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Episode 12: ボック〜世界最強は誰だ?〜

ここ2回ほどハイアルコールビールを扱っているが、今回は真打ちの登場である。ドイツのハイアルコールビール、ボックである。基本的にはボックはアルコール度数の高いラガーであるが、エールも存在する。

ドイツ語でボック(Bock)オスヤギを意味する。事実、ボックの中にはラベルにオスヤギを用いたものも見られる。オスヤギの強いキック力とビールの力強さを結びつけ、それがビールの名称となったという説があるが、これは眉唾である。

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ドイツでは、冬になるとアルコール度数の高いボックがリリースされ、寒さから身体を温めるために呑まれてきた習慣もあったようである。

ボックが多く作られているのは南部バヴァリア地方、現在のバイエルン州であるが、発祥は北部の街アインベックである。では、北部で作られたビールがどのようにして南部バヴァリアで発展したのか、その辺の物語を辿ってみよう。

アインベックのビール

アインベックの街では11世紀頃からビールが作られてきた記録がある。まだ下面発酵のラガーを作る技術が確立する以前であるため、作られていたビールは上面発酵のエールであった。大麦麦芽だけでなく、身近な穀物であった小麦も使用されていたと考えられている。

アインベックはドイツ北部における通商路の交差点で、13世紀以降のハンザ同盟の時代には、この街を通じてさまざまな商品がバルト海などを通して取引されていた。当然、その中にはビールもあったわけである。

アインベック産のビールは、ドイツ国内のみならず、オランダやスカンジナビア諸国へも輸出されていた。この際、長距離輸送における劣化を抑えるために、アルコール度数を高めたビールが作られるようになった。また、アインベックの近くではホップも生産されていたため、このビールは劣化防止のためにホップもふんだんに効かされたものであったと言われている。

ちなみに当時のアインベックには700名を超える醸造家がいて、それ以外でも多くの市民が自分たちで消費するために自家醸造を行なっていたようである。そのように大量に生産されたビールのうち、余剰分を市が買い取り、輸出用ビールとしていたと伝えられている。

ちなみに当時はまだ「ボック」の名では呼ばれておらず、単にアインベックのビール(Einbecker Bier)でしかなかった。(下写真は現在でもアインベックの名を冠して生産されているアインベッカー・ウアボック)

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そして「ボック」へ

アインベックのビールは、非常に高価だったため、庶民にはなかなか手の届くものではなく、主に貴族や上流階級によって飲まれていた。16世紀中頃には南部バヴァリアにも運ばれるようになり、バヴァリア公爵家でも好んで飲まれるようになった。

ところが、アインベックのビールを購入するために多大なコストがかかることを嫌ったバヴァリア公ヴィルヘルム5世は、新しいブルワリーを建て、自前でアインベックと同じようなビールを生産することにしたのである。これが王家の醸造所、すなわちホフブロイハウスの前身である。

彼はハイメラン・ポングラッツという醸造家を招き、アインベックのクローンを作ることを命じた。彼の手によって作られたビールは、酵母をはじめ、地元で用いられていた原材料を使用したため、オリジナルのアインベックのビールとは異なり、濃色のラガーとなった。また、長距離輸送も必要なかったため、アインベックのものほど度数も高くなかったようである。

このビールはやがて、公爵家を始めとする上流階級だけの楽しみではなく、地元の酒場へも売りに出され、公爵家の重要な収入源となっていったようである。

ヴィルヘルム5世の息子で醸造所の後継者でもあったマクシミリアン1世はさらなる改良を加えた。彼はアインベックの高名な醸造家であったエリアス・ピヒラーを招聘し、オリジナルのアインベック・ビールに近い、ハイアルコールのビールを作らせた。これが現在のボックの原形であると言われている。

このビールはバヴァリアの人の間で大変な人気となったが、彼らは「アインベック」を正確に発音することができず、「アインポック」などと呼んでいた。やがて、これが転じて「アインボック」(ein Bock)、すなわち「一頭のオスヤギ」と同じ発音で呼ばれるようになったのである。

