ダメダメな話


先日、教育実習事前指導なるものに行った。

事前指導と銘打っているのだから、教育実習の細かなマナーとか学習指導案(授業計画のようなもの)の書き方だとかの指導を受ける。そして時間が余れば代表者数名が模擬授業を行う、僕はその程度のものだと漠然と予想していた。

もしかしたら、模擬授業を行う代表者に指名されるかもしれない。それならば、模擬授業の計画や板書案を作成するべきであろう。しかし、頭に「なんやかんや言って指名されないのではないか。」という考えが浮かび、拭い去る事ができなかった。結局やらなくて済むかもしれない。

それにこの事前指導に先立って課題が出されており、そこではざっくりとした学習指導案を書いていた。内容は忘却の彼方に消え去ってはいるが、持って行けば役に立つだろう。それになんたって僕は今現在塾講師だってやっている。そう、授業の経験があるのだ。ぶっつけ本番でも案外なんとかなってしまうだろう。指導案もあるんだし。と、僕は那須川天心戦のメイウェザーばりに高をくくりまくり、当日を迎えた。(流石に当日に富士山に行こうとはしていない)

こういった楽観的思考は僕の悪い癖の一つだ。今なら分かる、何事も準備するに越したことはない。明日やろうは馬鹿野郎だと山Pも言っていた。



そして迎えた当日、僕は教室で指導の開始を待っていた。時間になり担当教諭が教室に現れると一言、

「それでは名前順に模擬授業を始めてください。」

とだけ告げ、教室の一番後ろの席にサッサと座った。


??

僕は何を求められているかが分からなかった。この男は教室に現れるやいなや、何はなくともとりあえず模擬授業を開始せよと言う。いやいや、まずは名乗りなさいよ。授業に大切なのは導入じゃないのかよ。そう習いましたよ。
すると、僕の前に座っていた男子学生がパソコンを小脇に抱え、立ち上がった。余談だが、この男子学生が非常に長身であり、僕はその立ち姿からなんとなく海軍大将青キジを思い出した。(後で本人に聞いたら187センチあるらしい。ロングリングロングランド。)

話を戻すが、とにかく目の前の状況を整理するに、今日は時間の許す限り模擬授業をやる日なのだとようやく理解できた。そして最初の生徒がパソコンを持参している様子を見ると、そのつもりがないのはどうやらこの教室で僕だけらしい。ああ、やってしまった。


油断した自分を悔いると共に、ある疑惑が頭に浮かんできた。これもしかして次の模擬授業俺じゃね?


僕の苗字は「かねこ」であり、あいうえお順では6番目に位置する。これは集団の先頭を担うことこそ少ないものの、そこそこ早い方である。そしてこの教室にいる生徒は全部で12人。この人数ならば2番目が僕と言う可能性は十分にある。


その日僕は縦3列、横4列の中で左から1列目、前から2列目に座らされていた。(あらかじめ席は指定されている)

つまり、図にすると下のようになる。


青キジ          生徒ハ         生徒ト
かねこ          生徒二         生徒チ
生徒イ          生徒ホ       生徒リ
生徒ロ          生徒へ         生徒ヌ


もし先頭の男の苗字が相田や阿部などだったら、非常にありがたい。「あ〜か」までには2人ほどいても不思議ではないだろう。この場合、発表順は右に流れ、生徒ハ→生徒ト→かねこという順番になることがあり得る。それだけの時間があればなんとなくで授業を組み立てる事ができる。

しかし、もし先頭の男の苗字が遠藤や、太田などだったら話は別だ。順番はそのまま縦に進み、次の発表者はかねことなるであろう。「お〜か」で2人もいるなんて、教室にお笑いコンビ、ダイノジでもいない限り不可能な話だ。しかし見渡す限りずんぐりむっくりの2人組はいなかった。

悶々と考えていると、青キジはパソコンをプロジェクターに繋げることに成功し、自らの名前を名乗った。さあ、どう出る…?丁か半か…!


「よろしくお願いします。浦田(うらた)です。」


微妙!


