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閃の軌跡1~4と創の軌跡を再プレイしたので改めて感想文を書いたぞ!!!

 ということでいつかまとめたいと思っていた閃1~4+創の感想文を思うままに綴っていこうと思う。本当は黎2が発売されるまでに一通りプレイしなおしてしまう予定だったのだが、全然ムリだった。長すぎるわ。

 軌跡シリーズはバトルが普通に楽しいんだよね。閃1のころはすごい古めかしい感じはするものの戦闘自体は楽しめるように作られている。ストレスがないように工夫もされてるしね。なので時間をおいて再プレイしてみてもそこそこ楽しめるのが軌跡のいいところだといえる。

 閃1はシリーズの導入的な感じで複雑な仕様はほとんどない。「殴る → 崩す → 追撃」というシンプルなルーティンでBPを貯めていき、BPが貯まったら迷わずバーストというムーブで戦っていくオーソドックスな軌跡シリーズのバトルといえるだろう。これに碧から導入されたマスタークオーツを駆使してキャラの特性を活かすのが閃1のバトルシステムである。まぁ、普通に面白かったよ。

 閃1で強いのは主人公のリィン。こいつが鬼のように強くて、低コストの直線攻撃(弧影斬)に遅延効果がついているので、リィンのSPD値をガン上げしてひたすら遅延攻撃を繰り返すというムーブでほとんど勝てる。CP回収アイテムがそろってくれば疾風というクラフトが使えるようになる。上記直線攻撃とほぼおなじCPコストなのに円Lという広範囲の封技攻撃でこれも強い。この2つだけでリィンは戦える。オーブメントの属性縛りも時と火という完璧な配色なので非常に使いやすかった。

 閃1で強いのはガイウスである。ガイウス最強。回避タンクとして運用しながら広範囲攻撃を撒き散らせる強キャラ。閃1ではフィーが回避タンクとして運用しづらいのでガイウスが無双する。ガイウスはキャラが薄いので使用率もよくないのだろうが、閃1~創までずっとスタメンを張れるキャラである。

 基本的にエマ+アリサ(またはエリオット)にダークマターという吸引クラフトを打たせて敵を集めてガイウスに回避させる、というのが閃1~2の鉄板戦術になる。これだけでほぼ勝てる。たまに勝てないやつが出てくるのでそういう場合だけ戦い方を考える。そんな感じである。

 閃2はね、バトルはとっても楽しかったんだけどバランスがだいぶおかしくなってたね。マスタークオーツのジェネシスが目を疑うような性能で、100%の確率で敵を気絶させるというブッ壊れ性能。ほかのマスタークオーツもすさまじい性能で、ちょっとやりすぎ感が強かった。

 閃2もリィン無双。疾風というクラフトが範囲円Lはそのままに地点指定型のクラフトに変更されたので、リィンはこれを使うだけでよくなった。雷神珠を装備させておけば駆動解除も遅延クラフトも必要ないない。たくさんの敵を巻き込んでボコボコにしてるだけで勝てる。強い。閃2もやっぱりダークマターで敵を集めてボコるだけのお手軽ゲームだった。だいぶ弱体化されたけどね、ダークマター。

 閃2ではフィーが回避タンクとして覚醒する。回避カウンターで追撃ができるようになり、さらにフィーのカウンターが遠距離射撃に変更されたので、閃2からフィーはずっと回避の鬼として活躍する。創もフィーにおまかせでおk。それくらいフィーは引っ張りだこなキャラクターになった。初期回避25%という驚異の性能は他の追随を許さない。閃2~創までずっとお世話になったキャラである。

