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オーロラの棺~Cercueil Aurore

トウシューズに細工なんて、漫画の話だと思ってた。
「あら、どうかした?」
着替えを済ませた夾竹桃の精が不審げな目を向ける。偶然かち合っただけ、犯人とは限らないけど、疑問の声も嘲笑に聞こえてしまう。

「何でもないわ」
早口に答え、つま先に仕込まれたものをゴミ箱へ。――他人の足引っ張る暇に練習しなさい。頭で笑い返してレオタードに着替え、シューズを履く。プリマらしく優雅に、見せつける様に、踏みつける様に。
勝手に妬めばいい。一瞬でも気を抜けば蹴落とされる戦場で、私は百年に一人のオーロラを踊る。

暁姫あき、大丈夫?」
休憩中、親友の香藍からんが声をかけてきた。
「ステップが鈍い。公演近いからって無理してない?」
リラの精役の香藍は、いつも私の変化を察知し気遣ってくれる。舞台の上でも舞台を降りても、本物のリラの精みたいに。
「大した事ないんだけど、変な嫌がらせが」
香藍だって稽古で忙しいのに。血相変えた顔に後悔しても遅い、渋々『嫌がらせ』の内容を打ち明ける。
「……トウシューズにバラの花!?」
「履く前に気付いた。怪我してない」
医務室へ引っ張ろうとする手を止める。香藍の世話焼きはありがたい半面、時々過保護ぶりが重く感じる。
「意味深だな。バラの棘の花言葉を知ってる?」
「バラの花言葉は知ってるけど、棘にもあるの?」
訊き返した声は再開の号令にかかり、返答はもらえなかった。
「向こうは合鍵持ってるね、とにかく用心して」
ぽんと私の頭を撫で、香藍が離れる。すれ違った瞬間、かすかにバラの香りをかいだ気がした。

「違うのよ香藍。だって……」
トウシューズに入ってたのは、オーロラ姫の袖飾り。
「レースの薔薇に棘なんかないわ」

     ***

本番の衣装で臨んだゲネプロ(通し稽古)後、ロッカー室には香藍一人だった。
「思ったより遅かったね」
悪びれずに笑う香藍の手に、ゴミ箱に捨てたレースの薔薇。
「バラの棘の花言葉は『不幸中の幸い』だそうね。種明かしの意味と動機を聞かせて」
「どうしてもりたい役があった」
足元に切り裂いた紫の衣装。差し出す手を払いのける事はできなかった。
「デジレが良かった。リラの精でもカラボスでもなく、暁姫の王子様になりたかったんだ」
指に痛みが走る。傾く視界に、レースに隠れたマチ針の先が見えた。
「必ず目覚めさせるから、それまで待ってて」
倒れた私の傍にひざまずき、囁く吐息はむせる様なバラの香りがした。