「う」にしても、上田とか「う」の1合目辺りなら希望があるが、浦田まで行くと、これは「う」の8〜9合目あたりは来ている。富士山なら夏でも雪が残っているし、自販機のドリンクも500円ほどになってくる。これは非常に分かりかねる。


しかしどちらにせよ時間がないため、青キジ改め浦田さんが発表している間にせっせと内職をするハメになった。これも全て自分の油断によるものである。人生で何度こういったことを繰り返すのか。自分で自分に腹が立ってくる。その気持ちをどうにか沈めながら授業準備をしていると、浦田さんが問いを投げかけてきた。


「〜〜〜ですが、金子さんはどう思いますか。」


しまった。


内職に集中していて前半部分を全く聞いていなかった。しかし、自分の名前を呼ばれると我に返ったかのように急に声が聞こえてくる。これをカクテルパーティー効果というらしいが今は質問をされているのだ、どうでも良い。僕は、


「すみません、ちょっと聞き取れませんでした。」


と素っ頓狂な返事をした。プロトタイプのSiriでももっとしっかり答えられたはずだ。これから教育実習に行く学生同士の模擬授業においてここまで話を聞いていないやつも珍しかろう。しかし浦田さんはこんなアホ人間にも嫌がる素振りなく同じ内容を伝えてくれた。相手がメルエムなら殴り殺されているところである。

僕はとりあえず急ごしらえでそれっぽいことを答え、浦田さんは「あ〜、そういう考えもありますかね〜。」と言った。この反応、どうやら求めている答えと違ったようである。僕はSiri以下だ。
その後しばらく話して浦田さんは模擬授業を終えた。先生が浦田さんに指導経験の有無を尋ねたりなど2、3講評をした後、

「では、次はかねこさん。」

と事務的な口調で言った。やはり2番目であった。いや、本来なら2番目だろうが何だろうが関係ないのだろう。しかし、準備は半分ほどしか出来ていない。僕は「もし日本がいろは順をまだ使ってたら『か』はもう少し後なのになあ」とマイナーチェンジすぎる日本のif像を頭に描きながら教壇に向かった。

さて、いざ教壇に立ったものの、浦田さんの発表をロクに見ていなかったため最初になんて言えばいいか分からない。号令とかするんだっけ。ああ、前の人のをちゃんと見ておけば。僕はお焼香の時のような後悔をし、へへへと笑って、ヌルッと模擬授業を始めた。

ヌルッと始めたため、ヌルッとした授業になる。しばらくして準備が進んでいないところに入ると途端に次の言葉が出てこなくなる。何か言わなきゃ。でも何を?ああ、これだけ人が見てるのに。僕は大量の粘液で満たされた深い深いプールで溺れているかのような、ジワジワとした苦しみを20分間たっぷりと味わった。

苦しい時間を終えた僕に指導教諭が例の質問をぶつけてきた。

「かねこさんは指導経験はありますか?」


僕は咄嗟に「いいえ。」と答えた。

もちろん嘘だ。僕は塾講師をしている。しかし頭で考えるより口が先に動いていた。あのショーンKでもここまで速く嘘をつけないであろう。嘘つきの世界記録だ。しかし、先ほどの体たらくで「自分は今現在も塾講師をやっております!」などとは口が裂けても言えなかった。あの時指導経験がないという嘘をつくことで、僕は一体何を守れたのだろう。いまだに分からない。


全ての模擬授業が終わり、指導教諭が全体の講評に入る。授業はやれば上手くなる、とか教材研究をしっかりやろう、とか述べた後、自分が教員として大切にしている名言を紹介した。


「他人からどう思われるかじゃない。自分が最大限努力できたと感じれるかが重要なんだ。」

「他人からどう思われるかではなく、自分が満足出来るかどうか、自分で自分を認められる人間になれれば生徒の心に必ず響く。」



もう全部できてなかった。


ここまで出来ていないと逆にピースである。イェイイェイ✌️指導教諭が全ての言葉を僕に目掛けて投げかけているのではないかと思うくらいに、全てが僕に当てはまった。努力も出来ていなければ、他人の目を気にして下らない嘘までついた。おまけに他人の授業も一切聞いてなかった。なんかダメ人間スタンプラリーをしているかのような1日だった。

しかし、今日授業を受けて自分のダメなところをここまで明らかにされた、と考えられればまだマシなのかもしれない。ここで変われなければダメ人間スタンプを更にもう一つ追加されてしまう。まさにダメ押しだ。そうならないよう、努力しなければならない。

だが、それを受けて僕がしていることといえば、こうしてただただnoteに出来事をまとめているだけだ。ダメ人間スタンプラリーはまだまだ1合目付近かもしれない。


終わります。

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