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「ブラインド・マッサージ」

去年の暮れからずっと気になっていた、ロウ・イエ監督の「ブラインド・マッサージ」を見てきた。
作中で描かれる、中国・南京の盲人マッサージ院で巻き起こる人間模様を、一観客としてスクリーン越しに眺めていた、はずだった。

まったく聞き馴染みのない中国語に添えられる日本語の字幕を常に意識して視界に入れながら、素早く切りかわるカットと、目が眩みそうなクローズアップ、明暗の切りかえ、ぼやけといった情報量の多さに、劇場の椅子に座って場内が暗闇に包まれてから、本作はわたしに一瞬の息つく暇さえも与えなかった。
聴覚や嗅覚や触覚といった視覚以外の感覚を研ぎ澄ませて生きる彼らを見ていたら、いつの間にか、彼らの表情や声色や行動の意味を読み取ろうと、自分がじっと目を耳を心を凝らしていることに気づく。そして上映中、目を閉じて映画を「見て」みたりもした。
これらのすべての体験が、視覚障害者の彼らの世界を体感するかのように作られていたことに、圧倒された。

最近はそうでもないのだけれど、少し前まで夜なかなか眠りにつけないことがあった。
眠らなきゃって思いながら、何度も寝返りを打っては、その晩のベストなポージングを探ることにも疲れてきて、やがて真っ暗闇を見つめていると「暗闇」とはどういう状況なんだろうかとか考えはじめる。
電気を消した真夜中の部屋に佇む、机や鞄やパソコンや脱いだままの服たちの姿形を、わたしの目は捉えることができない。
けれど、しばらく経って目が暗闇に慣れてくると、カーテンの隙間からこぼれる外の光が、ものたちの輪郭をわずかに縁取っているのがわかるようになる。
そんなとき、ああ、「ものが見える」っていうことは、その「もの」に光が当たって、それを反射した光を目が受け止めて、はじめて「見える」状態になるんだなあって、理科の授業で習ったようなことを思い直す。
見えない中で見えるものを描こうとするからこそ、目以外のもので見ようとするからこそ、そこにはより立体さを増したものが浮かび上がってくるんだろうなと思った。


「(目の見えない)彼らにとって、目に見えるものは真実ではなく、目に見えないものこそ真実だ」

という言葉が出てくる。見えないからこそ本質が見えるのだったら、反対に、見えるからこそ本質が見えなくなることも否応にしてあるよなあ。
そうなると、目が見える人々にとっても、目に見えるものが必ずしも真実ではあるとは言えなくなる。
目が見えない人々が捉える世界と、目が見える人々が捉える世界は、どちらも世界のどこかの一部分を断片的に捉えているにすぎないという点においては、視覚障害者と健常者の間に違いはないと思った。


それと、これに気を留める人は少ないのかもしれないが、本作に登場する盲人の女性たちが、皆ほとんどメイクを施していないすっぴんに近い顔だったことが印象に残っている(逆に、風俗店の女の子とかはヘアスタイルもメイクもバッチリだった)。
そうか、目が見えないということは、普段日常的に鏡に映る自分の顔を覗き込みながらメイクをするなんてことはないだろうし(リップクリームとかはつけるかもしれない)、するとしても他人にしてもらうのだろうと気付かされた。

己の“美”に嫌気がさした女と、その“美”を一目見てみたいと切望する男の恋愛模様を見ていると、恋愛場面における見た目の役割について考えさせられた。
目が見える者たち同士の恋愛の場合、出会いの第一印象から始まって、時間をかけて相手の人格を知っていくさなかで、「あの人はああ見えて気が小さい」だとか「見た目よりも穏やかな人だ」といったように、見た目と中身の差異の修正を重ねながら、相手への理解を進めていく。
異性ウケを狙った服装やメイクの特集が存在するのも、恋愛場面において見た目の役割が担う一定の重要性が認められた上で、視覚情報での戦いを優位に進めるためであるだと考えられる。
それが、「あの人はああ見えて気が小さい」の“ああ”がなかったら、「見た目よりも穏やかな人だ」の“見た目よりも”がなかったら、彼らの恋愛はどのようにして始まり、どのようにして進んでいくのだろうか。
本作に登場する男女は、われわれと同じように恋をし、愛情表現をし、嫉妬し、失恋して泣いていた。

しかし、作中で、
「きみは僕を愛していないのか」
という問いに、女性がこう答える。
「目が見えない女ほど、愛を見抜くの」

彼らには、「あの人はああ見えて気が小さい」の“ああ”が見えなくても、別の“ああ”を持って相手を捉えているのかもしれない。


「この作品では“見えないもの”を描いた」とロウ・イエ監督が語るように、見えないものに形を与えて、もしくは出力方法を変えるなどして、見えるようにするということが作品という媒体の持つ役割のひとつなのだとしたら、これはものをつくるということの大きな価値である。その力強さを本作の中に見たように思う。


公式サイト
http://www.uplink.co.jp/blind/
予告編
https://youtu.be/GtQ3i5gO5tU

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