病は気から



このnoteにおいて何度か書いているが、僕の母はジャニーズグループSnow Manのファンである。初の有観客ライブである2021年のファーストアルバムのツアーには一度落選してしまったが、その後復活当選を果たした。当選した日は、僕のワクチン副反応の看病をすると有給を取る予定だったらしいが、そんなものどこ吹く風、勝手にくたばってろと言わんばかりに母はコンサート参戦を喜んでいた。


それまでの話については以前詳細に書いたため、良ければ併せて読んでもらいたい。



さて、Snow Manの初有観客コンサートを5日後に備えた2021年秋のある朝、僕のところに姉から電話があった。

「…お、お母さんが熱出ちゃった……。」


少し震えながら発せられた姉のその声には、事態を充分に分からせる切迫感があった。この時期に高熱が出るということは、きっとそういうことであろう。38.5℃ほどあるようだ。


僕は姉との電話を切り、すぐさま下の階にある実家へと急いだ。僕の実家では猫を2匹飼っており、コロナウィルスは猫にも感染するらしいのだ。母と同じ家には置いておけない。

家に入ると、土曜朝5時の蒲田のような陰鬱とした空気が家中を覆っていた。1番奥にある母の部屋からはうっすらと母のうめき声が聞こえてくる。なんということだ。僕の実家はたった一晩で妖怪が住む家となってしまったようだ。こんな家にヨネスケがでかしゃもじを持って突撃して来ようものなら間違いなくお蔵入りとなるであろう。幻の「ヨネスケ 瑕疵物件突入回」である。

状況を飲み込めていないため、猫だけは当然いつも通りノンビリしていたのだが、こんな家に平気な顔で住んでいるもんだからこいつらも200年くらい生きた妖怪のように見えてくる。可愛いカギ尻尾がその日は二股に分かれているように見えた。


僕は2匹の化け猫を抱えて自分の家に連れ帰り、すぐさまシャンプーをした。一応消毒のつもりである。猫は水が苦手なためシャワーを嫌がり、跳んだり跳ねたりラジバンダリのダブルダッチシャワーだった。
いつもはその様も可愛らしく見えるのだが、今日だけは聖水をぶっかけられた悪魔が暴れているかの如き光景に見えた。「ああ、エクソシストって大変なんだなあ」と暴れ回る猫を押さえつけながらぼんやりと思った。




さて、猫を洗いながら冷静に考えてみると家族からコロナ患者が出たとなればこれは一大事である。僕は一応同居してないから免れるだろうが、姉と祖母は間違いなく濃厚接触者だ。それに祖母はもう80を超えている。もし熱でも出たらいよいよシャレにならない。

是非とも避けたい未来予想図を頭に描いていると、姉が家にやってきた。ひどく疲れた様子である。姉にその理由を聞くと、


「お母さんが検査行きたくないって言うんだよね…。」


と小さく漏らした。なんでも、検査に行き陽性反応が出たら10日ほどの隔離期間を経なくてはならない。そうなったらいくら元気だろうが当然コンサートに行くことは出来ない。そのため、母は最後の抵抗を見せているようだ。

僕はどんな言葉も出なかった。とてつもなく呆れたためである。まさかそんなことを言い出すとは。そんな人間をシャバに出すわけにはいかない。


すぐさま僕は母に電話をかけた。母はすぐに電話に出て、虫の羽音のような小さい声で「はい…。」と言った。これは相当消耗しているようである。それは単に体調が悪いからではない。コンサートに行けないかもしれないという心労故である。しかし、ここで可哀想と思ってはいけない。僕は単刀直入に


「検査に行きなさい。」


と告げた。

それを聞くと母はこれまた小さく「うん…。」とだけ呟き、オイオイと泣き始めた。

まさか泣くとは。僕の母はおそらくそれほど泣かないタイプである。過去には硫黄島からの手紙(主演 二宮和也)や、黄色い涙(主演 嵐全員)を見ている時でしか泣くことはなかった。そんな母が…。

しかし、これは仕方のないことかもしれない。何故なら以前も書いたが、母は一回このコンサートに落選しているのだ。落選した後の一週間はひどく落ち込みながら過ごした。それが一転、復活当選により行けることになったのだ。母はWANIMAのアー写のようなフルスマイルでもって大いに喜んだ。


そして、今に至る。復活当選から更にもう一転、コンサートに行くことが出来そうにない。母は世にも珍しい「復活落選」を遂げたようだ。このコンサート一つにここまで振り回された人間はいるのだろうか。ここまで来ると、DVDが発売された暁には、クレジットのスペシャルサンクスの欄に母の名前を紛れ込ませてもらいたい気分だ。

僕は多くを喋ることはせず、検査結果が出たら報告をするように告げ、電話を切った。気の毒だが、こうするしかない。恐らくこの数年間はこういった事が世界中の至る所で起きたであろう。ご時世を恨む他ない。


シャンプーを終えた猫を布団乾燥機で乾かし(猫飼育あるある)、落ち着きを取り戻して二股だった尻尾が元に戻った猫を撫でていると母から電話があった。電話に出るとそこには打って変わって元気な声を発する母があった。


「コロナじゃなかった!!!!」

なんでも、病院ではただの扁桃炎であると診断が下ったのだ。確かに母はあまり咳をしていなかったようだし、頷ける部分はある。とにかく医者がそう言うのならそうなのだろう。母は、

「じゃ、熱下げるために寝るから!おやすみー!」

と、確実に今からは寝れないテンション感で電話を切った。そういえば熱は全く下がっていないのである。なのにこの元気さである。「病は気から」過ぎる。


こうして我が母は世にも珍しい「復活」復活当選を遂げたようだ。コンサート一つにここまで感情を振り回される母も母だが、僕も僕である。もう何も言うまい。ただ療養に励んでくれと思った。



長くなりそうなのでここで一旦切ります。

なので続きます。



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