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法務が抱える課題とは?法務部員の皆様にお尋ねしてみました!

「法務とは何か」という大きなテーマを探求する上での一つのパーツとして、法務が現在抱える課題を研究しています。きっかけは2023年12月18日付の日本経済新聞 子版の記事「法務部門に人材難 人権や国際化の業務増に追いつかず」。主要企業が回答した法務の課題をまとめたもので、以下引用する表の結果となっています。

2023年12月18日付日本経済新聞電子版「法務部門に人材難 人権や国際化の業務増に追いつかず」より引用

これは全体の傾向としては理解できますし、紙面も限られた中で限界があるのは重々承知の上、しかし一つ一つの項目が大きすぎないかというのが気になります。例えば、「知識・ノウハウの共有・承継が難しい」という項目について、法務部員を多数抱えるような企業であれば、一つの情報共有ともいえるOJTのような教育システム自体は当然存在するはずで、共有自体が全くなされていないとは到底思えません。むしろ、「知識・ノウハウの共有」という中に、特に困難のあるエリアや背景があるのではないか、もう少し深掘りが必要ではないか、といった疑問が湧いてくるわけです。

このような問題意識をどのように検証するべきか、やはり日頃実務に携わられている皆様からお話しをお伺いするのが一番ではないかということで、X内外でやりとりさせていただいている企業内弁護士の方を含む法務でご活躍される方々にコンタクトさせていただきました。皆様快くインタビューに応じてくださり、下記のような結果が得られましたので共有させていただきます。

なおこのアプローチは今後も続けて参る予定ですが、お話しする皆様から非常に有益な示唆をいただくことからそれらを長期間筆者のところだけで留めておくのもいかにも勿体無いということで、一旦中間で結果をまとめまして共有させていただく次第です。今後もさらに様々な業界の方とお話しをさせていただき、このアプローチを続けて参りたいと思いますので、引き続きよろしくお願い申し上げます。

そしてこれだけは本題に入る前にぜひ付言しておきたい、お話させていただいたお一人お一人が本当に素晴らしい!皆様法務という比較的クリエイティブな要素に欠けると思われがちな業務において、非常にクリエイティブに考え、手間を惜しまず工夫されていらっしゃる。もちろんそんなお許しは得られていないのですることはできませんが、叶うものならお一人お一人のお名前を発表して、いかに素晴らしいか声を大にしてお伝えしたいところです。JILAインハウス・リーガル・アワードというインハウスロイヤーやその所属団体等を対象とした表彰制度が創設されたのはつい最近のことですが、やはりインハウスロイヤー、そして法務部の皆様の日々のご活躍がもっと注目されるべきだと痛感しております。それらはもちろん法務の世界で参考になるだけでなく、もっと広く、ビジネスパーソン全般にも仕事の取り組み方についてきっとヒントを与えてくれるはず!

[Executive Summary]

  • 日経の主要企業調査の結果では、知識・ノウハウの共有・承継が困難ということだが、具体的に法務部内・法務部外いずれか、また、法務部内でも上から下、下から上など垂直の流れか、横への水平の共有かによっても状況が異なるものと思われ、個別の項目に応じた対策が必要と考えられる。

  • スタッフ数の不足は全社的な予算状況に基づくヘッドカウント策定に依存する部分が大きく、Legal Techや外部リソースの活用などによる対策の検討、又は、必要に応じて、リソース不足を前提にする法務対応プロセス策定により、法務部にかかる負荷を削減する方向での調整が必要と思われる。

  • 企業内弁護士の不足・採用難については、同時にマーケットの流動性を前提にした人材のリテンション策も考慮する必要がある。これらスタッフ数の不足や企業内弁護士の不足が、知識・ノウハウの共有・承継の困難の背景になっている部分もあり、問題を統一的に捉え、対策を検討する必要もあろう。

  • Legal Techの活用も同様に全社的な予算状況にも依存する部分が大きく、内部人員の対応能力等のリソース上可能であれば、システムを内製するといった工夫を行うことも考えられる。

