「今しかできないよ」

2014-11-27

喫茶店や飲食店という場所は、
数百円の投資で多種多様な人間に遭遇できる
電車内に次ぐ人材の宝庫である。


PM8:23 都内某カフェ

「僕のことはもう話を聞いているのかな?」
「いや、とりあえずスゴい人がいるとだけは言ったんですけど 具体的な説明はまだです」
「オーケー、そしたら僕の身の上の話から始めて詳しく説明していこうか」


オーダーや飲食物の受け渡しをする入り口近くのカウンターから離れ完全に死角となっているテーブルへ、数分前に一度全ての荷物を持って店を後にしたスーツ姿の20代後半の男が再び現れ、先程とは違う二人組の男を上座に座らせる。


「いま大学生何年生なの?」
「自分大学2年っす」
「ハタチか」


軟式野球部に所属しているという、グレーのシャツに深緑のダッフルを羽織り、小さなクランチバッグを小脇に抱え、部活内ではそこそこイジれる先輩といった雰囲気の彼は、バイトの面接を受けに来たかのような緊張した面持ちで私と同じ年齢を答える。

異様な構図と空気に、私の関心は手元のノートから、ふたつ隣のテーブルでの会話に移る。


「僕もずっと野球やっていてね、サードだったんだけど〜…僕現役の頃100m10秒02だったんだけど、でも僕より足が速い奴がいて田口って言うんだけどそいつが9秒98とかで〜…」


相手の在籍大学や住まいの場所といった最低限の情報を拾った途端、この男、主語を僕から変えようとしない。
野球には詳しくないからよくわからないが、要するに僕は凄かった、らしい。
そして野球部の彼には野球については怪我をして休部中であることしか語らせず、
話題は第二章「君たちの年齢の頃の僕はね」


「元々サークルの中では補佐だったから、クラブ借りる手続きとかしていたんだけどそのクラブの人から話を聞いて、自分がバイトで〜万稼ぐのがやっとな中、その人は〜〜でそれっておかしくね⁉︎と」
「新歓では僕が新入生を70人呼んで僕が規模を大きくした」


はい来ました I my me mine 僕ofボク。
かなり自己主張の強い人であるようだが、聞き手ふたりの「すごいっすね!」が彼の自分語りをさらに過熱させてゆく。


「それで自家用ジェットで予約しておいた横浜のホテルの最上階のスウィートルームに降り立って〜…だからその日は一度も地上に降りてないっていう(笑) その日は1日で70万くらい飛んだけど彼女がスゴい喜んでくれたから〜…」
「リムジンで彼女を迎えに行って〜…」
「でもこんな僕でもバイト代の15万は利子に消えて16万の〜も〜で居酒屋でバイトしてても電気代も食費も交通費も何も払えなかった時期とかもあって〜でも今は〜…」


彼の口から語られる急な世界観に、彼の目の前の二人と共に拉致されないように、‘その日は一度も地上に降りてない’は、この話をするときには必ず使う手垢のついたキラーワードなんだろうなと思いながらコーヒーカップに手を伸ばし、冷め始めた360円の薄い抹茶ラテを飲む。

一通りの手持ちの僕話をし終わったのか、真偽の証明のしようのない輝かしい僕を先に見せつけた後、話のターンをやっと野球部の彼に渡す。
話題は第三章「君も僕みたいになれる」


「やりたいこととかってないの?」
「いや、ありすぎて困ってます(笑)」
「うわいいねえ」
「とりあえずオーナーになりたくて、マンションのオーナーとか何もしなくても金が入ってくるような〜…」
「でも今やりたいことっていうのは若いうちしかできないからね〜考えてみてよ、これが妻や子供いますってなったらもうできなくなっちゃうから」


この間、男は一度席を外し、数メートル先のガラス張りの喫煙ルームでスマホを片手にタバコを吸う。
少しのアイスコーヒーと共に残された二人。

「やっぱりあの人すごい人なんだな」
「だろ?しかも老け顔だから30くらいかと思ったら俺らと同じくらいなんだぜ」


「ごめんねお待たせ、どうかな?」
「でも部活もあって来れても週2、3とかになっちゃいそうなんですけど〜…」
「それは全然大丈夫、僕もバイトとサークルやりながらだったし僕にできるんだから…」


そしてその後、断片的に聞こえてきたのは、
振込、40万、一日200円、月5千円でいい、口座持ってるよね?という言葉。
そして何やら白い紙に何かを書かせその紙を鞄にしまい席を立ち別れの言葉を告げ、明日、明後日、26、29、30という単語と、「ありがとうございました」という店員の声、そして二人をその場に残した彼は店を後にし、降りしきる雨の中に消えて行った。
















はいアウトー

これは完全に黒。
そもそも普通の会社員であれば帰宅しているであろうこの時間帯に、ただのごく普通の大学生を相手に営業をしている時点で色々お察し。

大学生活に具体的な不満があるわけではないけれど、なんとなく思い描いていたキラキラした生活と現実とのギャップを少しでも埋めたい、そんな心の隙間に、彼らは入り込んでくる。

学歴へのコンプレックスや将来への不安を抱えている人が騙されるのではと思いきや、これ意外にも部活やサークル内で重要ポストにいるような人や、所謂意識高い系と言われるような上昇志向の強い人ほどターゲットになり得るんじゃないかな。


「僕はすごい人」
「君もすごい人になれるよ」
「こんなことできるの若いうちの今だけ」


とそんな彼らをインスパイアし、夢を謳い、時計やパソコンを買うなどという名目で親から借りられるお金とバイトに励めば手が届くかもしれないと思わせる絶妙な金額設定。
そして極めつけは友達も所属しているからと、知人の頼みであれば断りづらくなる心理を利用した巧妙な手口。

そもそも、‘君たちがやりたい今しかできないこと’を実現できる環境というのは本来自分の手で開拓していくものであり、見ず知らずの大人がポンっと与えてくれるわけがない。

‘今しかできないこと’なんていうのは、
期間限定と同じ刹那主義的思考を煽るだけで、本当は本人にその気さえあればこの先にもできるチャンスは作れることが多いけれど、
‘今やらなくてはいけないこと’は
今この瞬間を逃したら、もう取り返しがつかないよ。








クーリングオフ制度の適用期限終了まで、
あと、7日ーー。














この一連を母に相談したら、あなたは横から断片的な会話を聞いていただけで、現金の受け渡し現場を目撃したわけでもなく、大学生と男の名前もわからないし、男の外見的特徴も定かではないのなら提供する情報の質として高いものでもないし、何より現行犯でないと捕まえられないから、あなたも同じ手口に遭わないように気をつけなさいと言われました。

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