子どものSOSに遭遇した日のこと

1年半前の暑い夏。当時大学3回生だった息子から突然「死にたい」と連絡があった。
話しの脈絡も関係のない突然の告白に私は大いに戸惑った。

息子の性格は、元々深刻に物事を考える方ではない。どちらかというと「なんとかなる」「大丈夫、大丈夫」とおおざっぱに人生を歩んでいるような子だった。

そんな息子が寂しそうに笑いながら、電話をくれたときには思わず絶句した。

夫に相談したら「おかしいぞ、あいつがそんなことを言うはずない。すぐに迎えにいくぞ。」と私の背中を押した。私の住む県から息子の住んでいるところまで、車で片道5時間。行く時間も惜しいので、2時間の隣県まで息子には新幹線で来てもらい、翌日そこで合流することにした。

コロナのせいもあって5か月ほど会っていなかった息子。久しぶりの再会の印象は、明らかにしんどそうな姿。痩せていて、視線が合わない。ずっとうつむいたままだった。

帰宅して心配した母(88歳)が「とにかく好きなものを食べさせよう」と近所の定食屋に連れて行ったが、いつもよりも食欲がなく「とにかく寝たい」と言う。

車の中でぽつりぽつりと一人暮らしでつらくなったときのことを話す。
「自殺マニュアルを買った」
「もうどうでもよくなって」
「バイトをやめて、勉強頑張ったのに課題提出期限を忘れていて、単位を落としたんよ」
「お母さんたちに申し訳なくて」
「お金もないんよ」
「住んでいるところから見える夕日を見ながら、死のうか迷ったけどあまりにも夕日がきれいで、ちょっと思いとどまったんよ」

そんなことをつぶやいている息子に「頑張って帰ってきたね、少し休もう。2週間くらい休んだら回復するかもよ。」と言い、その日から夜間はしばらく私がそばで眠ることにした。

どこかに行ってしまわぬように、自分をこの世から消そうとしないように。
側で寝息を立てている息子を見ながら、私の眠れない夜が続いた。

翌日、学校に電話したが、担当の方は「カウンセラーは予約制で空きがないと受けられません」などと悠長なことを言う。つい「本人が死にたいと漏らしているのに、私はいつまでも待てないです。」と私も語気を強めてしまう。モンスターペアレンツだと思われても構うもんか、とにかく学校ではどんな風だったのか知りたいのだ。

学科の教員と話は出来たが、「普段通りでしたよ」「何があったんでしょうね」「成績は落ちてきていますね」「学校も遅刻が多いですよ」などと期待した返事は帰ってこなかった。大学は人数が多いのでそりゃ一人一人のことまでは把握していないよね、と大学に回答を求めるのはあきらめ、休学に関する手続きはどのようなものがいるのか確認だけして電話を置いた。

それから大学の学生寮に住んでいた彼をよく知る管理人さんにも話を聞くことにした。管理人さんは、優しい方でいつも良く息子のことを教えてくださる。もしかしたら何か普段と違うことを教えてくださるかもしれない。
そう思って、連絡を取ってみることにした。

「Tさんはいつも通り元気にされていましたよ。私たちがネット回線をつなぐのに困ったら親切にしてくれて。」と穏やかな口調で息子のことを話してくださる管理人さん。少し間をおいて「でもね、ご本人の了解も得ず話すのは気が引けるんだけど」と前置きをして彼の生活について話してくれた。

「普段は身なりもきちんとしているし、挨拶もしてくれる爽やかな青年って感じなのよ。でもたまたま消防点検でお部屋に入ったときに、ちょっと危ういな、って思ったのよ」とおっしゃる。危ういとは?どんな状態ですか?と聞いて、彼の部屋の写真を送ってもらった。

玄関にまで洗濯したのかわからない衣類やペットボトルが転がり、そこには足の踏み場もないほどものにあふれかえっていた。当然床はまったく見えない。キッチンには食器が洗われずに溜まっている。ごみも書類も、何もかもが床に散らばっていた。

管理人さんは「私も沢山の学生さんを見てきたので、わかるのだけど。お部屋の状態がすごいのに、私たちに会うときには身なりがきちんとしているのが逆に心の状態のバランスが崩れているような気がするのよ」と言う。ここまで乱れてしまっていると、精神的な病気があることが多いと、ご経験から話してくれた。

夫と息子と話し、まずは休学し体と心を直すことから始めることにした。休むにしても家賃がかかることも管理人さんが教えてくれたので、翌週に家族で彼の部屋を引き上げに行くことにした。

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