パワー歴25年のライターが解説! 五輪ブレイキン男子HIRO10とSHIGEKIXの敗因?_採点基準のモヤっとポイント

パリ五輪で初めて採用となった新種目ブレイキン。女子ではAMIが初代女王となり大きな盛り上がりを見せています。

一方で男子では、採点基準について物議をかもす状況に。
予選ではhiro10が誰よりも豪快なパワームーブを次々と決めるも全バトル大差をつけられての敗退となり、3バトル目終了時には会場から大ブーイングが起こりました。TBSの切り抜き動画はすでに100万回も視聴されています。

SHIGEKIXの準決勝、3位決定戦の結果についてはブレイキン応援団長であり、日本のブレイキン黎明期のトップチーム「エンジェルダストブレイカーズ」のメンバーでもある岡村隆史さんのフジテレビ解説や、世界大会「BOTY」の昨年度日本代表であるクルー Foundnationが運営するyoutubeチャンネル「FLAVA JAPAN」(チャンネル登録者数8.86万人)の同時視聴解説でも、え!なんで?!という腑に落ちないリアクションが見られました。

ブレイクダンスをやっている人にとってもすぐには受け入れられない今回の結果。一夜明けてみて、改めて、要点を整理してみたいと思います。

執筆者PROFILE
2000年からクルクル回る「パワームーブ」主体でブレイクダンスを続けています。解説をしていたケンタロウさんと同い年の37歳。

五輪とそれ以外の採点基準

今回の騒動の発端は「採点基準」です。
まず、五輪種目になることが決まってから急ピッチで作られた採点基準と、元々カルチャーとして存在するブレイクダンスのイベントでのジャッジ基準の違いからおさらいしていきましょう。

カルチャーとしてのブレイクダンスのジャッジ基準

BC ONEをはじめとするカルチャーイベントでは3~5名の奇数のジャッジが勝ったと思う方に1票を投じ、票数の多かった方が勝利します。

BCone 2021より

重要なのはジャッジのラインナップ
当然、ジャッジの好みや主観が出るので、hiro10みたいに回転を得意とする人、フットワークを得意とする人、総合力の高い人など、特徴をばらけさせてジャッジを揃えることが多いです。
また、住んでいる地域や、所属するコミュニティ・クルーの系譜などもある程度意識して選ばれる傾向があります。
日本国内では、一昔前は関西と関東でバチバチだったので、東西のバランスを見るケースもありました(笑)。五輪のヘッドコーチKATSU1さんは溝の口、サブヘッドのNARUMIさんは京都ということで、2トップが東西から選ばれているのもその名残だと思います。

話がそれましたが、まとめると、
ジャッジ自身が好む動きやスタイル、さらには属するコミュニティや系譜なども意識して3~5名が選定され、フィーリングで勝敗を決めるのが従来のやり方です。

五輪の採点基準

スポーツになる以上フィーリングで決めるわけにはいかないということで、急遽作り上げられた五輪用の採点基準は以下の通り。

「技術性」「多様性」「完成度」「独創性」「音楽性」の5項目で対戦者2人を相対的に評価して、ジャッジ1人1票としてカウントされます。

ジャッジの選定基準については……わかりません。アジア、ヨーロッパ、アメリカなどの地域や、男女、などはある程度考慮したように見えますが……。一つ言えるのはレジェンド級の経験値を持つ方ばかりで、世代がアラフォーに集中している気がしました。

五輪の採点基準の欠点は「項目」と「相対評価」

五輪の採点基準のどこにモヤっとポイントがあるのか、それは「項目」と「相対評価」の2点です。
詳しく見ていくために実際の採点結果をいくつか取り上げて解説していきたいと思います。

赤SHIGEKIX VS 青hiro10

SHIGEKIX対hiro10の2ラウンド目の結果です。
技術だけはトントンです、二人とも世界トップレベルのスキルを持っているのでこの結果は納得です。

問題はそれ以外の4項目。この二人間で比べれば「比較的」強いSHIGEKIXが軒並み勝っています。
この結果だけを見ると、SHIGEKIXは表現力や独創性、音楽性が高い選手のように見えますね。

では続いてSHIGEKIXが負けた準決勝を見ていきます。
独創的なムーブを次々と繰り出すフィルウィザードとのラウンドの結果です。(例として第2ラウンドを持ってきたのですが、全ラウンドこのバランスです)
hiro10戦では獲れていた表現、独創性の部分、そして音楽性を軒並みフィルウィザードに持っていかれました。

赤SHIGEKIX VS 青PhillWizard

項目の不条理 

筆者はここに「五輪はどういうダンサーを勝たせますよ」というメッセージが表れているように感じます。

どういうことか?