 ダークマター役ふたりで敵を集めてフィーに回避させるだけで充分に強いが、さらに神気合一リィンがブッ壊れというレベルで強く、リィンに神気合一させて裏疾風を繰り返すだけで楽しめるというお手軽ゲームだった。リィンに神気合一 → 裏疾風連発というムーブをやらせるには氷皇の円環というアクセサリが必要になるが、なくても何とかなる。真・闘魂ベルトを2つ装備させてマスタークオーツ"フォース"も兼用すればそれなりのペースでCPを回収できるので遊び放題になるのは楽しかった。閃2の裏疾風は移動型の直線攻撃で、通常ならば使いづらい性能になるのだが、神気合一リィンはバフの効果で全状態異常無効で防御力も高く、おまけにSPD値も高くて手番が回ってくるのも早いので、移動型のデメリットを軒並み相殺できる。敵の懐に飛び込んで囲まれても痛打を食らう前に脱出できるのでバトルフィールドを縦横無尽に駆け回って引っ掻き回せる非常に楽しい性能だった。どうしてこの性能を閃3以降でも残しておいてくれなかったのか。非常に悔やまれる。

 閃3はハードもグラフィックも刷新して登場した新シリーズ(ではない)。戦術リンクシステムを1~2よりも複雑化して戦略性を高めた、いわば閃シリーズの礎ともいえるゲームだったね。

 まずBPという前作までの無駄システムを活用すべく編み出されたオーダーが猛威を振るう。オーダー導入の初期作ということで、バランスが非常に悪かった。前作までのBPシステムだと最後までバーストを使わなくても勝てちゃうからね。あっても意味ないよねって話になったのだろう。BPを別の用途で使わせようというのが閃3である。それまでラッシュ(ゴミ)とバースト(無意味)というあってもなくてもよかった要素に「ブレイク」という仕組みを組み合わせることで、ラッシュとバーストに意味を持たせることになった。

 しかしこのラッシュ&バーストとオーダーの相性がすこぶる悪い。高ブレイク値攻撃のラッシュ、またはバーストで敵をブレイクさせるのはいいんだけど、ブレイクさせたタイミングでこそオーダーを使いたいというのが閃3である。ラッシュでもバーストでもBPを消費するのでラッシュやバーストでブレイクさせるとオーダーが使えない。オーダーが使えるようにBPを貯めなおしているとブレイクが解けてしまう。つまり、ラッシュとバーストを使わずにブレイクさせてオーダーで猛攻を加えるというのが基本戦術になる。要するに、閃3でもラッシュとバーストは無意味な仕組みになってしまっていた。

 ちなみにこの無意味なラッシュとバーストという仕組みを改めて作り直したのが創の軌跡で登場した「ヴァリアントレイジ」である。ヴァリアントレイジは使用にBPを消費しない。参戦キャラ全員で一斉攻撃するというバーストとおなじような仕組みを利用しながら、オーダーで消費するBPを使わず、これまたそれまで無意味だと思われていたアサルトゲージを消費して攻撃をするという、まさにラッシュ&バーストの完成形ともいえる仕組みが出来上がったのがシリーズ5作目というのは皮肉な話である。閃3からこれやっとけよって思っちゃった。

 ともあれ、閃3からはいかにBPを確保してオーダーを運用していくかが肝になる画期的なシリーズになったといえるだろう。導入作の閃3ではオーダーのバランスが著しく悪く、たとえばユウナのスレッジハンマーは序盤から終盤まで大活躍するオーダーだった。だって消費BP1でブレイクダメージ4倍だもん。BPも一瞬で回収できるしなにも考えずにガンガン使える非常に強力なオーダーだった。これでブレイクさせてからクルトの太刀風の陣でひたすら攻撃を加え続けるというのが閃3の基本戦術である。

 閃3はキャラが少ないので登場キャラを使い込みやすいんだよね。前作までのキャラもぼちぼち出てくるけど、基本は新VII組だけなのであんまり使用キャラに迷うことがなくてよかったと思う。あんまキャラ増やすな。思い入れが減るだろう。

