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「死にたい」とかいうやつが飯を食う矛盾

人生にピンチが来ると文章が書きたくなる。

2020年、俺は勤めていた上場企業を辞めた。社内競争に疲れ、自信をなくしてしまったからだ。

その後、都内の弁護士事務所で働くことになる。それから1年。

俺と相方Aが所長に呼ばれる。「出資してくれる人がいるからマーケの会社をはじめよう」。

上場企業で経験してきたシンプルな事業内容だったが、目標値が高すぎた。

俺は「無理ですよ、こんなの…」と答えた。でも所長と相方の「大丈夫、やれる」に押し切られ、自分の会社を持つことになった。

従業員が数人いれば月100万や200万は余裕でかかる。それを2年続けたら数千万円。それだけのお金を使ったところで相方が鬱になって会社から去っていった。

会社をやろうと誘ってきた人間が先にいなくなってしまった。

会社は若干の黒字を作れるところまで来た。何もかも予定通りだったはず。ここから借りたお金も返せるはず。

なのに、そのころから株主たちが毎週言い争うようになった。俺はそれを黙ってみていることしかできなかった。

そしてついに「会社を終わろう」と言われた。

会社を建てるといったときにもっと本気で止めればよかったのか。
どうして仕事がうまくいっていることを誰も理解してくれないのか。
上場企業から引き抜いてきた女性社員Bになんて説明すればいいのか。

話せる友達も誰もいないこの湘南の街で一人絶望していたところ、元妻から「妊娠した」という連絡が入った。

自分が一番不幸な日に、元妻は幸せの絶頂を迎えているのかと思うと余計にみじめに思えた。

「会社をやろう」と誘ってきた相方はもういない。2か月休んで、社会復帰したらしい。弁護士事務所で働いていたあの頃にはもう戻れない。

俺も一緒にあの時船を降りていればよかったんだろうか。

世界を恨んだ自分が今日とった行動は

昨日、めちゃくちゃに酔っぱらって、家で大の大人が情けないくらいに泣いた。

俺が何をしたっていうのか。俺の何が間違っていたのか。

世界を恨んだ。泣きすぎて気づいたら寝落ちして朝を迎えていた。

今日。ありもしない「死にたい」という感情が脳をちらついた。実際、全然死にたくないのに。

なのに、いつも通り仕事して、いつも通りスタジオでドラムを叩いた。おいしいものも食べた。

バックホーンの歌詞「疲れ果てて 泣くだけ泣いて 「死んでやる」と飯を炊きながら 日々を超える」まさにこんな感じだろうか。

体は生を求めて前進したがる。正直なものだ。実際、俺はまだまだ余裕で戦える。

12月9日、西永福で俺救済。

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