SHIGEKIXのように高難度の技を次々と正確無比に決めるタイプは技術と出来栄えの2項目で票をとることができます。(hiro10のような技術超特化型は「技術」の1項目しかとれません。)

一方でPhillWizardのように音に合わせて身をゆだねて、自分だけの動きを披露するタイプは、「表現」「独創性」「音楽性」の3項目で票をとることができます。

得意分野次第で、とりやすい項目数が1~2項目になることもあれば、3項目になる人もいるなんて……。

PhillWizardみたいなタイプに有利過ぎませんか?

表現と独創性、音楽性は3つあわせて1項目でも良かったのでは?
と思ってしまいます……。

音楽に合わせて、踊りながら凄いことをやるのがブレイキンの醍醐味と定義するならばですが、この5項目はバランスがおかしい。

極論を言ってしまえば、音に合わせて独創的な踊りを高次元で披露する創作ダンスの方やヒップホップダンスの方が、「自分はbboyだ」と主張して出場してきた場合、勝ち上がってしまうのでは? 

どうすればSHIGEKIXは勝てたのか

SHIGEKIXの優勝は「無理ゲー」だったのでしょうか。
実は「FLAVA JAPAN」の解説で、試合前にこんなことが話題にあがっていました。

「シゲちゃんは五輪用に新技隠してるのかな」

そうです。ポイントは新技です。
しかも、既存の技で彼が今までできなかった技ではなく、世界で誰もやっていないような新技。
難易度の高低ではなく、「誰もやっていない」ことが重要です。

例えば、既存の技で最高難度の技として「リアルワンハンドエアー」という誰もが認める最高難度の技があるのですが、それを繰り出しても、点が付くのは「技術」です。

SHIGEKIXは元々技術は満点級なので、繰り出したとて……この採点基準では……です。

一方で、そこまで難しくなくても、世界初の技であれば「独創性」をごそっと持っていくことができます。見たことない回り方や止まり方をあと2~3用意していれば優勝していたのかな、と思います。

でもそれは自分らしさに反する?

女子金メダルのAMIをはじめ、代表選手全員が「自分らしさ、自分なりのかっこよさを追求することの大切さ」を語っていたことは皆さんの記憶にも残ていると思います。
票をとるために「納得のいっていない新ネタを出す」なんてことを、彼ら彼女らはしません。
納得いく新ネタの開発が間に合わなかったのかも知れませんね。
でもそれはどれほど大変なことか。

相対性の不条理

続いて相対性についても触れていきます。
先のhiro10対SHIGEKIXでも少し言及済みですが、これはわかりやすいですよね

青hiro10 VS 赤ライシン

予選Aブロックの2バトル目、hiro10と中国選手の結果です。
まるでライシンはダンス性に特化したダンサーのような結果になっています。ライシンもスキル寄りなのに。

音にあわせてノリノリに踊っていたジェフローやダニーダンと比べれば、全然音楽性に長けたbboyとは思えないライシンが、「音楽性」「表現」「独創性」で軒並みhiro10を上回っています。

二人を”スキル寄りか表現寄りか”で見た場合、私見ではこんな感じのバランスでした。

hiro10_スキル10表現0:ライシン_スキル8表現2

どっちもスキル寄りだけど、この二人を相対的に見たら表現関連の3項目は全部ライシンが上回り、ライシンの圧勝になってしまうのです。

hiro10に比べたら勝っている」だけなのに、5/3項目で勝ててしまう評価基準て……。

もう一つ。
「完成度」の項目も理不尽な要素を含んでいて、hiro10くらい負荷のかかるパワームーブをすれば、ちょっとブレたりミスをするリスクは格段に跳ね上がります。
そのリスクを乗り越えても加点する仕組みはなく、ブレたりぐらついた場合に減点する要素だけを有する項目。
ライシンも難しいことをやっていたので、このバトルに関してはそこまで不公平ではないけど、例えばジェフローやKUZYAのようにパワームーブはあまりやらず、ダンス要素が強い相手と比べたら不利になりますよね。

