6日ぶりに、外界へ出かけた。
特に、風邪をひいて寝込んでいたとかいうわけではない。
春休みに入ってからというものの、専ら勉強とYouTube鑑賞と家事をして過ごしていたために、わたしの世界は家の中で完結していたのだ。
玄関のドアを開けると、久しぶりの外界は雨に混じって雪が降っていた。鼻の奥がつんと冷たくなった。
美容室へやって来た。
高校時代からずっとわたしを担当してくださる方がいて、今日もその方にお願いした。
さて、美容室で髪を切ってもらっているとき、髪型についての相談や要望などの必要最低限の会話は除くとして、美容師さんと会話をする派かしない派かは分かれるところだと思う。
わたしは美容師さんとの会話をする派である。
今日も、髪型のオーダーをしてすぐに、
「春休みはどこか行ったりするの?」
という、この時期の大学生へ向ける問いとして、これ以上の正解はないだろうというくらいの当たり障りない質問から始まった。
しかし、こういうライトな質問にポンっと返せるような、手頃なイベントが自分の日常の中には見当たらないから、このようにパッと聞かれたとき、わたしは大抵答えに窮す。
「今度、夜から友だちとふたりで会って、ジョナサンで夜を明かすんです。お互いメモ帳を持ってそれを開きながら、最近の出来事や考えていることを一晩中語り明かすんです。その内容を議事録みたいにメモ帳に書き連ねながら。それをわたしたちの中では、“ジョナオール”って呼んでいて、かれこれもう4年くらい定期開催してますね〜〜」
とか、
「今度、友だちと散歩するんです。ひたすらそこらへんをダラダラ歩きながら、最近の出来事や考えていることを語り明かすんです。3時間くらいで2〜3キロ歩いたら、疲れたね、寒いねって言って帰るんです〜〜」
とか、
「あとは、週一で歯医者ですね。前歯の神経の治療がなかなか終わらなくて〜〜」
とか、うーん、なんというか、いや、わたしにとってはそれはそれは充実した過ごし方なんだけれど、でもそれを年に数回会うくらいの、お互い気を遣いながら、気の利いた話題を探りながらちょこっとずつ会話するような関係性の人にそれをいきなり話すのもなあと躊躇ってしまう。
こういうとき、
「3月に卒業旅行でヨーロッパ行くんです!」
みたいに、ポーンって言えたらなあ。「卒業旅行」「ヨーロッパ」とか、わかりやすくて話も広げやすいキラーワードの強さよ。もし相手がヨーロッパに行ったことがなくても、自分が学生時代の頃にどこかへ行った話だとか、今度あそこへ行ってみたいとかって話にもつなげられるもんね。
なるほど、旅行って、行った先での何かしらの体験をするってだけじゃなくて、そもそも「旅行する」という予定そのものが、こういうときの気の利いた話題にもなるのか。
とかいうあれこれが、瞬時に頭の中を駆け巡った結果ーー。
「いや、わたし今日そもそも6日ぶりに外出たんですよ〜ははは」
と返す。鏡の中で、美容師さんと目が合った(ような気がした)。
「え、風邪ひいてた?病み上がり?それともこいぬまさんって根暗なの?」
「……!」
どうやら、美容師さんもこっち側の方だったようで、わたしの根暗カミングアウトによって、会話はこれまでにない盛り上がりをみせる。休日は着る毛布を着て、人をダメにするクッションに埋もれて寝ているらしい。なかなかのツワモノだった。
なんだか、わたしは会話の出だしはそのくらいの明度で来られた方が話せるなと思ったよ。
テレビとかパソコンの画面なんかを想像してね、例えば当たり障りない話題が「ノーマル」設定だとしたら、そこから「明暗」だとか「彩度」だとか「コントラスト」だとかの画質のモードを選択するみたいに、人は相手に合わせて話題の選択をして、相手の反応を見ながらコミュニケーションの微調整を重ねて関係性を深めていくんだなと、人間が関係を築くことの尊さに想いを馳せながら帰宅した。
髪の毛は10センチくらい切ったよ💇🏻
シャンプーもドライヤーも楽チンだぜ。
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