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Episode 05: オクトーバーフェスト〜時代はまわる〜

オクトーバーフェストという言葉を聞いたことがあるだろうか?英語がわかる方は、あぁ、10月のお祭り(October Fest)かぁ、と思われるかもしれない。ビールの世界でオクトーバーフェストと言えば、1年に一度、ミュンヘン市内にあるテレージエンヴィーゼ(Theresienwiese)と呼ばれる会場で開催される世界最大級のビールの祭典のことを指す。だからアルファベット表記はドイツ語にならって “Oktoberfest” とするのが正しい。

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オクトーバーフェストは毎年9月中旬の土曜日から10月の第1日曜日までの16日間にわたってミュンヘンで開催される。実質的には10月よりも9月の方に日程が偏っているのはご愛嬌。最近は日本でもオクトーバーフェストという名を冠したビールイベントが増えてきたが、本来の秋ではなく春に行なわれることがあったり、なんだかよくわからないことになっている。

でもオクトーバーフェストってお祭りの名前だよねぇ?これってビアスタイルの連載だったよねぇ?と思われる方もいるかもしれない。いやいや、オクトーバーフェストと名付けられたビアスタイルがあるのである。正しくはジャーマンスタイル・オクトーバーフェスト/ヴィーゼンという。今回はそんなビールの話。

祭の起源

オクトーバーフェストは直訳すると10月の祭なので、古来からドイツ各地で秋の収穫祭のような意味合いで使われてきた言葉のようである。ただし、ミュンヘンで行なわれているビール祭りであるオクトーバーフェストには明確な起源が存在する。

その起源とは1810年に行なわれたバヴァリアの皇太子ルートヴィヒ1世とザクセン・ヒルトブルクハウゼンの公女テレジアの結婚を祝う祝典であった。会場のテレージエンヴィーゼは「テレジアの緑地」を意味しており、花嫁テレジアにちなんで名付けられている。

ちなみに、会場のテレージエンヴィーゼは単に「ヴィーゼ」、バヴァリアの訛りではヴィーゼン(Wiesn)と呼ばれることも多くなり、オクトーバーフェストという祭りそのもののことをヴィーゼンと呼ぶようにもなったようである。このことから、ここで提供されてきたビールのこともヴィーゼンとかヴィーゼンビアなどと呼ばれることがある。

ちなみに、1810年10月12日に結婚式が行なわれ、続く10月17日にはこれを記念した競馬が催されている。その後もオクトーバーフェストでは競馬が開催されてきたが、現在では行なわれていない。

メルツェン

オクトーバーフェストで提供されるビールは、ミュンヘン市内の醸造所で作られたある一定の基準を満たすビールに限定されている。この基準を満たし、オクトーバーフェストでビールを提供できる醸造所は、アウグスティーナー、シュパーテン、パウラーナー、ハッカー・プショール、ホフブロイ、レーベンブロイの6社に限られている。これらの醸造所は毎年、秋になるとフェストビールと呼ばれるオクトーバーフェスト用のビールを現在でもリリースしている。

さて、これらオクトーバーフェストで提供されるビール、前述の通り、またの名をヴィーゼンビアと呼ばれるビールは、かつては「メルツェン」と呼ばれるビアスタイルであった。つまり、かつてはメルツェンもヴィーゼンもオクトーバーフェストも同じスタイルを指していたのだ。

具体的にどのようなスタイルかというと、下面発酵のラガーであり、色は赤みがかっていて、麦芽の甘みと風味が強く、アルコール度数も6%程度まで強めたものである。こんなビールをマースジョッキでグビグビ飲むんだから危ないったらありゃしない。実際に毎年、自分の許容量を超えて医療テントまで運ばれる来場者も多く、そもそもは結婚を祝う式典であったものが、酔っぱらい祭りみたいになってしまうのはどうだかなぁ?という気もしないではない。

ちなみに、メルツェン(Märzen)という言葉はドイツ語の「3月」(英語の "March" に相当)に由来している。これは3月に仕込みを行なって、その後熟成を行ない、オクトーバーフェストで提供されていたことを意味する。熟成に6ヶ月…長すぎるんじゃない?と思う方もいるだろう。確かに。

ただし、実は当時はこれは仕方のないことであった。昔は現在のように一定の温度で発酵や熟成を行なうことが困難だったため、ビールの仕込みは冬に行なわれていた。これは日本酒でも同じことだろう。したがって、9月末の祭りで出すビールを仕込むためには、その最後のチャンスが冬の終わりである3月だったわけである。そのため、通常より長い熟成にも耐えられるように、アルコール度数を高めてボディを強くしたと考えることもできるだろう。

ウイーンとの縁

メルツェンを最初に作ったのはシュパーテン醸造所のヨーゼフ・セドルメイヤーであると伝えられている。実は、このメルツェンには原型があった。ドイツの隣国、オーストリアはウイーン発祥のウインナスタイル・ラガーである。ウインナスタイル・ラガーは1840年代の初め頃、ウイーンの醸造家アントン・ドレハー(下写真)が作り上げたと伝えられている。

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ドレハーは、シュパーテンのヨーゼフ・セドルメイヤーの父、ガブリエルと交流があった。ガブリエルは、当時、シュパーテンで高品質のラガーを生産するための技術に注力していたが、デュンケルなどを醸造するために使用していた酵母や生産技術をドレハーに伝えたと言われている。

