第二回千字戦 参加作品

一回戦 お題『真正面』


【蟹】

かーにーかーにかーにー
波打ちぎわ。幼な子が蟹を追っている。
ふっくらとした短い腕を不器用に振って、横這いに逃げる蟹を追い回す。
しまいにはハサミで指を挟まれて、予想だにしない反撃に驚き、泣き出してしまう。

かあ、かあ、かあ
波打ちぎわに舞い降りたカラスも、蟹をつつき始めた。
風切り羽が歯抜けになっている年老いたカラスだが、蟹の味は知っている。
蟹の脚を捕らえると、カラスは飛翔し、海沿いの県道へ向かっていった。
硬い路面に落として、おとなしくさせて、蟹の肉をいただくのだろう。

わふ、わふ、わふ、わふ
ゴールデンレトリバーの茂造が、波打ちぎわでなにかに吠えたてている。
興味しんしんだが飛びかかりあぐねている愛犬に追いつくと、彼が包囲しているのは小さな蟹だった。
蟹もあわてた様子で海の方へ、せかせかと逃げていく。
僕は思いついて、手ごろな流木を蟹の行く手に置いて道をふさぎ、反対側も同じように封鎖した。
どうだい、困っただろう。
横這いでは進むも戻るもできず、考え込んでしまった蟹に顔を近づけ、僕は観察した。
そのとき、蟹の両目が激しく発光し、迸るビーム光線は正面の僕へ襲い掛かり、無慈悲に焼き払った。


二回戦 お題『とても貴重だった』

【My Favorite Things】

学校の研究室には、やたらと娯楽が持ち込まれた。
マジック・ザ・ギャザリングが流行ったかと思えばそれは遊戯王に置き換わり、遂には自作のカードを何百枚も製作する者も現れて、混沌としたカードバトルが繰り広げられた。
雀卓を囲めば一晩中になり、下手なカラオケが響き渡り、明るい闇鍋を肴に酒を煽る連中ばかりだった。
私はといえば図書館で借りてきた小説本を積んでは切り崩し積んでは切り崩し、端で黙って本を読むばかりだった。
しかし居心地は良い。
ある日子犬を拾ってきたやつがいて、私のスペースをペットサークルで囲みやがった。
私は黙々と読書をしていられさえすればいいので、子犬がまとわりついてきても当然黙々と読書を続けた。
皆が当番制と言いつつ、ぞろぞろと連れ立って子犬を散歩に連れていくときだけ、私は静けさを楽しむことができた。
それは戻ってくる騒々しさを知っている、静寂だった。

今は、仲間も犬も近くにはいない。
社会に出て相変わらずのひとり読書を続けながらも、私の耳の奥にはあの頃の騒がしさが流れているようだ。

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