したがって、ボックの語源は、強いビールであることからオスヤギと名付けられたわけではなく、単に訛った発音とオスヤギを意味する単語が似ていた、というのが真相のようである。ビールが作られる冬の時期が十二星座の一つである山羊座の時期に一致する、などという説もあるようだが、これもおそらく後付けではないかと考えられる。

ボックのバリエーション

バヴァリアで生まれ変わったボックは現在では「トラディショナル・ジャーマンスタイル・ボック」というビアスタイル名で呼ばれている。見た目は焦げ茶色のようにダークで、トーストやナッツにも似た麦芽由来のアロマにあふれており、ボディもしっかりしている。アルコール度数は6〜7%台である。

また、濃色ではなく、淡色のボックもある。淡色と言っても、作られた当初はピルスナーなどのゴールド色のビールができる前の時代であるため、いわゆる茶色よりは薄い、という程度の明るい色であった。現在では、ピルスナーに近いほど色の明るいものも作られている。

これらはヘレスボック(Helles Bock)あるいはヘラーボック(Heller Bock)、または、ドイツで長い冬が終わり明るい春がやってくる5月からその名を取りマイボック(Maibock/5月のボック)とも呼ばれる。

ちなみに、ドイツ語の "Hell" は色が明るいという意味の形容詞だが、"Helles" は中性名詞を形容するときに、"Heller" は男性名詞を形容するときに使われる格変化である。ビールは中性名詞のため、"Helles Bock" が正しいと思われる。一方、"Heller Bock" は、本来は「明るい色のオスヤギ」を表していると思われるのだが…

閑話休題。

これらのボックよりもアルコール度数の高いボックもある。これがドッペルボックである。いわゆるダブルボックを意味する名前であるが、度数が2倍なわけではない。トースト香に加え、カラメルやタフィーキャンディーのような香り、さらにはフルーティーな香りを伴う場合もある。複雑で重厚なモルトフレーバーやアルコール感が特徴である。

ドッペルボックは「液体のパン」と形容される場合もある。カトリックにおいて、復活祭(イースター)までの46日間に及ぶ四旬節には断食が求められている。この期間中にパンを食べる代わりに栄養補給をする手段として修道士たちが強いビールを作って飲んでいたことに由来している。

そのため、ドッペルボックは「救世主」(Salvator)という名でも呼ばれている。これはかつて修道院でもあったパウラーナー醸造所によって作られた最初のドッペルボックの名称でもある。いまでも、ドッペルボックの銘柄には語尾に「-ator」がついたものが多いのもこれに由来していると考えられている。

さらには、小麦を用いたヴァンツェンボックなどというスタイルもある。これは他のボックとは異なり、ヴァイツェン酵母を使用するため、ラガーではなくエールに分類される。

さらに上へ

ドッペルボックよりもさらにアルコール度数を高めたボックもある。これがアイスボックである。氷を浮かべて水割りにするほど度数が高いからこの名で呼ばれているわけではない。名前の由来はその製法にある。

度数の高いビールを作るには麦芽の量を増やして比重の高い麦汁を作ればいい、という話はバーレイワインの回でも書いたとおりである、しかし、この方法でアルコール度数を上げるのには限界がある。一般にアルコールは酵母の活動を抑制するため、酵母の活動だけでは、ある程度の度数以上の酒は作れない。

アイスボックを作るためには、まず度数の強いドッペルボックを作る。できたドッペルボックを一度凍らせると表面に氷の層ができる。エタノールの融点は水の融点(0℃)よりはるかに低いため、アルコールは凍らず、水だけが氷になる。

この表面の氷を取り除くと、残ったビールは純粋に水分だけが抜けているため、アルコールの含有率が高い濃縮された液体となっている。これを繰り返すことで、度数をどんどん上げていくことができるというわけである。