一方のドレハーは、当時主流だった濃色のビールではなく、もう少し色を明るめにした英国のペールエールのようなビールを作りたいと考えており、ミュンヘン麦芽よりも焙燥温度が若干低く、色もほんの少し明るい麦芽を使用することにした。現在、ウインナモルトと言われているものである。

その結果できあがったビールは、赤銅色でモルト風味が豊かで、ホップの苦味とのバランスも絶妙なラガー、ウインナスタイル・ラガーである。オクトーバーフェストで提供されるためのビールとして、ヨーゼフ・セドルメイヤーは、このウイーン由来のビアスタイルのドイツ版を作り上げ、それが3月に仕込まれたためにメルツェンと呼ばれるようになったというわけである。したがって、メルツェンとウインナスタイル・ラガーは兄弟のようなビールということができるであろう。

ちなみにこのウインナスタイル・ラガー、ほどなくして世界を席巻することとなる黄金色のラガー、ピルスナーの波に飲まれ、絶滅まではしないまでもその生産量は減少の一途をたどるという憂き目に会ってしまう。ところが、1860年代にオーストリア=ハンガリー帝国の皇帝フランツ・ヨーゼフ1世の弟マクシミリアンがメキシコ皇帝になったこともあり、メキシコの醸造家がこのスタイルのビールをメキシコの地で作り始めたと言われている。これが、現在でもメキシコやテキサスでウインナスタイル・ラガーが作られている所以である。(下の写真はメキシコ産のウインナスタイル・ラガー、ネグラ・モデロ)

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時の流れとともに

さて、先ほど私は「かつては」メルツェンとオクトーバーフェストが同義であったという書き方をした。これには理由がある。現在のオクトーバーフェストで飲まれているビールはメルツェンとは異なるからである。現在のオクトーバーフェスト、ヴィーゼンというビアスタイルは、色がピルスナーのように淡く、それ故にモルトの風味も控えめなものになっている。ただし、度数が高くボディが強めになっている点は共通している。このことから、現在のフェストビアは、ドルトムンダー・エクスポートというビアスタイルにより近くなったと言われている。

これにはさまざまな理由があるだろう。年々、オクトーバーフェストは世界中にその名が知られるようになり、さまざまな国や地域からビール好きが集まるイベントになってきている。そのため、どこの国の人にもより馴染みのあるスタイルということで、色が淡くなっていったという考え方もあるだろう。加えて、マースジョッキで何杯も飲むことを考えると、麦芽風味の強いビールだと飲み飽きてしまうという問題も考えられる。そのため、より麦芽風味を軽く抑えるために、淡色化の傾向が高まったということも言える。

事実、現在、ミュンヘンの各社がリリースするフェストビアは、おおむね色が淡く、それでいてしっかりとしたボディを感じさせるものが多い。メルツェンはトーストのようなアロマや、場合によっては軽いカラメル香を感じさせるものもあった。一方、現在のオクトーバーフェストは、ロースト香は控えめで焼きたてのバゲットのような香りや、場合によっては第3回で言及したミュンヒナー・ヘレスに見られるような軽い硫黄香が感じられるものもある。

ビアスタイルの中には、飲む人々の嗜好の変化や文化の違いによって、時代とともに移ろいゆくものも少なくない。オクトーバーフェストはまさにそのようなスタイルの代表選手と言えるのではないだろうか?

代表的銘柄

《ジャーマンスタイル・オクトーバーフェスト》
  シュパーテンなど各社から季節になるとリリースされ、輸入されこともあるが、通年で入手することは困難

《ジャーマンスタイル・メルツェン》
  スプリングバレーブルワリー・豊潤<496>(東京都/IBC2021銀賞*)

  TOYODA BEER(東京都/IBC2021銅賞* JGBA2021銀賞**)

  こぶし花ビール・メルツェン(埼玉県)

《ウインナスタイル・ラガー》

  Negra Modelo(メキシコ)
  ミツボシビール・ウインナスタイルラガー(愛知県/JGBA2021銅賞**)

* IBC: International Beer Cup
** JGBA: Japan Great Beer Awards

コロナ禍で2020年と2021年の本場のオクトーバーフェストは中止となってしまった。しかし、かつてのフェストビアに近いメルツェンやウインナスタイル・ラガーを入手して、遠くミュンヘンに思いをはせるのも悪くはないだろう。

さらに知りたい方に…

さて,このようなビアスタイルについてもっとよく知りたいという方には、拙訳の『コンプリート・ビア・コース:真のビア・ギークになるための12講』(楽工社)がオススメ。米国のジャーナリスト、ジョシュア・M・バーンステインの手による『The Complete Beer Course』の日本語版だ。80を超えるビアスタイルについてその歴史や特徴が多彩な図版とともに紹介されている他、ちょっとマニアックなトリビアも散りばめられている。300ページを超える大著ながら、オールカラーで読みやすく、ビール片手にゆっくりとページをめくるのは素晴らしい体験となることだろう。1回か2回飲みに行くくらいのコストで一生モノの知識が手に入ること間違いなしだ。(本記事のビール写真も同書からの転載である。)

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また、ビールのテイスティング法やビアスタイルについてしっかりと学んでみたいという方には、私も講師を務める日本地ビール協会「ビアテイスター®セミナー」をお薦めしたい。たった1日の講習でビールの専門家としての基礎を学ぶことができ、最後に行なわれる認定試験に合格すれば晴れて「ビアテイスター®」の称号も手に入る。ぜひ挑戦してみてほしい。東京や横浜の会場ならば、私が講師を担当する回に当たるかもしれない。会場で会いましょう。

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