかれませんように。このとき程、俺ぁ、神様仏様に祈ったことなんかないよ。しかしここで、俺は最悪の事態を自身で招いてしまう。もう神様仏様も真っ青よ。

「あー~~ダンマルちゃん? あのさぁ。あンたに聞きたいことがあんだけどさぁ? ちょっと、いいかな?」

 ――『何?! こんな緊迫した場面でっ! くっだらなかったら、頭をかち割るかんなっっっっ!? ほらっ! とっとと。言って!』

 そこまで歯を剥き出しに言われたら、言いたくもなくなるんだけど。
 ま。この場合は、とりあえずは聞いておいた方がいいだろうな。

《グラジラ》って。意味って何か知ってる? あとさ? 《ミジラブレル》って、どんな意味よ?」

 電話の向こうにいるはずのダンマルからの反応がない。俺は思わず、携帯の液晶画面を確認をした。電源は切れてない、秒もしっかりと刻んでいるし。だから、止まっているのは電話の向こうにいる、俺の弟のダンマルちゃんって訳だ。

 ――『……《イズミノミフ》って知ってる?』

 質問をしているのは俺だ。なのに質問で返すとか本当に異界人ってのは分からないな。でもだ、聞かれた言葉の意味を俺は知っている。知ってしまっていたから口が、脳内でのやり取りの中の記憶から答えてしまった。何の躊躇もなくだ。ダンマルの奴に言ってしまった。

「はァ? 子どもの名前だろう? 黒髪で、まつ毛の長い目をし――……」

 ――『動くな』

「……っは? ぇ、えっと?? っだ、ダンマル、さぁん??」

 低い口調のダンマルの奴の声は久しぶりに聞いた。いつぶりなのか記憶の奥の奥だ。しかし、怒りの声を訊いた後のダンマルは始末に負えないということだけは覚えている。警戒を知らせるシグナルとサイレンが鳴り響いた。でも、ここで逃げるのも男らしくはない。だが相手はダンマル。俺には不利だ。俺の分が悪いったらない。義理とはいえ弟と拳を交ることは避けたいってのが本音だ。手加減が難しいし、何かあってからでは遅いだろうがっ! あの世の親父が怒って枕元に立っちまうだろうがっ!
 
「はははっ。ダンマルちゃんってば、俺相手に勝てる自信があるってのかい? 無理でしょう!」

 ――『君は重大な犯罪を犯した。言い逃れは出来ないし、追われるでしょう』

 俺は逃げないとは言わない。でもだ、でもでもだ。逃げようとも思わない。このまま、ヤられるのも馬鹿らしい上に、理にかなってもいない。追う相手が一体全体と――どんな奴らなのか。

「ダンマルちゃん。俺の質問の答えてくれなきゃ困るんだけどなぁ」

 たった1つの意味と答えに応えて。怒りに見合った対価を、不釣り合いな世界で交わろう。

 ――『今。君と一緒にいるのは――《王女様》ですっ』

 ◇◆

 タクシーの中が静まり返った。まあ、そんなもんだよね。絵空事のような、現実もない。正しく漫画の世界の中の異世界まんまの展開だろう。使い古された展開だろう。もう聞きたくなんかもないだろう。

「え、えっと……《17丁目》って。その、えぇっと。全部が全部、異形の容姿とかじゃないんですか?」

 空知がボールペンの先端をカチカチ、と鳴らして出したり仕舞ったりを繰り返す。まるで、時計の秒針のように、小刻みに。

「全員が全員、異形の容姿なんかじゃないんですよ。一応、あっちにも人間の居住区コロニーってのがありますから。その人間と交わる異界人も、覚悟の上で子供を作るから灰白種スマキって、半分人間種も生息してます。知性もあるから、政治家も多く選出していて。元老院の中にも、名前が連なっているんです。雁首揃えてって感じですね。ああ。ちなみに、自身達の立場も承知だから、声高らかに発言もしないですね。吠えるときは吠えますけどね」

 俺の言葉を聞きながら空知も手帳に書き記していく。対象的なのは担当の水科か。

「……ええ、吠えるときは。吠えますよねぇ」

 水科の表情が。目の色が、身体も震わせて俺を睨んで来た。想像はしていなかった。まさか、な事態だ。名前を聞くだけの種族が目の前にいるだなんて、また話しのネタになっちまうじゃないか。

「ははは。ウケる。あンたってば――《灰白種》?」

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