  • 事業部門からの協力や経営への影響力といった問題については、企業内弁護士・法務部員のキャリアという観点でも検討が必要であろう。法務部員自身が、弁護士・法務部といった専門性を超えた「ビジネスパーソン」としての視点を持ち、事業部と密に協力することで、共にゴールに向かうパートナーとして伴走するアプローチもあろう。日常の地道な伴走こそが、イノベーションを支える一つのキーともなりうる。

  • 日経の主要企業調査の結果には直接挙げられていないが、海外の関連会社の法務部との連携体制について課題とのご意見が複数あった。すでに文献などでこの問題を指摘するものもあり(後述)、ESGなどの新たな潮流との関係でも、引き続き対応検討が必要であろう。

[詳細]

I. 情報共有
(1)法務部の情報内部
(a)上下の情報共有
①下から上への情報共有(報告・連絡)

  • 下からの情報共有(報告連絡相談)はなされにくい場合があり案件の抱え込みなどのリスクがある。これはリーガルテックを活用した情報共有により解消される面がある(II. Legal Tech参照)。

  • 指示されても共有を行わない部員もいる。人員不足による業務繁忙、コミュニケーションの問題など背景は様々なものがありうる。

②上から下への情報共有
(i)先輩から後輩への情報共有(指導)

  • 法務部内の上から下への情報共有(指導)として、「教える」カルチャーが根付いている日本企業などではOJTを中心になされている。さらに踏み込んで個別の指導として、相手に応じて強み弱みを教えたり、読むべき本のリストを渡すなどの試みもなされている。

  • マーケットの流動性にも起因して企業内弁護士の若手が短期間で去ってしまうことがあるなどリテンションが困難。他方人材採用も容易ではない(IV. 採用参照)ことから、ノウハウ承継が難しい。

  • 後輩を教育して能力を向上させて後輩に任せられる仕事を増やし、自分はやりたい仕事にフォーカスできるため、指導のインセンティブは大きい。

  • OJT重視。打ち合わせに新人を一人では行かせないなどの対応や、契約に応じたレビューの際の留意点のメモを渡すなど実務的なサポートが行われている。

  • Legal Techのシステムに情報をインプットしておくことで、個別の共有行為をしなくても検索行為を通じて共有がなされることもある(II. Legal Tech参照)。

(ii)上記(i)以外の上から下への情報共有

  • 全社的な戦略や部門としての戦略、方向性、法務部員への期待値など将来展望を含めた情報共有が考えられるが、具体的なあり方としてはさらなる検討の余地があろう。

(b)横方向・広く部門内への情報共有

  • 法務部内の横方向の情報共有は、各プロジェクトや対応案件に個別性が強いことから、あまりインセンティブがなく、人員不足等により他の業務も繁忙な中で、優先順位としては下がってしまいがち。

  • 上からの指示で情報共有をせよというものがあるが、目的・対象事項・手段などが明らかではなく、具体的にどうすればよいのか実施面での困難がある。

  • 退職時の引き継ぎが効率的になるという意味では、情報共有のインセンティブがあること自体は否定できない。

(2)事業部への情報共有

  • 協業相手としての事業部のリテラシー向上の重要性は、日常の業務遂行を通じて法務部として強く認識。

  • 事業部へのノウハウ共有は、同質問同回答の反復を避けるなどの目的から行うインセンティブが大きく、研修やイントラネットへの資料掲載が積極的に行われる傾向がある。イントラネット掲載資料としては、文書形式のものの他、短時間で見られてポイントが効率的に習得できるビデオなどが含まれる。

II. Legal Tech

  • 法務部のシステム予算は事業部のシステム開発に優先順位としては劣後しがち。結果、保管資料全てについてPDF化を要するなど、使い勝手の悪い古いシステムが活用されていることがある。

