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【書籍ナレッジ】 知識創造企業

僕が今つくっているプロダクトのテーマが「ナレッジ」なんですが、先週、Zoomでコルク佐渡島さんと飲んでいる際に、「知識とは何か?」「私たちは世代や場所を超えて知識をどう受け継いでいくべきか?」という問いをもらった。

僕は世の中を変えていくプロダクトをつくるためには、原理原則に向き合った先に生まれる思想が大切だと思っています。(イーロン・マスクは「物理学」、スティーブ・ジョブズは「禅」に向き合った上での思想がプロダクトに表現されているような印象を持っています。)

そんな流れで、この週末は本棚にしまってあった「知識創造企業」を引っ張り出してきて読みました。

この本を読んだのはもう随分前で、頭の中には有名なSECIモデルくらいしか残っていませんでしたが、今読み返すと新たな気づきが沢山ありました。

特に、「日本で企業がビジネスを生み出したきた裏側にはミドルアップダウンによる知識創造があった」と提唱する上で、「西洋において知識がどのように位置づけられてきたか」という変遷を分析していたのが面白かった。

下記はその箇所を読んだ私なりの理解です。

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古くはプラトンが合理論的視点から「感覚を越える形相(イデア)としての知識が存在する」と唱え、それに対しアリストテレスは経験論的視点から「感覚と切り離された知識は存在しない」と唱えた。

その後、デカルトが大陸合理論の視点から、知識にとって重要なのは「全体、分割、順序」が疑う余地のないほどに合理的に思考されていることであると唱えたが、ロックは英国経験論の視点から人間の精神は「白紙(タブラ・ラーサ)」に経験によって書き込まれていくものが知識であると唱えた。

その後、これらの合理論と経験論を統合させる試みとして、カント、ヘーゲルが表れた。

カントは「知識は合理論の思考と経験論の知覚が協働したときにのみ生じる」「人間は能動的に知覚を時間的・空間的に整理し、それらを理解するための道具としての概念も提供する」と定めた。(超越論的観念論)

ヘーゲルは「知識は知覚に始まるが、それは命題とそれに反する命題に向き合うことによって純化され、絶対精神の自己知識に至る」と定めた。(弁証法)

20世紀に入ると依然として西洋哲学の中心的存在であったデカルトの「主体と客体」「精神と身体」を分ける考え方に対して、知識は自己と世界の相互作用の中で生まれるという考え方が強くなってきた。

フッサールは、知識は「現象学的還元」という方法によって得られる「純粋意識」とそれが志向する対象との相互作用を記述することによってのみ可能だと考えた。

ハイデッガーは、人間は何ものかに関係をしているからこそこの世に存在しており、知識と行動の間には密接な関係があるとあると考えた。

アメリカに起こったプラグマティズムと呼ばれる哲学においても、知識と行動の関係を強調した。デューイは「アイデアは、我々が住むこの世界を、いくらかでも再編成・再構成する行動に結びついてこそ価値がある」と主張した。

しかし、このような近代と現代の哲学の論争をフォローすることなく、西洋の企業経営はデカルト的な二元論(主体と客体、精神と身体など)に基づき、考えられてきた。

具体的には、トップがいかに合理的に戦略を生み出し、それを情報としていかに現場に伝達し、実行するかという側面ばかりが強調されてきた。

だが、情報は目的を伴う行動によって初めて知識へと転換される。

企業の発展のためには、現場が実行によって知識を創造し、いかに経営に伝達し、時に戦略へも影響を与えていくというダイナミックな相互作用が必要である。

戦後の優れた日本企業はそのような「知識創造経営」をミドルアップダウンという手法により、実現してきた。

世の中の企業はそのような「知識創造経営」を実践していくべきであり、それは「主客一体(人間と自然の一元化)」「心身一如(知識は心身全体を使ってはじめて獲得)」「自他統一(社会は人間の有機的集合体)」といった考え方をしてきた日本の知的伝統に従うものである。

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このような視点で、企業内のソフトウェアを捉え直してみると、伝統的なエンタープライズソフトウェアはデカルトの合理論的なストラクチャーとインターフェイスを持っているし、ここ数年でスタートアップが生み出したソフトウェアは経験論的なストラクチャーとインターフェイスを持っていると感じます。

しかし、それらの両方の視点を融合・昇華させたストラクチャーやインターフェイスを持つソフトウェアはまだほとんど存在していないように思えます。

また、それらのソフトウェアのほとんどが情報を扱うものであり、そこに行動を伴わせることで知識へと転換し、知識と行動のダイナミックな相互作用を持たらす物もまだ少ないのではないでしょうか。

「知識創造型経営」は日本発の世界で賞賛された経営書ですが、そのいくつかのコンセプトをソフトウェアに実装し、世の中へ届けていくこともまた、私たちの役割ではないか、と改めて感じました。


※書評と言うにはあまりに個人的なカジュアルな内容なので、書籍感想としました。

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