Episode 21: シュヴァルツビア〜アンビバレントな魅力〜
前回は、英国発祥の黒いエールであるポーターとスタウトを取り扱った。今回取り上げるのは、黒いラガー、ドイツ発祥のシュヴァルツビアである。かの文豪ゲーテも好んで飲んだと言われる黒ビールである。
みなさんは黒いビールにどのようなイメージをお持ちだろうか?どっしりとして重い、または力強いというようなイメージではないだろうか?実際、"stout" 自体にも「強い」という意味があるので、致し方のないところかも知れない。
ただ、実際はブラウン・ポーターやアイリッシュ・ドライスタウトも決してボディの重たいビールではなかった。
シュヴァルツも、決して重たさは感じないはずである。いや、下面発酵酵母をもちいたラガーであるため、むしろみずみずしくスッキリとしている。見た目から来るイメージと飲んだ後の爽やかさとの間の違和感は、ポーターやスタウト以上と言えるであろう。
そんな色とフレーバーが矛盾しているビアスタイル、シュヴァルツがどのようなビールか、まずはスタイルの特徴から見ていくことにしよう。
スタイルの特徴
ドイツにおける濃色のラガーと言えば、この連載の第1回目で扱ったミュンヒナー・デュンケルが知られているが、シュヴァルツビアは、デュンケルよりもはるかに色が黒く、ほぼポーターやスタウトのような色をしている。
ドイツのビアスタイル名には意味そのままのド直球が多いという話を覚えているだろうか?ドイツ語のシュヴァルツ(schwarz)は「黒い」という意味であり、シュヴァルツビアは、そのまんま「黒ビール」という意味である。
ビールの色は黒いのに対して、泡の色は意外と淡い。黒いビールの泡は茶色や焦げ茶色のような色になる場合もあるが、シュヴァルツは白とまではいかないまでもベージュっぽい薄い色をしているのが特徴的で、パンダの毛の色を見るかのようであるとも言える。
色がこれだけ黒いということは、深くローストされた麦芽が使用されているわけだが、麦芽の香ばしいロースト香は、英国のポーターやスタウトほど強くはない。またホップの苦味や香りも決して強くはないし、麦芽由来の甘みも中程度以下でスッキリとしている。
ローストされた麦芽に由来する渋みや焦げ臭さは感じられない。アルコール度数も5%以下で、ボディも軽く、スッキリとしてみずみずしさが特徴である。
つまり、まとめると、色は黒いが、麦芽のローストアロマは決して突出せずにマイルドで、みずみずしく爽やかなビールであるということになる。
見た目とフレーバーが矛盾している、と言った意味がわかってもらえただろうか?
二つの起源
シュヴァルツビアの起源は二つあると言われている。一つは旧東ドイツに相当する現在のチューリンゲン州のバート・ケストリッツ村で作られたもの、もう一つは現在のバイエルン州、ミュンヘンの北250kmほどのところにあるクルムバッハの街で作られたものである。
いずれも古くからビールづくりが行なわれていた地域であるが、少なくとも1543年にはバート・ケストリッツ村で作られていた記録が残っている。この連載でも何度も書いてきたように、昔のビールは例外なく濃色であったわけだが、その中でもひときわ黒いビールであった。
この二つのシュヴァルツ、バート・ケストリッツで作られていたものの方が、麦芽のロースト感が若干高く、クルムバッハで作られていたものの方が、どちらかというと麦芽由来の甘さが感じられたと言われている。ただし、その差異はほんのわずかである。
日本でも入手しやすい本場のシュヴァルツは、バート・ケストリッツで誕生したケストリッツァー(Köstritzer)醸造所によるもの(下写真)であり、東西冷戦中は、東ドイツから西側へ輸出されていた数少ないビール銘柄の一つであった。
一方、クルムバッハでも現在、メンヒショフ(Mönchshof)醸造所がシュヴァルツを定番スタイルとして作り続けている。この醸造所はケストリッツァーよりも歴史が古く、もともとは修道院の醸造所として設立された。"Mönchshof" とは「修道僧の庭」を意味するドイツ語である。