  • 業者提供のツールは予算不足等により導入できず、Legal Techのシステム開発を自社で行う場合がある。法務部員に要件定義を提出させるなど巻き込みを図ることで、導入後の積極的な活用が見込まれる。

  • 対応した案件の内容を入れておくことで、後日同種の対応について悩みを抱える若手が参照したり、特定の分野の対応について詳しい人の対応を知りたい場合に参照するなどが可能。

  • DXありきの発想ではなく、AIの契約レビューと、例えば若手法務部員のスキルアップなどDX以外の施策と、費用対効果で効率の良いものを行っていく視点も必要ではないか。

  • 日本のLegal Tech業者のシステムが高額。日本企業では海外拠点とグローバルで一括導入のようなスケールメリットもない場合もある。

III. 法務部のコスト

  • 法務部のシステム関係の予算は他部署のシステム開発に劣後することがあるという指摘の反面、法務部の費やすコストに他部署からの批判があることはなく、訴訟対応、システム開発含めて、特段法務部のコスト管理に大きな注意を払う必要はないという指摘もあり、日本企業の間でも差があるものと思われる。

  • 日本企業では外部法律事務所の依頼については事業部が自ら行い、法務部はその管理を行わない場合もあり、他方で法務部は獲得予算の範囲内で自ら外部法律事務所に依頼する場合もあるため、互いにコストについて干渉する余地が少ない場合もある。

IV. 採用

  • マーケットの流動性や人材獲得競争のためか、若手企業内弁護士のリテンションが難しい。

  • 企業業績や企業全体の方針、予算の問題により、ヘッドカウントの確保が難しいことが多い。

  • コスト上の限界もあり、人材の確保が困難。実務経験の豊富ではない若手についてはスキルアップが必要な場合があり指導をしている(I.(a)②(i)先輩から後輩への情報共有(指導)参照)。

V. 日本企業における海外関係会社の法務部門との連携

  • 組織上のレポーティング関係や内規上の承認などのプロセスがないこと、また、法務部人員が海外だと有資格者に限られるなどのバックグラウンドの違いなどから、海外法務部門との連携が困難な場合が多い。

  • 内規上、プロセス上、他部署のコーディネーションを要する場合もあり、ダイレクトなコンタクトが困難な場合がある。

  • 採用や外部法律事務所の起用については日本の法務部とのコンサルテーションを必要とするなど、事実上のコントロール策が講じられていることもあるが、対象事項が限定されており全体の把握には至りにくい*。

VI. 法務部員としてのキャリア

  • 企業内弁護士の場合、「弁護士」というよりも「ビジネスパーソン」を目指すというアプローチがありうる。事業部との密な連携や、無資格の法務部の先輩からの仕事を教えてもらうなどの過程で、そうした考え方に変化することがある。

  • 企業が扱うサービス・製品・技術などへの興味が、法務部員と事業部の人員とを結びつけ、結果として法務部員の活躍の場が広がtたり、法務部員がより事業に踏み込んだ形で勤務し、ビジネスをドライブしイノベーションを促進する存在になりうるのではないか。

VII. ESG・人権DD

  • ESG・人権DDでは、法域ごとに異なるルールの存在、業際に落ちる部分の存在や、法務と他部署との間で見解が異なり対立することなどから、対応が難しい。さらに、システム対応・実施プロセス策定等が必要となる場合があり、予算の問題なども生じうる。

  • 人権関係のポリシーをサプライヤーに遵守させる、というコンセプトが浸透していく中、事業会社としてどこまで対応できるか、また対応すべきかが難しい部分がある。

*こうした問題について、Legal Techの活用による法務・コンプライアンス上の現状把握や、内部通報制度の活用等を通じた情報収集により、有事に備えたガバナンス体制の構築と実効性のある対応策の検討、そして現地の法務担当者との連携体制の構築の必要性が指摘されている(中村豊・淵邉善彦『強い起業法務部門のつくり方』66頁(商事法務、2020年))。

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