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秋の空時計【毎週ショートショートnote】

例年以上に暑い夏が終わった途端、例年になく寒い秋が来た。
地口では『空時計が悪い』と表現する。九月十月の稲刈り月に天候不順が続き、農作業のはかが行かない様を時計の遅れに喩えたものだ。
秋らしい晴れ間は稀で、ぐずぐず渋った曇り空とめそめそ湿っぽい雨空を繰り返し、長い日照りで不作の田畑に追い打ちをかける。昼も夜も外套の要るほど冷え込み、野分に早霜、雪起こしの雷にたたられて、収穫前の作物や仕込んだ苗を駄目にした生産者も多い。

「女心と秋の空おうが。馬に蹴られるぞ」
土地の古老らは環境問題などどこ吹く風、作業の合間に柏手を打ってお山を拝む。
危機感の薄さにやきもきしながらも暦は巡り、ニュースで白馬岳の冠雪が報じられた後、駆け足の紅葉と共に例年通りの晩秋が来た。

「ほれ見い。今年も無事に元の鞘じゃわ」
風花踊る十一月、古老が指す鎌の先でお山は澄ました雪化粧だ。麓へ迫る冬将軍の腕には、機嫌の直った時計が填まっているのだろう。


副題:逢瀬が刻