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腋の薔薇時計【毎週ショートショートnote】※掌編1000字

初めて彼女に会ったのは、パルク・ラ・グランジュの品評会だ。

「薔薇が曲がっていますわ、会長」
1976年、ジュネーブ。品評会の会長就任の祝宴で、友人のアランと飲んでいた私に声をかけ、スーツの胸の花を直してくれたのがマリー=ルイーズ=メイアンだった。
「時計屋さんは、身だしなみも正確にね」
乾杯の際に引っ掛けたか、ピンが外れて腋の辺りまで落ちていたのだ。赤面する私に嫣然と微笑んで去った彼女は、月並みな表現だが、大輪の薔薇にドレスを着せた様だった。
「僕の母だよ」
隣のアランにからかい混じりにつつかれ、芽生えたばかりの恋が叶わない事を知った。
自らも優秀な作出家で、夫の早逝後、薔薇園と年若い跡取りを支える女傑としても名高い彼女に、修行中の時計職人が並び立てるとは思われなかった。憧れと熱情を秘めたまま、彼女の生み出す薔薇を愛でつつ家族ぐるみの交流が続いた。

1982年、会長就任7年目の新種品評会で、マリー=ルイーズが発表した薔薇はあまりにも素晴らしかった。
波打つ花弁が豪奢に重なる濃桃の大輪、官能的なダマスクの香りは咲き進むほどに芳しく、こぼれそうな満開花の堂々たる佇まいは、円熟味を増す彼女の姿そのものだった。
「イブ・ピアジェ。自信作ですの」
満場一致の金賞に輝いた薔薇の名を聞き、年甲斐もなく泣きそうになった。
「美しい……私の知る限り、世界で最も美しい薔薇です」
「まぁイブったら。そんな熱烈な文句で、いいおばあちゃんを口説かないで頂戴」
私の想いを知ってか知らずか、そう冗談めかして微笑んだ彼女は、5年後の1987年に67歳の生涯を閉じた。

――送別の日。彼女と彼女の愛する家族が丹精した薔薇に包まれ、静かに眠るマリー=ルイーズの棺に、私は最初で最後の贈り物を納めた。
ピアジェ・ローズと題したシリーズの試作で、私が部品の生成から組み立てまで手掛けた特別の宝飾時計だ。
深い皴と細かな傷に覆われた、世界で最も美しい手首に時計を填め、彼女が出会いの日に私に触れた腋の上、心臓に寄り添う位置に思い出のイブ・ピアジェを一輪飾った。
濃桃の薔薇色をした文字盤で、二度と蘇る事のない彼女の拍動の乗り移った様に、自動巻きの針は小さな囁き声で時を刻み続けていた。

時計と共に永い恋慕を葬った翌年、私は正式に家業を継いで時計商ピアジェの4代目となり、イブ・ピアジェは40年を経た今なお、ピアジェ社の作品達と共に私の傍らで咲き続けている。


副題:ピアジェの薔薇時計

時計・宝飾ブランド『ピアジェ(Piaget)』に捧げられたバラ、イブ ピアッチェ(イブ ピアジェ)にまつわる物語を、脚色も交えつつ、少し長めの掌編でお届けしました。