ビアスタイル・ガイドラインによれば、アイスボックのアルコール度数は高くても14%台と定義されている。しかし、それ以上のアルコール度数を誇るビールが作られたことがある。なんと、40%50%、さらには65%などというハイアルコールのビールまで存在していたのだ。

ハイアルコールの世界一を競う、この「仁義なき戦い」の顛末については、私の翻訳した『コンプリート・ビア・コース』にも書かれているので、興味のある方はそちらを参照してほしい。

さて、アイスボックでアルコール度数を上げる製法は、原理的にはウイスキーやジン、焼酎などを作るための蒸留と同じである。凍らせて水分を分離するか、沸騰(揮発)させて水分を分離するかというだけの違いである。このため、米国では、アイスボックにはビールではなく、蒸留酒と同じ税率が課されている。

蒸留酒のように複雑な香りをじっくりと味わい、身体を温める。ビールにもそんな楽しみ方があるというわけである。(下写真はシュナイダーが作るヴァイツェンベースのアイスボック、アヴェンティヌス・アイスボック)

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代表的銘柄

《トラディショナル・ジャーマンスタイル・ボック》

  Einbecker Urbock(ドイツ)

  曽爾高原ビール・ボック(奈良県/IBC2021銅賞*)
  はままつビール・Bock(静岡県/JGBA2021銅賞*)
  長島地ビール・ボック(三重県/JGBA2021銅賞*)
  宇奈月ビール・カモシカ(富山県)

《ジャーマンスタイル・ヘラーボック/マイボック》
  Hofbräu Maibock(ドイツ)

  こぶし花ビール・マイボック/ゴールデンラガー(埼玉県/IBC2021銀賞*)
  ベアレン醸造所・マイボック(岩手県)

《ジャーマンスタイル・ドッペルボック》
  Paulaner Salvator(ドイツ)
  Ayinger Celebrator(ドイツ)
  富士桜高原麦酒・さくらボック(山梨県/IBC2021銀賞* JGBA2021金賞**)

《ジャーマンスタイル・アイスボック》
  Schneider Aventinus Eisbock(ドイツ)



* IBC: International Beer Cup

** JGBA: Japan Great Beer Awards

冒頭でも書いたが、ドイツでは寒い季節を迎えるとハイアルコールのボックがリリースされてきた。冬に入ればウインターボック、クリスマスにはクリスマスボック、四旬節にはドッペルボック、春になればマイボック、とボックは寒い季節の歳時記とでもいうべきビアスタイルである。この冬、暖房の設定温度を少しだけ下げて、ボックで心と身体を暖めるのも悪くないのではないだろうか?

さらに知りたい方に…

さて,このようなビアスタイルについてもっとよく知りたいという方には、拙訳の『コンプリート・ビア・コース:真のビア・ギークになるための12講』(楽工社)がオススメ。米国のジャーナリスト、ジョシュア・M・バーンステインの手による『The Complete Beer Course』の日本語版だ。80を超えるビアスタイルについてその歴史や特徴が多彩な図版とともに紹介されている他、ちょっとマニアックなトリビアも散りばめられている。300ページを超える大著ながら、オールカラーで読みやすく、ビール片手にゆっくりとページをめくるのは素晴らしい体験となることだろう。1回か2回飲みに行くくらいのコストで一生モノの知識が手に入ること間違いなしだ。(本記事のビール写真も同書からの転載である。)

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また、ビールのテイスティング法やビアスタイルについてしっかりと学んでみたいという方には、私も講師を務める日本地ビール協会「ビアテイスター®セミナー」をお薦めしたい。たった1日の講習でビールの専門家としての基礎を学ぶことができ、最後に行なわれる認定試験に合格すれば晴れて「ビアテイスター®」の称号も手に入る。ぜひ挑戦してみてほしい。東京や横浜の会場ならば、私が講師を担当する回に当たるかもしれない。会場で会いましょう。

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