奇経によるものもらい(麦粒腫)の処置
はじめに
鍼灸院において、ものもらいは主訴として来院することは稀だが全身の不調のひとつとして現れやすい症状である。坐骨神経痛や頭痛など来院動機となった愁訴を改善しているなかで、このような不調も同時に解決できることは鍼灸院の魅力であり鍼灸の大きな利点となる。今回は奇経を活用してものもらいを早期に終息する方法を紹介する。
ものもらい(麦粒腫)について
麦粒腫(ばくりゅうしゅ)はまつげの毛包の感染症である。上まぶたと下まぶたのふちや内側に急性で化膿性の炎症が起こる。赤く腫れ小さな膿腫ができる。軽い痛みを伴い、さらに涙目、光に過敏になる、異物感などがある。腫れは2~4日後に破れて少量の膿みが出て終息する傾向にある。ここでは鍼灸の処置によって熱感や異物感を軽減させ症状の早期の解消を試みるものである。
奇経について
鍼灸の古典である『難経』には全八十一難のなかで二十七難、二十八難、二十九難が奇経に関しての記述がある。経絡のなかでも正経に対して奇経という位置づけがあり、これは気血の運行を大河の水の流れに見立てた正経とは別に川の氾濫に備える堰堤(えんてい)の役割をなすのが奇経とされている。
正経は六臓六腑の臓腑に関係するものが十二あり、それらを連絡する奇経が八ある。(ときに奇経の督脈・任脈を重要な位置づけとして正経に加え十四経と扱う古典もある。ここでは十二正経・八奇経という考えとする)
余談だが、正経の十二・奇経の八という数字は、立方体の辺の数十二と頂点の数八と同じである。これは偶然であろうか?筆者は立体(立方体)を捉えるときに辺と頂点の関係、つまり一つの頂点が三つの辺と接点を持つ(連絡する)ということは奇経治療において大きな意味を持つのではないかと感動したのを覚えている。
話しを戻すと、奇経は主に正経の絡穴が使用穴となり、主従の関係から奇経の主治穴を主、関連穴を従として使用することによってその奇経を活用したことになる。(実際の使用例は次項参照)
奇経の扱い
一般的な奇経の処置として施灸することが多い(奇経灸)。ほかにも磁石や異種金属の鍉鍼など使用することもある。
どの奇経を選ぶかは「病症的選経」「奇経腹診」「正経の関連経の使用」などがある。なかでも磁石によるテストにて良い変化になる経穴を該当奇経として確定する方法がある。磁石でのテストの良い変化とは症状の軽減、脈状の変化、奇経腹診の圧痛の軽減などである。
奇経流注は正経を連絡する形で存在している。督脈であれば後渓-申脈という組み合わせになる。主穴の後渓に五壮施灸し、従穴の申脈に三壮施灸する。主従が入れ替わると陽蹻脈を使用することになり、申脈に五壮、後渓に三壮施灸することとなる。(それぞれの代表的病症は割愛する)
奇経の名称と主従で主穴を記載すると次のようになる。督脈(後渓)-陽蹻脈(申脈)・帯脈(臨泣)-陽維脈(外関)・衝脈(公孫)-陰維脈(内関)・任脈(列缺)-陰蹻脈(照海)。さらに奇経八脈の呼称ではないが十二経の残り四脈(四つの組み合わせ)も効果が期待でき奇経として同格の扱いで問題ない。手の陽明(合谷)-足の陽明(陥谷)・手の厥陰(通里)-足の厥陰(太衝)などがそれである。
また奇経の使用経穴は患側に取ることが多い。奇経は即効性が期待できるが持続性に難があるように思う。本治法のアプローチを併用すべきだとは思うが奇経の持続性に関してはさらなる研究が待たれる。
本症例の処置
本症例は主訴とは別に付随する症状としてものもらいの処置を目的としている。先述したようにものもらい単独での訴えは現実的に少ないと思うからだ。そのため主訴の処置の治療量を考慮し全体として患者に過度の負担をかけないように注意する必要がある。(余裕があれば主訴と本症例であるものもらいの共通項や病因・病理が把握できることが望ましい。)
