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タクシー運転手とワガママな8人の乗客者たち#21

 乗客 編集者と漫画家 中編2/2


 瞳が輝く水科の表情に俺もビビるっての。こんな場所で、また。ドンパチをおっぱじめるつもりなの。あの日の事を知らない、若い世代なのか。ひょっとして、ひょっとしなくても。俺のことを知らない世代だとしたら、とんでもない。

「え。あンたってさぁ? 喧嘩売る相手、間違えてないかぁ?」

 大馬鹿野郎って称号を与えたいところだ。さて、こんな大馬鹿野郎より、どうにも邪魔なのは――漫画家の空知大先生だ。思いっきり、人質じゃないか。

「間違ってなんかいないぜ? 尾田藤太さんよぉう」
「おい、大先生。あンたの担当編集者は《17丁目》の異界人だったみただぜぇ?」
 
 俺は冗談半分。面白いだろうと空知に言ったのに、言われた方はのほほんと頷くとか、どうなってんだよ! どういうからくりなんだって話しだよ!

「どうぞ、そのまま続けて下さい」

「っはぁ?! 何? 本当になんなの?? なぁてばっ!」

 もう、俺もこの荷物を下ろしたくもなった。もういい、もういいだろう。俺は、関わりたくないんだよ。異世界の面倒事になんかにはな。

「いいから。あんたは、思い出し話しをしたらいいんだよ!」

 がっつん! と運転席を蹴飛ばされた。なんだって、こう足癖の悪い奴ばっかなんだよっ。

「ほら! 早くっ、その続きだよ! 続き!!」

 ◆◇

 俺は慌てて浴室へと駆け足で向かった。中からシャワーの音は止まっている。浴槽の中からちゃぷちゃぷと音が聞こえた。

「あー~~あのぅ? お嬢ちゃん、ちょっとばっかし。俺の話し、聞いてくれるかい?」
「よいぞ」

(っよ、ぃぞ??)
「あ。ああ、あンたっさぁ? ……貴族? それとも――……王族か?」
 
 ばっしゃあぁ! と水面から勢いよく上がる音が聞こえた。ノブが廻ると、あの小さな子どもの姿に戻っていた。真っ裸に出てくる様子に俺は慌ててシャツを脱いで、女の子の前に跪いてシャツを着せた。

「お嬢ちゃん。私に答えを頂けますか?」

 警戒させないように優しい口調で聞く。顔も、にっこりと優しいお兄さんにしたが、内心は大荒しだ。やっちまったな! と。

「あたしはイズミノミフ王女じゃ。良きに計らえ」

 俺はイズミノミフを脇に抱えて玄関に向かった。行き先は、言わずまでもない。《17丁目》に決まっている。こんなことになるなんか、俺だって、予想外ってもんだよ。予期しないこんな状況下の中で、怒りに震えるダンマルの奴が来た日にゃあ、堪ったもんじゃねぇ。

「っは! 離すのじゃ、無礼な人間風情がっ!」
「うっせえよ! ガキの分際に偉そうな口を、いっちょ前にきくんじゃねぇよ!」
「煩い! 煩いぃいい~~! 離せぇええっっっっ!」

 ジタバタと足をバタつかせて、俺の腕に爪を立ててくれるもんだから。血が流れるのも分かるよ。あと、噛むな。本当に痛かった!

「そりゃあ~~王族だもんなぁ! 勝手に出歩くことなんか出来ないもんだから! 俺のタクシーに無賃乗車をしたって訳だよなァ!」

 言い合い、もみ合いながら玄関に向かうとだ。
 
 ガッチャン! と玄関の鍵が開く音が鳴った。

「っひ!」

 思わず緩んでしまった腕からイズミノミフが抜け出てしまう。俺も、慌ててイズミノミフを追い駆けた。勢いと濡れた足であってか転んだのかイズミノミフの声が聞こえた。
「っひゃん!」
 俺も、足をゆっくりとさせて玄関先を覗き込んだ。当然、ダンマルの奴だと思ったんだ。