 閃3の強キャラはアッシュ。オーダーで必殺率を上げられるので、このオーダーでガンガン崩してBPを貯めてユウナのオーダーでブレイクさせてクルトのオーダーで猛追する。このサイクルで戦えたので非常に楽しかった。ヤバい攻撃はアルティナの完全防御オーダーで凌いで、攻撃が痛い場合はリィンの防御陣でなんとかやりくりする。そんな感じのバランスで非常に戦いやすかったのだけど、イージー過ぎるといえばそうかもしれない。アッシュはリーチもそこそこで憤怒という回避タンク必須のクオーツを無理なく組み込め、さらにクラフトで敵の懐に潜り込んで攻撃できる、非常に使いやすいキャラだった。これが閃4になると、装備だけで回避100%を実現できるキャラが限られてしまうためアッシュはお払い箱になってしまうのだが、閃3ではとにかく活躍したキャラだった。

 神気合一を使えるようになってからはリィンが鬼性能になる。マスタークオーツのカグツチ(私はガチクズと呼んでいる。意味はない)と真・闘魂ベルトを組み合わせてCPをガンガン回収できるので、前作ほどではないが鬼性能の裏疾風で敵をボコボコにするムーブがとっても楽しかった。閃3までの疾風はなにが強いかって、リィンをバトルフィールドの端っこに移動させて、そこから疾風(または裏疾風)を使っていれば、敵からの被弾を避けながら遠くから円Lの広範囲攻撃で敵をボコボコにできるところなんだよね。これができるのは閃3まで。閃4になるとリィンが激しく弱体化するのでまったく使わなくなってしまった。とても残念である。

 閃4は、閃3までのバランスではやりすぎだと各所で言われたからだろうか、回避性能やリィンのクラフトの性能も抑え気味にされていて、なんていうか、それまでと比べると普通に楽しくなかった。先述のリィンの疾風もすさまじい弱体化を被っていて、それまでは距離を置いて戦える鬼性能だったのに、閃4からは敵に近寄って疾風しちゃうのでがっかりだった。この性能は創でもそのままなので、リィンはストーリー上でしょうがなく使っていたキャラみたいな感じである。神気合一も鬼気解放に変更され、性能も弱体化。なんも楽しくない。リィンを更迭してガイウスを投入したくらい使えないキャラになってしまった。

 閃4は閃3の焼き増しみたいな感じなのであまり語ることがない。それでいてバランス調整というかオーダーやクラフトが軒並み弱体化されているので正直あんま微妙な感じだった。ブレイクもほぼ無意味な仕組みに置き換わってしまっていて、前作のようにブレイクから硬直半減オーダーによる猛追みたいなのもできなくなっている。閃3のブレイクがあまりに強すぎたっていうのは確かにあるけど、敵が一瞬でブレイクから復帰しちゃうのね。これじゃブレイクの意味ねぇじゃんって思ってたよ。改善されたのって同一サブマスタークオーツを複数キャラが装備できるところくらい? ほぼなにも進化してなくて退屈だった。

 閃の軌跡といえば騎神戦である。1~4までちょこちょこやらされる騎神戦だけど、これがマジでゴミだった。ストーリー上どうしても必要になる騎神戦だけど、だったらもう少しプレイアビリティを考慮してくれよって思っちゃうくらいゴミ。軌跡シリーズの醍醐味は装備を考えて整えて準備して戦いに臨むところでしょう? 騎神戦マジなんも準備できないの。クオーツみたいなの(オーブ)をちょいと入れ替えられるくらいでほかはなんもできない。戦闘システムもキャラを使って戦う仕組みの簡易版というか制限版みたいな簡素なもので、本当につまらなかった。

 せめてさ、古代遺物だからパーツの換装はできなくても追加装甲とか武器の改造とか手を加えられそうなところはいっぱいあるじゃん。アクセサリみたいなものを組み合わせて戦術に幅を出すとかさ、もうちょっとやりようはあったでしょうよ。

