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メガネ冠婚葬祭【毎週ショートショートnote】

「どうしても駄目ですか」
半ば閉じた炉前扉に向かって喪主様が仰った。
「申し訳ございません」
型通りに頭を下げながら、内心いら立っていた。納棺、通夜、葬儀中と十回は繰り返した会話だ。
「眼鏡が手放せない主人でした。お骨になる時に無いなんて」
喪主様の皴びた手は年代物のロイド眼鏡を握る。火葬時の金属の副葬は禁じられており、義歯に次いでもめやすい品が眼鏡なのだ。
要望に応え、六文銭の様に紙眼鏡もご用意している。禁止の理由と合わせてお伝えしたが、頑なに蒸し返されるばかりだった。
「度の合わない眼鏡が役に立ちますか。大切な主人の一部なんです」

結局食い下がられ、眼鏡をかけて火葬に臨んだ。
焼き上がったご遺骨には、予想通り溶けた眼鏡が熔着していた。やはりお止めすべきだった。いたたまれない気持ちで頭を下げた。
「……ほら貴方。いつもの眼鏡」
眼鏡をかけた頭蓋を前に、喪主様が仰った。
「よく見えるでしょう。天国まで、気を付けて行ってらっしゃいね」



副題:旅支度