「あー~~っと。ダンマルちゃん? あの、っさ? ……は?」

「×●▽$¥」

 ダンマルなんかじゃない。厳つい体躯をしたゴリラ。その大きな拳の中にイズミノミフが握られていた。そして、勢いよく駆け出したゴリラ。しかも、複数体もいた。明らかに狙いは王女様イズミノミフだ。金で雇われた傭兵プロの連中なのは目に見えて明らかだった。そして、俊敏に奴らは玄関から出て行った。

「あ!」

 思いもしない展開に、俺も、追いかけるタイミングを失ってしまった。それでも、俺は追いかかけた。言っとくけど。俺は諦めの悪い馬鹿な人間様なのよ。俺の父親が誰なのか知ってんのかい。

「禁忌魔術師の祖のフムクロの息子である! 尾田藤太様の力を思い知らさせて! 後悔をさせてやんぜぇええっ!!」

 禁忌とは言葉の通り、扱ってはいけない危険なものだ。しかし、それはときに必要なときもある訳でさ? 親父も、いつでもその適材適所で扱う許可をくれた。ただ、そのときの制御装置リミッターは――ダンマルだ。
 今はいなくたって、あとのことはあとで考えよう。今は奪還のことだけを考えるんだと、俺に奮起を促した。

「夜でよかったったらねぇな! つぅかっさぁああ! 待てよ!? おいおいおい! なんで来てんだよっ! マクベス? コーリンは!? っはぁ!?」

 普通には、安易に来れないようにするのが番人の仕事だ。仕事の放棄も手抜きを絶対にするハズなんかない2人だ。つまりは、どういうことだってのは言わずとも、想像は悪い方向にしかいかない。あのつがいの番人は、来れないようにされたということだ。死んでいないことを祈ることしか、今は出来ない。

「っざ、っけんじゃねぇよ!!」

 いや、想像だ。あくまでも想像だと俺は自分を言い聞かせて。落ち着かせようとした。なのに、沸騰した血は収まらない。後悔、後悔、後悔、後悔――……

「ぶっ殺すっ!」

 全部、俺が悪い

 ◇◆

 俺はウインカーを点けて、路の脇に車を寄せた。動悸が収まらない。この感じは、あのときと同じだ。熱く沸騰するような動悸。そして、興奮

「何。オレを葬ろうとか、思っちゃってる? 尾田藤太」
「……ほんのちょっとばかしな。指先がいうこと聞かねぇから、ちょっと。メーターそのままで、落ち着かせてもらうぜ」
 俺のメーターはそのまま発言に「いやいや!」「嘘でしょう」と2人はつっこんだが知るかよっ!

 この話しを聞きたがった。あンた達が悪いだろうよ。報いと対価でもある金を支払うべきだろう。

「それで。俺なんかに思い出させて、……何がしたいんだよ。水科さんよぉう?」

 俺は改めて水科に聞いたってのに。言い返された言葉はめちゃくちゃだ、意味が分からない。話しが通じていないなんて、どうしたらいいんだよ。

「オレの話しなんかどうだっていだろう。今、大事なのは――あんたの《記憶》の中にある棚の、引き出しの中にある原稿ヴィジョンだ!」

 意味の分からないことを原稿に例えられた。もう、これは何かね? 俺への遠回しに喧嘩を売っているとしか思えないね。

「っは! ウケるねぇ~~俺の原稿料高いよ? 上乗せしてもいいってことだよなァ? 水科さんよぉう??」

 なら、その喧嘩を買ってやるよ。闇金並みの高額金利でなっ。

「っそ、それは……検証し、しよう……あー~~うん」

 金の話しに、水科の言葉の語尾も尻萎んでいく。そんな彼に空知がようやく、話しに混じった。

「なんとかなるってもんさ! 編集長にゃあ、僕からも話しておくよっ」

 空知が水科に親指を立ててにこやかに笑う。本当に、こんなおっさんが。新人にしかみえない漫画家が大金をどうにか出来るもんだろうか。眉唾な、口約束にしか思えなかったが。俺も、金が貰えることを祈って。息を大きく吸い込んだ。
 久しぶりに、これを発動させることになるなんて。思いもしなかったな。しかも、層雲峡に行く途中でだよ。

