自分の幸せに責任を持つということ

幸福の自己責任論における自己責任とは自分の幸せに責任を持つという意味です。仕事だって何だって自分の責任でやらなきゃ何も変えられないように、人生だって自分の責任でやらなきゃ何も変えられません。そのため幸福度を高めたいなら自分の幸せに責任を持つことがその第1歩となります。そこで今回は自分の幸せに責任を持つってどういうことなのか考えてみたいと思います。

一般的に自己責任というと「相手がそうなったのは相手の自己責任だから私には関係ない」と目の前で困っている人を見捨てるようなイメージがあるかもしれません。しかしそんなことをすれば後味が悪くなりますから自分を大切にしていることにならないし、自分の幸せに責任を持てているとは言えません。

他にも自分の幸せに無責任となるパターンとしては夫婦関係における「私があなたを幸せにする代わりにあなたが私を幸せにして下さい」という相互依存や、親子関係における「親のせいでこうなったんだから自分ではどうすることもできない」という他責傾向などがよくみられます。まぁ相手からの奉仕により愛情を実感できたり、自分以外の何かの責任にすることで自責感を弱める効果がありますから、これらは心が弱っているときには有効な自己防衛戦略となります。

でも幸福の自己責任論はどちらかというと身を守る必要がないときや前に進みたくなったときのための方法論です。その中で基本的に過去と相手は変えられないから未来と自分を変えていきましょうというスタンスをとります。そのような視点から相互依存におけるお互いを幸せにするという約束は非常に難しい取り組みだし、親のせいだという過去の話も今更どうしょうもないことと考えます。過去や相手という変えられないものを変えようとする時間と労力を、より変えやすい自分と未来に注いだ方が早いですからね。まぁそう簡単には割り切れたら苦労しない訳ですが。

次に責任の範囲について考えてみます。幸福の自己責任論で後味を重視するのは心はみんな繋がっているものと考えるためです。大なり小なり差はあれど人は誰しも相手が嬉しいと自分も嬉しくなり相手が悲しいと自分も悲しくなるものです。もちろん心のゆとりや関係性などにより共感度は異なりますが、心と心の間には何らかの繋がりが存在することは疑いようのない事実です。そして心が繋がっているからこそ後味には相手の心情も含めた結果が反映される訳ですね。そのため後味を良くしたり本当の意味で自分を幸せにするためには周囲を巻き込んで幸せになっていく必要があるということです。

ただしドーナツのように周りだけを大切にして自分の幸せを放棄しているとやがて疲れてきて心のゆとりがなくなり、反って周りを大切にできなくなります。これが自己犠牲の罠ですね。反対にいつも自分の後味を最優先していれば心のゆとりを保てるので、いつでも周りを大切にできます。要は自分も周りも大切にするような後味の良い毎日を続けるためには心のゆとりが不可欠なので、あえて自分を最優先しましょうということです。後味には心の繋がりを通して周りの心情も反映されるので、自分の幸せに責任を持つだけで自分も周りも笑顔になっていくんですね。まるでシャンパンタワーのようにです。

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精神科臨床の場面で思うことや感じることをたまにnoteにまとめようかなと思います。