プロデューサー人材についての考察

職種としてのプロデューサーではなくて、職能としてのプロデュースが出来る人は公募しても殆ど意味が無いです。募集しても職種としてのプロデューサーになりたい人しか来ませんが、自分で自分をプロデューサーと認識したがってる時点でその人にはプロデュース能力は無い可能性が高いからです。
真のプロデューサーは他の人がカバーできない全ての事を引き受ける事でなに屋さんだか分からない人になっていて、本人もそれを苦にもせずむしろ気に入ってる節があり、最初はあまり評価されないのですが、他人が負いたがらない責任を負い、リスクを引き受けているうちにだんだん欠かせない人になり「気がつくと」周囲も「プロデューサー」としか呼びようが無くなるんだと思います。
真のプロデューサーは「なる」ものでなく、ある状況が「生む」ものだと思います。
なのでプロデューサーが必要な組織は、既にプロデューサーたる人が現在抱えているよりも更に大きくな問題を生み出して、そのプロデューサーが切実に必要な状況をつくる事が先にあるべきです。
プロデューサーはその種の「問題」に敏感ですし、つい「解き方」を考えてしまいますし、「解き方」が見えると、自分で解きたくなるものです。
ふさわしい問題設定が出来、伝えたいプロデューサーにその問題を伝えられれば、場合によっては向こうからやらせてほしいと入ってきてくれます。それがプロデューサーなんだと思います。
そしてプロデューサーはそもそもマネジしようの無い存在なので、組み方の設計に最悪の場合すっきり排除可能な仕組みを組み込んだ上で(ベクトルがずれたプロデューサーは本来政治的生き物であるが故に組織防衛上最悪の内部破壊者になる可能性があります)、問題を丸投げしないとしょうがありません。そもそもそういう状況でしか機能しないのがプロデューサー人材です。
まとまりが無くなって来ましたが、プロデューサーは育てられませんし、公募も出来ません。出来るのはプロデューサーが生まれる最適な状況をつくる事、別の課題に取り組んでるプロデューサーが「浮気」したくなるほど「めんどくさく」「難易度の高い」問題を用意する事。そしてそれらを「自分が思いついた問題だ」と思ってもらえるようにする事だと思います。
ちょー難しいですよね。ニントモカントモ。。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?