「なら。お客さんの目で。直に確認して視て下さい

 ◆◇

「っこ、ここは!?」

 突然の視界の変化に水科の奴は狼狽えた。しかし冷静だったのは。どういう訳だか、漫画家の空知大先生だった。
「幻覚、……僕達の記憶を繋いだんですね? 尾田さん」
 淡々と、メモに力強く書き記していく様子に。
「ええ。その通りですよ、空知先生。御名答コングラッチェレイション!」
 俺が使ったのは、勿論禁忌魔術式の1つだが。説明は面倒だ、言ってやる義理もない。秘術なんで言えもしないがね。

「では。旅行ツアーに向かいましょうか」

 俺が《暴走》を起してしまった現場セカイだ。

『おい! 待てよ! こんにゃろうぉうう!』

 懐かしい、昔の俺が走って行った。歯を食いしばって、拉致をされてしまったイズミノミフを追ったんだ。俺の油断と、独断で行ってしまった後悔が俺を動かしていた。王女を取り戻して送り返せば済む話しだ。安易にも俺は解釈をする。
 
(そんときは。頭に血が昇って……熱くなりし過ぎてしまっていたんだよ。ダンマルちゃん)

 俺は飛び上がったゴリラの傭兵たちの背中を見上げて。勢いよく飛び上がった。やったことはなく、成り行きで術式を扱ってみたんだ。

 そしたら、どうだ出来たんだ。《17丁目》でしか扱えないって思っていたのに。しかも、まさかの《禁忌式》の方が使えたんだ。俺の心が弾んでしまったんだ。沸き上がる感動の感情に舞い上がってしまった。

『●♪#$%!?』
『×#◇♠♡!!』
 
『何を喋ってんのか分からねぇんですけどぉうっっっっ?!』

 異世界ではない現実世界で、平和な日常を謳歌する日本人達が住む。その上空でだ。両手を宙に上げて詠んだ。

「ぅ、っはあ~~。何、何々?! 少年漫画の王道展開じゃないかぁ~~♡」

 空知が俺の行動に目を輝かせて視ていた。それとは反対で水科は言葉を見失っているのか。身体を小刻みに震わせていた。気持ちは分かるぜ、水科。今、あンたが言いたいことは紛れもなく、俺に罵声を浴びさせたいだろう。なのに、目が離せない状況にいるもんだから。何も、言えないんだってことが。手に取るように分かるぜ。水科。だから。あンたは見届けるだけで。今はいいよ。

『《大いなる天の流れを抗いませっ! 負に抱かれし渦巻く闇よ、おいでませぇエっ!》』

 俺は生かさず殺さずを極めた。だが、どうにも。21歳の俺は、フムクロのように達観は出来ない性格だった。詠唱した言葉に真っ黒くも分厚い雲が宙を覆い隠した、夜だから、そんな異常なことに気づくのは《17丁目》から出向している住民ぐらいなもんだよ。

『×$#♠¥!!』
『♡◆%$!!』

 ゴリラが辺りを見渡すと、一斉に俺へと武器を持って、向かって来た。
 それには俺も不敵に嗤っていたな。興奮に瞳孔も開きっぱなしだ。

『王女を返してもらう、っぜぇええ!?』

 宙に挙げていた手を下に振りかざした。落雷に大雨が降り注いだ。ただ雨は普通の雫なんかじゃない。硫酸の雨だ。ゴリラ達の身体が、ドロドロに溶けていく様子に、俺も満足そうな表情のドヤ顔をしている。ただ。ここで誤算が起こった。
『っい、ったぁアアぃいいっ!!』
 ゴリラの腕に抱かれていたイズミノミフが、悲痛の叫び声を上げた。
 流石に、それに俺の血の気が引いた。
『王女様っっっっ!!』
 ゴリラもだが。それに捕らわれていたイズミノミフも、皮膚に火傷を負っているのは、肌の溶ける様子からも、明らかだった。

『莫迦野郎ッッッッッ』

 動揺する俺のところに、恐れていた奴がやって来た。
 ああ、そうだよ。弟のダンマルだ。

『だん、ま、……るちゃ――っつ!』

 思いっきり俺の頬を往復ビンタを炸裂させ。俺を忌々しいといった表情を浮かばせ、歯をむき出すの我が弟。

 ああ。俺の弟の――ダンマルちゃんの登場だ。

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