勝海舟に学ぶ!


「山路を登りながら、こう考えた。智に働けば角が立つ。情に棹させば流される。意地を通せば窮屈だ。とかくに人の世は住みにくい」
 夏日漱石の代表作『草枕』冒頭の文句です。「知(智)・情・意」という心のはたらきは、どれも大切ながら、どれかを過分に発揮させようとすると、人の世は生きにくいものになってしまいます。
 昔も今も、変わりはありません。
 この世に生まれてきたからには、何かをやり遂げたい。ささやかでも生きた証を何か残したい‥。そう思って頑張れば、頑張るほど、トラブルに見舞われ、思い通りになりません。
 思い起こせば、私が42才の時、前任者の突然の死去で、私は選挙に出ることになり、思いがけず当選しました。選挙はお祭りと言いますが、投票日までは賑わい、騒々しいわけですが、選挙が終わるとサーと汐が引くごとく、誰も居なくなります。議員のバッチは残りますが、後はすべて一人です。当然、家が政治家ではないのですから、次からどうしたらよいかさっぱり判りません。一人で焦るばかりでした。
 「議員としての勉強も必要。次の選挙に備えての組織や活動も必要」と。毎日、毎日後ろから何かに追われているような心境で、余裕をなくし、休みもとらず馬車馬のようになっていました。
 不思議にそのようなときに、病気になるものです。案の定、翌年の健康検診で、左側の腎臓に「癌」ができていることが、発見されました。
本当にお先真っ暗とはそのときのことです。
 「何でこんなに頑張っている自分ばかり苦労すんだ」「世の中理不尽だ」と恨み、不足の思いだらけでした。
 まだ子どもはまだ小学校にあがったばかりで、ここで俺が死んだら、残された家族の将来はと、思うことばかりでした。
 幸い、比較的初期との診断でした。半信半疑で手術をしなければ判らないなとの思いでしたが、したし、既に当時、医学が進化し、癌も治るようになってきたことから、医師に身を任せることにしました。不安はありましたが、根が楽天的なのかもしれませんが、俺は絶対に治るんだと、務めて考えるようにし、マイナスのことは忘れようと心に決めました。
ようやく手術後に、病を癒やしながら、心の余裕を取り戻すことができました。妻や子どもの愛情や支えを、改めて感じることができたのもそのときでした。
 実はもう一つ心の余裕は、勝海舟の逸話が契機となったのです。
 勝海舟がある日、海軍の訓練所で講話をした。「みんなは首の体操を知ってるかね。ちょいとやってごらん」。訓練生たちは、首を回したり、前後左右に倒したりやって見せました。すると海舟先生いわく「おいおい、もう一つあるのを忘れちゃいないかい。それはね、首をヒョイと持ち上げるのさ。やってごらんよ。いつもより少し高い所から、物事がようく見えるようになるさ」との話しからです。
 その時、自分の行動が、いかに目的意識の無い見通しの利かないもので、日々の仕事や家事にどっぷり浸り込んで、その場しのぎで、受身の生活態度だと感づかされました。
 また同時に、どうしたら「いつもより少し高い所から見る」ことが出来るのかと考えました。なかなか思い浮びませんでしたが、あるとき山に登るには、計画し準備し実行しなければ出来ないのだから、高い所に世の立つためには、目的を持ち、計画、実行すること。つまり実践の活動を行なえば好いことではないかと気づかされ、目から鱗が落ちたようでした。
 以来、心の奥底で、癌再発の不安を抱えつつも、今日まで元気で暮らせるのも、時にヒョィと首を持ち上げて、少し高みから物事を見つめる心の余裕を持つこと出来たからだと感謝しています。

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