タイムスリップコップ【毎週ショートショートnote】

ニューヨーク近代美術館に新しいカフェが出来たらしい。マニア筋の噂話に食い付き、美食家の僕はマンハッタンへ飛んだ。

ミッドタウン53丁目、彫刻庭園の片隅に転がった卵型のカフェは、外観そのものが現代彫刻的で食欲をそそる。もはや美術は鑑賞より賞味する時代、さぞ美しい味がする事だろう。
「ようこそTSCへ。ウェルカムドリンクです」
端正な髭のウェイターがくれたMoMAのロゴ入りコップには、ダリの時計がはみ出た目玉焼きの格好で収まっていた。
『記憶の固執』の世界を丸飲みできるとは贅沢な。ハエやアリがたかる前にと口を近付けるも、柔らかい時計はぐにゃりと滑って店内を逃げ回る。枯れたオリーブのマドラー片手に壁を泳ぐ時計を追いかけ、時刻を確認しつつ二枚捕獲。さて最後の一枚は――

あぁあった。コップの下でコースター風に寝そべる時計をつまんでゴクリ。
「ご馳走様。次は何を……」
振り返ったウェイターの顔は、舌を出すアインシュタインに化けていた。



副題:drink Dalí