 戦闘もまず立ち位置を変更できない、移動できない。この時点でカカシが戦ってるようなもん。かかし男も真っ青だよ。リアリティが欠片もない。機甲兵は戦車よりも装甲では劣るものの機動力と汎用性の高さが売りだって劇中でも言ってたじゃん。その設定がまるで活かされてない。敵も味方も突っ立ったまま殴りあってるだけ。ナイフエッジデスマッチの幽助と酎じゃん。

 常に新しいことに挑戦するその気概は褒めるべき長所だと思うよ。でも全4作あってほぼなにも進化しない騎神戦は存在意義を疑われても文句は言えないでしょう。反省してほしい。

 で、創の軌跡に至る。閃シリーズの完成形ともいえるのが創。2年ぶりくらいに再プレイしたけど普通に楽しかったね。できることがめちゃ増えてて創意工夫をこれでもかってくらい凝らした良作だったと思う。先述のヴァリアントレイジなんてまさに工夫の産物で、ラッシュ&バーストでBPを消費 → ヴァリアントレイジでBPを回収 → オーダーでさらに追撃、みたいなことができるようになってるのね。すげー楽しかった。まぁべつにラッシュもバーストも使わずにオーダーでブレイクさせてヴァリアントレイジで回収って流れのほうが確実でやりやすかったけどね。そのヴァリアントレイジも極めてくると硬直時間の問題でほぼ使わなくなるんだけど。

 閃の軌跡シリーズで一番面白かったのが閃じゃない創の軌跡というのはなんとも皮肉な話である。まぁファンディスクというか完全体というか総集編というか、とにかくこれまでのすべての要素を惜しみなく注ぎ込んで作りこまれた軌跡シリーズの集大成ともいうべき良作だった。

 戦闘のバランスも前4作の経験と知見を結集させた成果なのだろう、キツすぎずヌルすぎず、難易度を新しく追加されたAbyssにすればちょっと油断しただけでたちまち窮地に陥るようなきわどいバランスでとっても楽しかった。難易度Abyssは黎以降でも追加してくれてよかったのにどうしてなくしちゃったのかしら。

 創はスウィン、ナーディア、ラピスが新キャラとして登場するんだけど、ナーディアだけが別格で強かった。ウィークという状態異常を敵に付与できるキャラがエリィ、トワ、ナーディアしかいないので、アーツ主体で戦うなら(トワは論外なので)エリィかナーディアを使う必要があるのだけど、CP供給も兼ねるならエリィ一択。専用装備がそろってCP供給が不要な段階にまで至ればナーディアに軍配が上がる。エリィもナーディアも風or火属性縛りのオーブメント持ち、かつカウンターの射程が長いので、ほかにたくさんいるアーツアタッカーをやらせるよりも回避タンクに特化させたほうが使いやすい。ウィーク付与クラフトを使っているとアーツを使ってる暇なんてないからね。

 敵のレベルを任意で上下させられるのもとってもよかった。どうしてこの仕組みを黎にも活かしてくれなかったのか。周回プレイ時に敵のレベル+50とか+100できればもっと刺激的な2周目3周目を遊べるのにね。バランスも顧慮すると難しかったのだろうことは推測できるけど。

 ともかく創はとことんのとんまでやりこんで強くなり続けることができるので最後まで楽しめた。ここまで作りこむのは難しいだろうけど、創のバランス感覚というかやりこみ要素というか、そういう精神を是非とも踏襲してもらいたいものである。ちなみに創で一番よく使ったのはアリオスである。裏疾風・双が鬼のように強い。直線LLの2回攻撃でディスペルもできるという超性能ですごく楽しかった。閃2の神気合一リィンを思わせる性能で、敵をまとめて斬り刻む演出が超カッコよかった。また登場してほしい。