さて、ものもらいに対する処置であるが前項の奇経の扱いにならって処置を進める。まず、ものもらいの患部を明確にし、望診で患部の状態(発赤・腫れの大きさ・目の開口具合など)をよく観察する。さらに問診で患部の熱感やかゆみ、異物感を確認する。脈診で脈状を確認しておく。必要があれば腹診で異常所見も把握しておく等々。
ものもらいの患部を右目上眼瞼部だと仮定する。顔面部の症状は病症的に考えると陽蹻脈、陽維脈、帯脈、手陽明脈、足陽明脈、足厥陰脈などが該当する。流注や病症として脾の変動と考えれば脾経と関係の深い帯脈も候補になる。これらの主穴に磁石のN極をあてる(エレキバンで代用可)。添付後に患部の変化を問診で尋ねたり、脈診で脈の変化を確認する。腹診の圧痛の変化など改善するものを選ぶ。 これら磁石の添付するものは患側なので右ということになる。筆者は脈状を診るのが簡便であるのでもっぱら脈で判断しているが、着目点で場数をこなすとおのおの患部の観察や問診での応答など手応えを感じることも多い。脈診や奇経腹診を身につけることは生涯役に立つのでオススメするが、なくても効果が大きいので奇形灸だけでも実践していただきたい。
この場合、右側の手の陽明という選択となり奇経灸を右合谷5壮、右陥谷3壮という順番で2セット行う(2回繰り返すという意味)。この2セットというのは治療量の問題であり、他の処置があれば治療量を減らすために1セットであったり過敏な患者であれば3壮・2壮という数で1セット行う場合もある。また、異種金属や磁石を添付することもあるが、時間の経過を観察しなければならない。この点はさじ加減が経験を要するので今回のように奇経はお灸をオススメしたい。
研究
奇経でものもらいの処置をして回復が早まったという感想を得たのは枚挙にいとまがない。慢性的なものもらいも比較すると回復が早く軽く済むという。そういう意味ではものもらいが疑われれば奇経の処置を欠かさないほど手応えを感じている。
科学的・医学的な作用機序はさておき、鍼灸古典の再現によって取り立てた侵害刺激もなく早期の回復につながるのであれば利用価値は大きいだろう。
まぶたは五行でいう脾と関連深い。胃腸の働きと関連深いために胃腸の虚弱な人や過剰糖分による胃腸への負担はものもらいを誘発しやすい。また炎症が起こること自体、抵抗力が落ちていると考えることができる。それは気血のバランスが崩れていることにほかならない。
奇経で候補にあがったものは、手足の陽明経や帯脈は胃腸と関連深いものであり、飲食物の過剰摂取によるエネルギー過多と考えれば溢れようとする大河の水を堰堤に逃がすイメージとそのまま合致する。このあたり病因の把握が進めば処置すべき奇経の選択の精度と速度が高まるかもしれない。さまざまな追試によってさらなる解明が待たれる。
参考文献(五十音順)
『経別・経筋・奇形療法』
『経絡治療学原論下巻臨床考察-治療編-』
『難経の研究』
『よくわかる奇経治療』
おわりに
炎症性の症状だけではなく、すべての症状は早期に対処したほうが回復が早いものである。本症例も異物感・熱感を感じた段階で早期に処置したいと思うものである。そのため普段から鍼灸の適応症をアナウンスしておくことが患者・施術者両方にとって有益だと考える。
ものもらいがクセになっているという人や疲れると出てくるという人は特に説明しておく必要がある。ちょっとした処置の追加で根源的な回復につながるのであるから鍼灸師としても予防・早期回復だけでなく未病治という視野まで含めて提案していきたい。見える現象、見えない原因など総合的に判断できるように処置だけでなくその背景から広く理解する視座をぜひ持っていただきたい。これを機会に奇経の活用とそれにつながる研究が進むことを期待する。
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