R4BY 無窮天穏 天雲
R4BYの天雲です。今季は醪で7本の合併、合計10000Lの原酒を造りました。
タンク貯蔵しながら小出しに瓶詰めしていきます。
製法は従来通りに改良雄町×生酛×山陰吟醸×三日麹です。
涼しく強い酒である山陰吟醸をベースに、雄町・生酛・突きハゼ三日麹で膨らみと余韻を付与。搾った酒をタンク熟成してそれを13%まで加水することで、飲みやすいのに深い酒という矛盾を同一にした設計の酒です。
それは一瞬の幸福よりも、長く持続する穏やかな時間が人を幸福にするというコンセプトの基で設計されています。
具体的には味の構成を糖と香りから、アミノ酸と余韻に移行させることでこの思想を現実の酒にしています。
今季の実際のモロミでは39日~44日の長期発酵で、溶けてきた糖を強く食い切ったモロミが多かった印象です。
酒度などのわかりやすい数値はいままでとさほど変わりませんが、例年の天雲よりも低グルコース(甘さが低い)で、アミノ酸の組成も違うでしょう。長期熟成や燗酒に向くタイプです。
どの温度も良いと言いたいところですが現段階の出荷分は若くて渋さがあるので燗酒がおすすめです。時間が足りませんでした。燗付けや開栓、瓶貯でまとまっていく印象です。仕込蔵のエアコンの能力が上がって庫内温度が下がったので例年より熟成が遅いのかもしれません。
水母と天雲は独自の価値観をもった穏やかで涼しい酒だと思います。不思議と飲んでしまう、縁が広がってしまう稀有な酒です。
よろしくお願いいたします。
甘さとアミノ酸、本能と理性の雑談(というか本編)
なぜ甘くて香りのいい酒ではなく、地味な酒を造っているかという話です。
生物の世界では植物が糖と香り(フェロモン)を体内で合成して、それを餌に動物をおびき寄せて使役させ、陣地を拡大していったという歴史があります。
その自然環境(オアシス)から発生した私たち人間も糖とフェロモンには滅法弱く、これらを過剰に感知すると理性を失って欲望が現れるという事が多々あります。
その糖とフェロモンの代表が穀物、果物、麻薬、そしてこれらを分解合成した酒ですね。
面白いことに人間の鼻や舌の先端はこれらを事前察知する能力があり、この能力が人間の生存本能と欲望とセットになって食欲と呼ばれて人間を活かしています。
酒もこの人間の特性を刺激することで、製品・嗜好品としての存在を保っているかもしれません。
日本酒がただの製品や嗜好品であるならば、酒は欲を満たすものであるという話も分かりますが、私は長年の探求で、人が酒を造り、酒を飲み、未来を創造してきた過去を知ってしまいました。
酒が欲望を越えた先、つまり酒が理性に働きかけることで、穏やかな時間や永遠の今である共同体感覚(群れ)を創造したとするならば、酒の味の主体を糖からアミノ酸に移して人の理性に届く酒を造ることは私の命題といえます。
もちろん私の造る酒にも欲望のスイッチを入れる糖とフェロモンが存在しています。
しかしそれと同時に、理性に働きかけるアミノ酸と余韻を酒の中に強く存在させることで、欲望と理性の動的平衡状態を保つことが可能となるのではないかと日々模索しています。
私は日本の酒に嗜好品としての面だけではなく、伝統文化や芸術、表現といった理性的な面まで付与したいと思っています。
前回の水母で、私たちが自然と呼んでいるものは、矛盾と同一を繰り返しながら時間をつくり続けるものだと考えました。
私の造る酒は、欲望と理性という矛盾が互いに拮抗しながら同一になり縁起し続ける自然生命の形体を取っていくことになるでしょう。今までも自ずとそうなっていたのでしょう。
日本の酒の縁起儀礼で言えば、欲望は自他の境界と時間を忘れさせるために必要であり、理性は自然生命という大きな構造と流れを知り、過去と対話し、確実な未来を創造するために必要です。悠紀殿、主基殿の直会と饗宴の儀礼の話と同じですね。
欲望も理性も色々あるため、その中に飛び込んで吟味精査して醸すことが大事です。
味覚業界の近しいところで料理人さんも甘、塩、油、出汁(アミノ酸)、食感など、同じような葛藤を抱えているのではないでしょうか。欲望を刺激する味付けや料理を開発すれば売れるだろうけど、あまりしたくはないですよね。
陶芸家、芸術家、表現者の方など、みんな人と自然の距離を考えているのでしょうね。
そうやって悩みながら造られた美しい造形はやがて同じになるのかもしれません。それが合わさる、合ってしまうことが祭りなんでしょうね。
いい距離、いい狭間をさまよいながら、あいまいに表現できたらと思います。
その酒を純粋にそのまま皆様にお届けできれば、あなたとその酒の間に必ず共通点が見つかるはずです。そんな酒がいい酒でしょう。
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