 さて、ということでストーリー面の感想に移ろう。

 ストーリーはね、閃の軌跡は1~4を通してカスだった。1→2へのくだりはまだよかった。不穏な国情を演習を通じて肌で嗅ぎ取りつつ、ギリアス・オズボーンという巨魁が撃たれることで安穏とした日常が一変するその流れは「おお~こう来るか」と思わせたものだけど、中身がどうしようもない。ギリアスのおっさんが撃たれるようなときだけ実弾なのに普段の弾はゴム弾なんだよね。当たっても死なない銃なんて怖くないでしょ。ひとを殺せって言ってるわけじゃなくってね、壮大な設定のストーリーが語られてるのに実際にやってることはちゃんばらごっこなの、普通におかしいでしょって話ね。内戦が激化~とか言ってるのにその内情が劇中で詳らかにされないの。ふわっとしてるの。ポリコレじみたおべんちゃらだけはご立派に語ってるけど必死さが伝わってこない。戦争じゃないんだよ、運動会なんだよ。どこかでだれかが書いてたけど戦争がスポーツになってるんだよね。スポーツで済むなら戦争なんてしないでしょ。

 カレイジャスの扱いがVII組に任されるときなんて開いた口がふさがらなかったからね。「よりよい未来をつかむために精一杯足掻きます!!!」みたいなこと言って、アルゼイド子爵が「うむ」って大仰に首肯してるの、真面目に「ハァ?」って感想しか出てこなかった。「よりよい未来」ってなんなんだよ。なにがいつどうなると「よりよい未来」になるんだよ。そんな曖昧な指標に国の技術の粋を集めて建造された飛行戦艦を託すなよ。子どもの絵空事に強大な武力をおもちゃ気分で貸し与える皇太子と子爵閣下、普通に脳みそ腐ってるでしょ。その「よりよい未来」っていうのが、具体的にだれがどうなってどの地域や勢力がどのような状態に落着することを示しているのか、その詳細を明確にしない限り武力の塊である飛行船艦なんておいそれと貸与できないでしょ。ねだる子どもにお菓子を与える親じゃないんだから、大人であるアルゼイド子爵がきっちり叱ってあげなきゃダメでしょう。最終的に対症療法的な行動の結果、上手い落としどころに持って行った、というより物語的にそこに落とし込まなければならなかった、みたいな意図が明け透けに見えちゃってるんだよね。利害調整もなにもない。主人公がきれいなおべんちゃらだけ語ってれば生きていられるお貴族様仕草そのものなんだよね。だから終始リィンというキャラクターを好きになれなかった。マキアスの気持ちがよくわかるとも。

 これがね、たとえばブレイブリーデフォールト2みたいな「そういう話」ならべつにいいんだよ。でも軌跡は違うでしょ。壮大でありながら緻密な世界設計がなされているのに中身が空っぽなの。黎2の感想文でも書いたけど、中間がないの。過程がない。あるのかもしれないけど描かれていないので想像できない。背景や根底にある世界観と実際に行われているやり取りが乖離しすぎている。

 閃3になると戦争のスポーツ感がさらに増大する。もう手が付けられない。「全力で敵を無力化するぞ!!!」とか言い出すのね。相手は殺しに来てるのにこっちは殺せない縛りで行動するの、圧倒的な戦力差がないとできない芸当でしょ。でも物語的にはそこまでの戦力差はないとされている。わかる? 真面目に生きてないの。敵が武器を持って挑んできている以上、こちらも武器を持って対応しなければならない。武器を持つということは殺意があるということだ。木刀だって当たり所が悪ければ普通に死ぬし、刃を鋳潰した模擬剣だって鉄の塊という凶器そのものだ。殺傷力が落ちたところで怪我だけで済むはずがない。にもかかわらず潔癖症をこじらせているかのように殺しを厭う傾向がある。閃シリーズは生命を描いていない。物語の登場人物が演劇をやっているのである。キャラクターが生きてない。台本を読んでいるのである。声優さんや俳優さんが脚本を読むんじゃないよ。物語の登場人物が台本を読んでるの。茶番が過ぎる。

