見出し画像

ドロッセルマイヤー~Drosselmeyer

彼に初めて会ったのは、七歳のクリスマスだった。
「ドロッセルマイヤーおじさんよ、ごあいさつなさい」
「こんばんはクララ。会えて嬉しいよ」
私の遠い親戚らしい。のっぽの背を曲げ、サーカスのピエロみたいにおじぎしたその人は、ママの言うほどおじさんには見えなかった。
だぶだぶのコートにシルクハット、にんじん色のボサボサ頭。服は変だけど、パパが生やしてる口ひげもないし、お腹も出てない。めがねの奥で笑う目は夏の空みたいだった。
「こんばんは、ドロー……」
「おじさんでいいよ。長くて難しいだろう?」
片目をつむったおじさんが、シルクハットを脱いで私の手にかぶせ、「eins,zwei,drei」
ぱちんと指を鳴らしてどけると、手のひらに人形が座ってた。
「僕は魔法使いなんだ。この名前も特別な呪文でね、上手に言えたら願い事が叶うよ」
練習する私の頭をなで、楽しそうに笑ったおじさんは、ママと一緒に他の子の所へ行ってしまった。
もらった人形だけが、おじさんとは反対のしかめっ面で私を見上げてた。

     ***

真夜中の鐘を聞きながら、私は必至に呪文を練習した。
「ドロース…ドロースメイ……」
どうしよう。ちゃんと唱えて、願いを叶えてもらわなくちゃいけないのに。
泣きそうな顔の私を枕元の人形がにらんでる。壊れて開きっぱなしの口。ごめんと謝っても許してくれそうにない。

「くるみも割れないくるみ割り! 役立たずの変てこり~ん!」
おじさんにグラブをもらったフリッツお兄ちゃんが、私の人形を取り上げ、固いくるみを無理にかませて壊してしまった。
「ドロースメイヤ……お願い、この子の口を治して」

呪文が成功したかは分からない。
鐘が鳴り終える頃、私の体は人形と同じくらい縮み、お城ほどに広くなった部屋の中、隣には知らない男の人がいた。
「願い事を自分のために使わなかったんだね」
王子様みたいな服、ぴかぴかの金の髪。枕ごしに頭をなでてくれたその人は、夏空色の目で私をじっと見つめた。
「Drosselmeyer」
「ドロッセルマイヤ?」
「君がもう少し大きくなったら、今度こそ願いを叶えに来るよ」
ママともパパとも違うおやすみのキス。温かくてくすぐったくて、胸がふわふわした。
――翌朝目が覚めると、枕元にはきれいに治った人形が座ってた。


相変わらずしかめっ面のまま、何年経っても魔法は使える様にならないけど。
すっかり唱え慣れた特別な呪文は、もうじき私の名前になる。