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チャリンチャリン太郎【毎週ショートショートnote】

外宮げくうの鳥居に犬がいる。報告を受けた伊勢の大宮司は嘆息しつつ参道を下った。
江戸期に流行した犬伊勢詣いぬいせもうでは、御維新の頃に禁制となっている。
生涯一度の伊勢参りを事情あって果たせぬ者が、飼い犬に奉納金を預け代参させたものだ。始めは忠犬よ神の使いよと道々の善意や寄進に助けられ、務めを果たす犬も多かったそうだが、悪心起こして犬を殺し金を奪う者、犬を仕込んで詐欺を働く者が横行し、過去の遺物と化して久しい。

大宮司が現場へ着くと、果たして鳥居の前に、汚れた白犬が姿勢を正している。
首に結わえた巾着には『太郎』と掠れた墨書がある。飼い主か犬の名かは知れぬが、幾度も盗難の危機を越えたのだろう。紐はちぎれかけ、在所と姓は血の染みに潰れていた。


急ぎ宮へ取って返し、大宮司が神札を差し出す。尻尾を振った犬はワンと一声吠え、透き通って消えた。

チャリン、チャリン。
錆だらけの通宝銭が二枚、アスファルトの参道へ転がった。



副題:犬願成就
着想:十念寺代参犬シロの話より