 軌跡シリーズは物語の技術水準とゲームのシステムが一体化してる。例えば戦術オーブメントにクオーツをセットして身体能力を強化する描写など、事細かに描かれている。ゲームシステムと物語がシンクロするという発想は素晴らしいとは思うんだけど、敵が保有してる技術とこちらが使える技術に隔たりがありすぎるのね。例えば、閃4以降キャラの映像を空間に投射する技術がわりとカジュアルに使われてるけど、え? それまでにそんな技術が一般化されてる記述、どこかにあった? ファンタズマゴリア? 蒼の深淵形無しじゃん! 深淵の魔女ただの雑魚になっちゃってるよ! 閃1でエマが「蒼の深淵の秘術! ファンタズマゴリア!」ってびっくりしてたじゃない。なんでそんな秘術がカジュアルに普及してるんだよ。ちゃんと過程を描いてくれ。

 だってさ、空の軌跡の世界観だと有線の固定電話すら普及してなかったんだよ。七耀暦1202年の段階でこの技術水準なのね。そこから4年でオーブメントがスマホになってるの、端的に言って技術が飛躍しすぎ。現代社会に近い水準の話に持っていきたいんだろうけど、そこまで飛躍的な技術の進歩が可能なら街道をうろついてる魔獣とか片づけとけよって思っちゃうんだよね。空とか零の世界観はわりと現実的だったけど、閃から異様な世界観に様変わりしちゃった嫌いがあると思う。バックグラウンドを蔑ろにしてこちら(つまり我々が生活している現代社会)に足並みを無理やり合わせている。絆や縁を大切にしろっていうなら、その絆や縁によって構築されている人間社会の在り様も大事にしてくれ。

 徹頭徹尾おままごとと茶番で進んでいく閃とは打って変わって物語の骨子とキャラクターの背景をしっかりと描いているのが創の軌跡である。創は普通に面白かったよね。ゲームとしても楽しかったし、物語もしっかりしてた。中身が詰まってた。辻褄合わせの間に合わせ感が少なかった。普通に感心したのがクロスエピソードみたいな話の進め方で、3つに分かれた主人公のストーリーがちゃんと交錯するところなのね。そのうえでルーファスの知略で踊らされるリィン達の様子がしっかり描かれているあの帝都地下道の追走劇は素直に上手だなぁって思った。こういう話の進め方はゲームじゃないとできないよなって思ったくらい。

 似たようなゲームの作り方をしてるのになんでこうなった?っていうのが黎2。黎2は創のクロスストーリーや夢幻回廊という仕組みをそっくりそのまま踏襲した形をとってるんだけど、あまりにも拙すぎてがっかりしてしまった。改めて創をやり直して「あ、黎2は創の真似っこをしたんだな」って思ったくらい。sideAとsideBに枝分かれするところとか、メルヒェンガルテンとか創のシステムとそっくりなんだよね。ちなみに閃1→2のゲームの流れと閃3→4の流れもそっくり。主人公が仲間たちと別離するところからカレイジャスを運用して各地を巡って学校の仲間を集めるところまでまんまパクリと形容しても過言ではない。大きすぎるナラティブをゲームで体現するのは無理があるんだろうなって思い始めるに至ってしまった。これはゼノギアスやゼノサーガのときにも思ったことでもある。

