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感想文部【毎週ショートショートnote】

「一句うておくれやす」
はんなり円い声に呼ばれ、通りの斜交いへ目を遣る。出逢い茶屋の格子戸に寄り掛かった女が、畳んだ料紙で私を招いていた。
懸想文けそうぶみ売り、地口で懸想文部けそもとめとも云う。懸想文、つまり恋文を模した縁起物を売り歩く行商で、江戸期に京の都で流行った習俗だ。

「幾らだ。今時一文いちもんはないだろう」
一句の一文ひと夜の御伽おとぎ。部はの隠語でもあり、行き着く先は新手の客引きか美人局つつもたせと相場が決まっている。
「へえ。うちは感想文部かんそうもとめですよって、代わりに一文いちぶん頂戴します」
女が広げた紙には、艶めいた手蹟で戯れ歌が一節。
「ええご感想下さりませ、先生せんせ

ええくそ。私とした事が、一文ならぬ一杯食わされた。
『締め切りやけふ締め切りや締め切りや』
脅迫まがいの督促状を掴み、すごすごと逃げて来た原稿の続きに戻った。



副題:一筆啓嬢