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法務部の対応スコープの策定ー持続可能な法務部であるために

今回は法務部のサステナビリティ(持続可能性)について考えてみたい。法務という重要任務を担う部署が持続可能でなければ、法令に関する適切な判断・助言もなされず、会社全体の存続も危うくなりかねないというものだ。

前回の記事「インハウスロイヤーの評価」で述べた通り、日本ではインハウスロイヤーの依頼者が誰かという問題があまり積極的に論じられることはないように思うが、米国ではattorney-client relationshipがインハウスロイヤーの場合誰と誰の間に成立するかについて秘匿特権の文脈などでよく論じられるところであり、そこでは、インハウスロイヤーの依頼者は、インハウスロイヤーが所属する組織であって、当該組織の役員や従業員ではないと考えられている。他方、実際には法人の活動は、その役員や従業員を通して行われるわけで、インハウスロイヤーは彼らとコミュニケーションし、協力しながら業務を遂行するが、しかしそれら役員や従業員はインハウスロイヤーのクライアントではではないのだ。

とはいえ、現場の役員や従業員にそのような構造が常に理解されているかというとそのようなことはなく、インハウスロイヤーに相談したり助言をもらったりするという状況から、役員や従業員の多くは、自らがインハウスロイヤーのクライアントであると考えているし、インハウスロイヤーは役員や従業員の期待値を100%満たしてしかるべきだという意識を持っていることさえままあるように思われる。

しかしこの「期待値」というのがそもそも問題で、そのベクトルが残念ながら違和感を覚えざるを得ない方向に向かっていることも散見される。以下は筆者が見聞きした、役員や従業員からインハウスロイヤーに対する「期待値」である。念のため、以下は筆者自体が所属した組織でのものとは限らないし、また、全て大手企業でのものであることを断っておく。
・弁護士は皆、中国法くらいできないとダメだ。
・法務部が中国法ができないから、案件を立ち上げられない。
・法務部に弁護士がいる以上、外部法律事務所のフィーは一切発生させてはならない。
・法務部の弁護士は、親しみを持ってもらえるよう、廊下を笑顔で歩くべきだ。
・法律は、どの国でも同じだ。だから、法務部が単独で世界中の国の法律をアドバイスできるべきだ。外国法の法令調査に外部法律事務所のコストは不要だ。
・法務部は、土曜日・日曜日も、少なくとも3時間に1度程度電子メールをチェックし、連絡があれば即刻返信すべきだ。
・顧客が第三者との紛争を抱えている。当社は無関係だが、当該紛争での勝ち目があるか聞かれているので法務部でアドバイスして欲しい。
・苦情は全部法務部で直接受けるようにすべきだ。自分たちは取引の話だけしたい。
・70ページの日本語の契約を、3日で全て英語にしてほしい。
・自分たちが何がしたいのか今ひとつわかっていないがなんでもいいから契約書が欲しい。雲を掴むような話なのだが法務部ならできると信じている。

うーん。。。。。。。。。。笑

こうしたそもそも法令とか法務といったところについてのリテラシーを決定的に欠いた状況で、attorney-client relationshipが会社とインハウスロイヤーの間に成立するという基本構造まで無視して、法務部自らが「事業部からの期待値が高い。それに沿えるように努力しよう」(そもそも上記のような状況は期待値が「高い」というのとは違うと思うが)とか、「ノーと言わない法務部」などというものを強調するのがいかに危険か、それこそ依頼者である会社の利益を損なうリスクが生じることはないのか、よくよく考えるべきだ。見当違いの期待値を満たすために奔走する法務部にサステナビリティなどあろうはずもない。

しかし、上記の通り、現場の役員や従業員の多くは、自らがインハウスロイヤーのクライアントであるという意識を持つことが多く、いくら見当違いの期待値であっても、それが満たされないとトラブルに発展する可能性もあるところが厄介だ。そのような事態を未然に防ぐため、事前に、法務部の対応スコープについて明確に定め、周知しておくことが重要だ。

電子メールなら何時から何時までの間に受領したものであれば当日中対応可能とするのか、紛争であればどの段階から法務部で対応するのか、顧客とのコミュニケーションを法務部が事業部に代わって行うことがあるのか、あるとすればどのような状況なのか、翻訳は法務部で対応するのか、外注するとすればどのようなプロセスなのか、法務部は外国法令についてアドバイスするのか、外注するとすればどのようなプロセスなのか、契約書の作成を法務部に依頼する場合のプロセスは何か。必ずしも内部規程に落とす必要はない。その下位規範や実務プロシージャー、Q&Aなど、各社の内規体系に応じて可能な範囲で、ルールとして機能させることが可能な形で策定することが重要だ。策定した規範は、社内のイントラネットなど社内の全員がアクセスできる場所に常に掲示する他、法務部から発出する社内報などがあればそこで定期的にリマインドすることが有益である。また、経営会議などの場に出ることがある法務部員は、そのような場でも折りに触れて法務部の対応スコープについて策定した規範について説明しておくことが有益である。そのような地道な周知活動が積み重なって、法務部とは一体何者であるのか、どのような付加価値をもたらすのか、組織全体の理解が深まることにもつながる。そして、法務部への個別の要請を断らなければならない場合、そのような規範を根拠として示しながら、「お役に立ちたいのは山々なのですが、大変残念ながら、従前からお知らせしている通りこのようなルールで業務を行っておりますので。こちらは経営会議でもご説明済みですので。」といった説明を行うことになる。

ところで、かかる規範の内容が、恣意的に過度に法務部の手間を削減するといった観点で作成されていることが客観的に明白な場合、そもそも法務部としての付加価値を出すことの妨げになりかねないし、当然、関係部署との軋轢を生ずる可能性が生ずることを避けられない。かかる規範の内容自体が、筋の通ったものでなければ、実務上、規範として関係者からリスペクトされることなどありえず、規範自体が無視されることにもつながりかねない。重要なのは、当該規範が、①法令、②attorney-client relationship、③三線管理、④内規、⑤弁護士職務基本規程といった規範から導かれ、支えられていて初めて、関係者を実際に拘束する力を持ちうることである。

ルールについて調査し、助言する職務を行う法務部自体の業務遂行をもルールに支えられたものとすることで、法務部に無理な負荷が生じることを回避することにつながり、法務部のサステナビリティを高めることにつながっていく。



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