 ともかく、閃シリーズは特に顕著なんだけど、戦争というものを悪魔化しすぎ。戦争を絶対悪とするから戦争に反対することが正義になって、主人公であるリィンは当たり前のように正義に側にいるのである。そしてなぜか戦争を回避することで敵が感謝をし始めるのだ。そんな馬鹿な。「話せばわかる」を無意識にやっていくのが閃の軌跡シリーズなのだが、おまえちょっと冷静に考えろよ。話せばわかるならそもそも戦争なんて起きねぇんだよ。だいたいおまえ、敵をブン殴ってわからせてるじゃん。おまえが殴るのはいいのかよ……って疑問に行きつかない普通? 列車砲とかのくだりもそう。「そんなものを作るなんて……!!」みたいなね、まず道徳ありきの結論をのっけから全開にして存在そのものを否定しちゃうのね。正義の側だから悪は叩きのめしてもいいと思っている節すらある。ミュゼの千の陽炎作戦も多くのひとが犠牲になるから悪手とか言ってるけど違うよ! おまえがやってるのは外観誘致だから悪手なんだよ。なぜ指し手とか呼ばれる高知能の人物が目の前の悪を食い止めることしか考えないのか。悪を倒せばハッピーエンドみたいな短絡思考の持ち主に作戦のすべてを委ねる神経がわからんわ。悪を倒してもひとびとの生活は続くんだよ。その先があるの。千の陽炎作戦は帝国に住まうひとびとの生活を脅かすから悪手なんでしょう? 千の陽炎作戦はとどのつまり帝国の領地を切り売りするって作戦だからね。なんとしてでも悪の首魁であるギリアス・オズボーンを止めなければならない、でないと世界が滅びてしまう~ってだけで国が動くって考え自体がそもそもおかしいって気づいてくれ。道徳で判断するな。合理で判断しろ。為政者の側だろおまえ。って突っ込んじゃったよね。ゲーム業界はさ、そろそろポリコレから脱却しよう。頼む。

 あとツッコミどころとしては頭のいいキャラをポンポン登場させすぎってところかな。上述のミュゼとかね、キャラとしては嫌いじゃないんだけど、頭の良さが伝わってこない。「やはりそうなりましたか」みたいなセリフで先読み感をアピールしてるんだけど、おまえそれただ言ってるだけやんってなっちゃうのね。レクターみたいな異様な勘の冴え渡りみたいな設定ならまだわかるんだけど、ミュゼの先見は国情と政策と人間関係を複合したうえで導き出される論理の帰結でしょう? そういった頭脳派ならではの理路の開陳みたいなシーンがまったくないのね。「こうなることはわかっていました」とか言ってるけど、なぜそれがわかったのか、せめてその一端だけでも垣間見させてくれよ。これもね、頭が良すぎるキャラ設定という結果しか描いてないからペラペラのキャラに見えちゃうの。中間を描いていないからこうなるのね。そこに至るまでの道筋を描かないとふわっふわの地に足のつかないキャラになってしまう。たとえるならコードギアスのルルーシュみたいなキャラね。デスノートのライトとかハンターハンターのクラピカは頭のいいキャラって普通にわかるでしょ? 思考の道筋をちゃんと描いているからだね。ミュゼと似たようなキャラにナーディアがいるでしょう? ナーディアも頭のいいキャラという設定なのはわかるけど、ナーディアを見て頭がいいと思う人はいないと思うんだよね。ミュゼもナーディアも具体的な理路を詳らかにしないから言葉が軽い。ちなみに論理とは言っても万人がおなじ筋道で物事を考えるわけじゃないからね。論理の立て方にも性格は出る。そういうところでキャラの違いを描出してほしいところである。

 通例通りなら一作ずつ細々と批判していくんだけどもうだいぶ昔のゲームだからね。シリーズまとめてツッコミを入れてしまった。長々とツッコミを入れる場合、そのゲームが楽しかったがゆえに残念だった部分を抽出してしまっているケースが多いので、閃の軌跡もゲームとしては充分に楽しめたよ。私は性格上、手放しで絶賛するみたいな芸当はしないし、そもそもそういうレビューは空々しいというか寒々しいというか胡散臭いというかいまいち信用ならないんですよね。業者か?って疑っちゃうんで。大手のメーカーみたいに人海戦術で超大作を作るみたいなことは期待していないので、ファルコムならではの味を活かしながらシリーズを繋いでいってほしい。

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