hiro10が五輪で得票するために

タイプ的に圧倒的に不利なhiro10が五輪で得票するためには、先ほども話題に挙げた「世界初の技」など、独自性が重要になってきます。

ビクター戦で見せたワンハンドエルボーエアーの連発などは、インスタの練習動画などで同じレベルで成功させている人は世界に数名いるけど、実戦の場でほぼ確実に成功させているのは彼だけです。
でも彼「独自の技」ではないので、独創性にはつながらない。彼しか実戦で成功させられないのにですよ。

タイミングをあわせてあるので気になる方はぜひ動画をご覧ください。

あとこれに関しては彼しかできない技のはずなんですが、

ヘッドスピンから片手で持ち上げて反るオリジナルフリーズ

これをバッチリ決めて独創性がつかなかったのは疑問です。彼以外に世界でこのフリーズをする人はいません。タイミングあわせてあるので気になる方は是非動画を。

片足を掴んだままとか、そういうのは好みじゃないはず

そもそもhiro10のような超ハイクオリティで回るタイプのパワームーバーは、見たことない形で回ることより、ド迫力で回るのが好きなはず。
ここで一つ問題があって……

ド迫力で回れる動き≒すでに存在する動き


であり、見たことない新しい動きとなると、おそらく回りにくくて迫力を出しづらいものになってしまう可能性が高いのです。
それは彼の美学に反してしまうのでしょう。

そうなると、
「今のルールで自分らしく勝つにはどうすればいいんだ? 無理じゃね?」
ということに。

五輪の涙はそういう感情から来たのかと思って見ていたのですが、実際のところは本人にしかわかりません。

Victor戦のラストムーブは採点放棄だった?

非常に視聴回数の多いhiro10のラストムーブ。
コメント欄ではどう見てもhiro10が勝っているだろという意見が相次いでいますが、実はあれは半分採点を放棄したムーブになっています。

「同じ技を2度やると評価されない」に該当

ライシンとの1ラウンド目で、おそらく勝ちにいくつもりで出した切り札の一つ「低空エアー」をあえて、vicctorとの最後のラウンドでも出しています。
ライシン戦の低空エアー(タイミングあわせてます)

Victor戦での低空エアー(もちろんタイミングあわせてます)

低空エアーは彼一人の技ではありませんが、できる人がかなり限られるエアーの高難度アレンジで、「ネタ」としてカウントされます。
そのため同じイベントで二度出すのはご法度。
あえてそれをやったのは、採点基準への抗議のように見えましたね。
ブレイクダンスをやっている人たちは全員そのことには気づいているので、2ラウンド目は仕方がないと思っています。でも1ラウンド目で勝てなかったのはやはり疑問。

五輪にアーバンスポーツが導入された背景から考える

NHKのこちらの記事から借りると

なぜ“アーバンスポーツ”がオリンピックに加わったのか。
そこには「伝統的なスポーツだけではオリンピックは生き残れない」と、大会の斬新な改革に取り組もうとするIOC=国際オリンピック委員会のねらいが見え隠れします。
あるIOC委員はこう指摘しました。
「伝統的なスポーツだけではオリンピックはこれ以上、生き残れない。厳しい上下関係やヒエラルキーが根強いスポーツばかりでは若い世代はついていけない。アーバンスポーツは上下関係がフラット。『かっこいい』『楽しそう』そう思えるところに価値がある」

東京オリンピック=“アーバンスポーツ元年”(NHK)

若い世代が見て「かっこいい」「楽しそう」と思える競技を導入することが目的だそうです。
そうであるなら、HIRO10やSHIGEKIXのように、わかりやすく凄く派手な技を決めたbboyがもっと得票できる仕組みでも良かったですよね。
技術40、音楽性30、独創性10、完成度10、多様性10くらいの配分とか、
あるいは各項目を10点満点にして合計値で判断とか。

