チルアウトとエナジードリンク

車で5時間。息子の住んでいる街まで、2泊3日の引っ越し作業メインの小旅行をすることになった。

コロナ禍で旅行もままならない頃だったので、夏休みにどこにも行けない娘も連れて一緒に出掛けることにした。車の中で息子は口を聞くことはなく、娘は長旅に退屈そうにしていた。途中のサービスエリアで休憩しながら、少しでも気が紛れることを期待した。

息子は食事や軽食をとってもすぐに車に戻りたいと言う。久しぶりの遠出にもかかわらず、家族みんなの空気はどことなく重い。娘もそんな雰囲気を感じ取ってか我儘も言わず、車に乗り込んだ。

朝早くに出立したので、昼すぎには彼の学生寮に到着することが出来た。学生寮の駐車場には海外からの留学生の姿があった。大きく逞しく、健康そうな彼らを見るとまぶしかった。運動部生らしい彼らは焼け付きそうな駐車場のレンガの上になぜか裸足で立ち、同郷の学生と大きな声で話をしていた。彼らの会話は聞いたことがない言語だった。

そんな彼らの様子を横目で見ながら、覚悟を決めて息子の部屋に向かった。写真で事前に見せてもらっていたとはいえ、入った瞬間に夫と絶句した。
真夏の散らかった狭いワンルームは息が詰まるうえ、身動きが取れない。

まずは取っていたホテルに向かい、チェックインし作戦を立てる。
そこで引き上げや清掃に必要なものを揃えることにした。コロナ禍で連泊しても格安だったので、夫は1泊で大丈夫だと主張したが、私は念のため2泊で予約をしておいた。

近所のホームセンターで必要なものを買いそろえていく。トイレや浴槽は見ていなかったが、間違いなく汚れていることを想定し、掃除用の強力な洗剤類、雑巾などを購入した。掃除機が壊れていると息子が言うので、一番安い掃除機も購入した。持ち帰る荷物のためのダンボールやごみ袋、ガムテープなども購入し、車に押し込んだ。

そうして1日目の夜を迎えた。夜ご飯は鳥貴族に行くことにした。我が家では珍しく居酒屋に行くことに、息子も娘も少しテンションが上がった。娘と私は食べたいものをどんどん頼み過ぎて、お店の人が「お持ち帰り出来ますよ」と心配顔で気遣ってくれたが、ぺろりと平らげた。帰りにはコンビニでアイスを買い、ホテルに戻った。明日に備えてしっかり休もう。

翌朝からは夫と息子が掃除をする計画だった。
娘と私はホテル近くのデパートでウィンドーショッピングしながら待つことにした。せっかく遠出したのに観光すらできない娘に申し訳なかったので、二人で美味しいランチバイキング料理を頂くことにした。

コロナ禍でもやっと色々なことが解禁になりつつあったが、やはり感染は怖い。あちこち行きたかったが、結局ランチの帰りにホテル付近のスタバでフラペチーノやスナック類を買ってホテルに戻った。

帰ってくるなり夫から「バトンタッチしてほしい」という連絡が入った。息子が動けなくなったので、ひとまずホテルで休ませることにしたと夫。息子は、運び出す荷物を仕分け、トイレの掃除をしたところで力尽きたようだった。

息子と私が交代して部屋の片づけに戻った。夫がずいぶん頑張ったので、床はずいぶん見えるようになったが、空き缶やペットボトルのごみを仕分けるのに悪戦苦闘していた。夫に掃除とごみのどちらをしたらいいか確認し、私は水回りの掃除を引き受けることになった。汚れを強力に落としてくれる洗剤で、換気扇、風呂場、トイレなどの掃除を仕上げていく。

床を支配していたものがなくなったので、開閉できるようになったクローゼットを開けてみると、寮に引っ越した時に持たせたままの洗剤がそのまま並んでいた。コロナ禍で入学式もなかったあの頃、買ったばかりのスーツは一度も袖を通すこともなくバッグに入ったままだった。

年末に帰省し、自宅から持ち帰ったエコバッグには、使われた形跡もなくポーチや筆記用具が入ったまま床に散乱していた。

カビが生え、何かがこびりついた皿やコップ類は捨てることにし、何かを煮炊きして吹きこぼれて汚れたガス周り、油が飛び散った換気扇からやっつけることにした。

こびりついていた換気扇や水回りの汚れも洗剤のおかげで想定よりも早くスッキリ綺麗になった。ユニットバスを掃除し終え、私は夫が苦労しているごみの分別作業を手伝うことにした。テレビの前には、弁当の空き容器やペットボトル、何かが入っていたであろうビニール袋が散乱していた。一つずつひろってごみ袋に入れていく。

ふと目に留まったのは、当時息子が眠れないと電話をくれたときに私が送ったチルアウトの缶だった。その横には見慣れないエナジードリンクの空き缶があった。奥にはピーナッツバターの空き容器が3つ転がっていた。

彼の生活はいったいどのくらい乱れていたのだろうか。
眠れないからチルアウトを飲んで、その横にある睡眠導入剤を飲んで眠りにつく。そして朝起きられないからエナジードリンクを飲んで、食欲がないからピーナツバターをなめて過ごしていたのか、と想像すると涙が止まらなくなった。私は、嗚咽を漏らしながらそれらもごみ袋に入れた。

大量に置かれていた書類を分別すると、光熱費などの請求書が束になって出てきた。2か月前にはバイト代が数か月分まとめて40万円弱入ったので、安心してくれと聞かされていたのに。仕送りも送っていたのに。どうして。責め立てて叱り飛ばしたい気持ちを抑えて、まずは作業を進めていくことに集中した。

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