ちなみに、ケストリッツァーが作られていた東ドイツでは、シュヴァルツビアは砂糖で甘みを足して飲まれることが習慣的に行なわれていたという。そのため、ケストリッツァーでは、最初から砂糖を加えた加糖バージョンのシュヴァルツと、無糖のオリジナルのシュヴァルツの両方を作っていた時期がある。
戦後の東ドイツではビール純粋令は課されていなかったので、砂糖を加えたビールも作ることができたわけである。ただ、東西冷戦が終結し、ドイツが統一された後は、純粋例の制限を受けることとなり、加糖バージョンが作られることはなくなった。
日本における発展
さて、ドイツを代表するビアスタイルの一つであるシュヴァルツビアだが、実は、この日本でも古くから作られてきた。実は日本は、シュヴァルツビアの伝統的な生産国であると考えられるのである。
今は亡きビール評論家のマイケル・ジャクソンによる大著『ビア・コンパニオン』では、黒ビールの生産者として本場のケストリッツァーととともに、日本の大手ビール製造会社4社、すなわち、アサヒ、キリン、サッポロ、サントリーが紹介されているのである。
事実、サッポロビールの前身である日本麦酒醸造会社では、1894年から「恵比寿黒ビール」が作られていた。
日本でビール会社が設立され始めたのが1870年代であり、黄金色のピルスナーの誕生からわずか30年ほどのことであった。ピルスナーが世界を席巻し始めるのはもう少し後のことで、この当時はドイツでもまだ濃色のラガーが多く飲まれていたはずだ。そのことを考えれば、日本のビール会社で黒ビールが作られたことも、それなりにリーズナブルであるようにも考えられる。
日本の大手4社は、ビールまたは発泡酒などの違いはあれど、何らかの銘柄で今でも黒いラガーを作り続けている。この中には、本場のシュヴァルツとして見なしても遜色のないものも存在する。また、クラフトブルワリーの中にも優れたシュヴァルツを作っているところが少なくない。
日本で黒ビールが連綿と作られてきたのが歴史の必然だったのか、偶然だったのかはともかく、スーパーマーケットや酒販店でも気軽に黒いラガーが手に入る幸せをかみしめようではないか。
代表的銘柄
《ジャーマンスタイル・シュヴァルツビア》
Köstritzer Schwarzbier(ドイツ)
曽爾高原ビール・カグラシュヴァルツ(奈良県/IBC2021金賞*)
揮八郎ビール・揮八郎ブラック(兵庫県/JGBA2021金賞** IBC2021銀賞*)
ハーヴェスト・ムーン・シュバルツ(千葉県/JGBA2021銀賞**)
ベアレン醸造所・シュバルツ(岩手県)
COEDO・漆黒(埼玉県)
田沢湖ビール・ダークラガー(秋田県)
サッポロビール・麦とホップ 黒(東京都)
* IBC: International Beer Cup
** JGBA: Japan Great Beer Awards
深くローストされた麦芽で作られたビールは、同じようにローストされた肉料理やバーベキューなどとも相性がいい。また、チョコレートやコーヒーを思わせる風味が感じられることから、デザートと合わせることもできる。手軽に手に入る黒ビールを、普段の食事に合わせてみることで、食卓を囲む楽しさが倍増するだけでなく、ビールの楽しみ方も広がることだろう。ぜひ、お試しあれ。
さらに知りたい方に…
さて,このようなビアスタイルについてもっとよく知りたいという方には、拙訳の『コンプリート・ビア・コース:真のビア・ギークになるための12講』(楽工社)がオススメ。米国のジャーナリスト、ジョシュア・M・バーンステインの手による『The Complete Beer Course』の日本語版だ。80を超えるビアスタイルについてその歴史や特徴が多彩な図版とともに紹介されている他、ちょっとマニアックなトリビアも散りばめられている。300ページを超える大著ながら、オールカラーで読みやすく、ビール片手にゆっくりとページをめくるのは素晴らしい体験となることだろう。1回か2回飲みに行くくらいのコストで一生モノの知識が手に入ること間違いなしだ。(本記事のビール写真も同書からの転載である。)
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