カルチャーの判断基準の場合

カルチャーの判断基準の場合、ジャッジ個々のフィーリングで判断されるので、「会場の空気」や、「この正念場のタイミングで決めてきたか」といった展開、本人の好みや感想なども大きく影響します。
例えば、hiro10がワンハンドエルボーエアーを連発したり、SHIGEKIXが勝負所で1990→エアーチェアー(PhillWizard戦の2ラウンド目で出したウルトラ高難度ムーブ)などのクラッシュリスクが極めて高い技を決めた場合に、会場の空気やジャッジの心が動いて、バチっと決めたほうに票が入ることがよく起こります。
↓1990→エアーチェアーの該当箇所にタイミング合わせたので気になる方はぜひご覧ください。これ決めたらほぼ勝ち確では?というトリックです。

カルチャーでも苦い経験をしたSHIGEKIX

ここまでの話の流れ的に、カルチャーの大会であればすごい技を決めればしっかり勝てるという結論になりそうですが、そうとも言い切れません。
フィーリングジャッジだからこそ、凄い技を決めるかどうかというより、会場の空気が重要だからです。

実はSHIGEKIXがカルチャーのイベントで独創性や表現力豊かなbboyに会場の空気を持っていかれて負けた有名なバトルがあります。
カルチャーの世界大会Redbull BCone2020を制し、2連覇を目指して挑んだ2021年大会、ベスト8で事件は起こります。

相手は超ベテランのFlea Rock

1ラウンド目では日本のbboyであるSHIGEKIXに対して刀で切るジェスチャーで挑発してから、往年のシンプルなヘッドスピンで魅せます。何も変わったことはしていないシンプルなヘッドスピンだったのですが、超ベテランのFlea Rockが堂々とヘッドスピンを披露したことで会場は大盛り上がり。
彼がやったことに意味がありました(なんだそりゃ)。

続く2ラウンド目では自国アメリカの武器である「銃」で撃つジェスチャーでこれでもかというほど挑発し会場は爆発。
五輪のような5項目の総合点ならどういう結果になったかわかりませんが、フィーリングでどちらかに挙げる以上、ここまで会場の空気を支配したFlea Rockにあげるしかないという空気でした。
↓銃のジェスチャーにタイミングを合わせておきました。

これはあまりにも特殊なケースなので、どうしようもなかったと思うんですが。こういうハプニングはカルチャーの良い所です。
コメント欄を見ると世界中のbboyが双方に対して賞賛を送りつつ、自身の解釈を投稿しています。

完璧な判断基準はないけれど

つまるところ誰もが納得するような、完璧なジャッジ基準なんてないのですが、オリンピックは世界中の一般の方が注目する特別なイベントです。
もっと公平性を担保した基準を作ることはできなかったのかな?と思ってしまいますね。
今の基準だと、何か一つ突出しているタイプのbboyにスポットが当たりません。

最後に、ブレイクダンスに興味を持ってくれて、たまたまこの記事にたどり着いた方に向けて、
1対1だけではなくクルー対クルーの面白さも知ってほしいので、おすすめ動画を1つ貼っておきます。

日本代表をかけた決勝戦で、12:02に日本のブレイクダンス界で知らない人はほぼいない奇跡の名シーンがあります。(奇跡の30秒前に設定しました)
さらに、左側のグレーのタンクトップが五輪で解説をつとめたケンタロウ、8:40から五輪女子で日テレでスタジオ解説をしていたTaisuke、右サイドでは7:13からyoutubeチャンネル登録100万人近いメトロンブログが赤チェックシャツで出ています。
※追記:最近バチェロレッテ出演で話題になったYOUYAも4:10から出ています。

個人対個人だと総合力や体力のある人しか勝ち残れないけど、クルーバトルでは尖ったbboy達も多数活躍しており、そこも見どころです!

色々物議をかもす盛り上がり方になってしまいましたが、今回のパリ五輪がきっかけでブレイクダンスファンが増えていくことを願っています。

追記でもう一つ、一般の方も楽しく見れる動画を投稿してくれている革命前夜という方もご紹介しておきます。
独創性や多様性などPhillWizardにも引けを取らず、技術もしっかりあって、ヲタクダンスクルーでyoutubeチャンネル登録数76万人のREAL AKIBA BOYZの「あつき」と瓜二つです。もしかすると同一人物かも知れません。
再生回数100万超えの動画も多数出しています。
ダンスで世界一をテーマに活動されているのですが、今回の審査基準にあてはめると、あながち日本で一番優勝に近いのは彼だったのかも?と思ってしまいました(笑)。


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