退職するから、旅に出た ~ 0日目

それは2019年11月末の出来事だった。
会社の業績不振と規模縮小に伴い、それまで勤務していた事業所が閉鎖となることから始まる。

「ちょっと来てくれないか」

本社で総務の管理職から会議室に呼び出された。
昨年の今時期は呼び出されてもボーナス支給額(寸志程度)の話だったけど、今年の経営状況からしてそれはないだろう。
なんせ閉鎖となる事業所は自分を入れて5人しかいない、小さな物流拠点が主たる業務の工場だ。
品質保証所属の自分は本来いなくてもいいのだけれど、パート勤務の部下が働いてくれていたので、彼女の退勤後や休暇時に検査工程を交代するために働いていた。
もちろんここで担当している製品に不具合があったら真っ先に動くためでもある。でも協力会社様や同僚、部下のおかげで特になかったのだけど。

「とても申し訳ないのだけど、12月25日付で退職してくれないか。」

この事業所の閉鎖が言い渡されてからの数週間、常に求人サイトで転職先を模索していた(なんなら1社応募していた)ので、個人的には渡りに船である。
ただ、そのまま退職に応じるのもつまらない。

「いいですけど、この場合、ちゃんと会社都合退職になりますよね?」
「君ならそう言うと思って、ちゃんと解雇予告通知書と会社都合退職を明記した退職金明細を用意しておいたよ」

普段から労働関係にかかわらず、法律や法改正にを明るいですよアピールをしておくと、こういう時に活きるんだなぁと思ったけれど、それはそれ。
有給休暇はその時点で17日残っていたので「余ったら買い取るよ」とも提示してもらったのだけど、自分の選択肢に、それはなかった。

・さぁどうしよう

次の就職先のことではない。
降って湧いた休みの使い方である。
なんせ最低でも23連休である。経験したことなんか無いに決まっている。
その時ふと、ある事を思い出した。

「俺、九州と愛媛、高知に行ったこと無いなぁ」

横浜生まれ埼玉、北海道育ちの自分。
過去に色々と旅をしてきたけれど、九州だけは上陸すらしていなかった。
それならば……。

--そうだ、九州に行こう

・旅立ち

思い立ったが吉日である。
最終出勤日、僕は仕事用の荷物に加えて、4日分の着替えと風呂道具を車に積み込んだ。
寝床は決めていない。いや「決められない」というのが正しい。
なんせ旅程など、全く考えていないのだから。

定時に仕事を終え、僕は駐車場へと急ぐ。
去り際、本社の女子たちに呼び止められる。「少しの間でしたが、お世話になりました。」最後の挨拶を交わしたら、これ以上は何もいらない。
仕事鞄をリアシートに置き、エンジンをかける。
シートベルトを装着する間に、ヘッドライトがレベライザーのキャリブレーションを完了させたのを確認して、ギヤをDに入れる。
アクセルを軽く踏むと、パーキングブレーキが自動解除された音がする。
よし、いこう。はるか遠くに向けて、もう一段階、アクセルを踏み込む。

オドメーターは153,200kmほど。
さぁ、ここからが旅の始まりだ。

夕食を道中のショッピングモールに入居している某ハンバーガーショップで手早く済ませ、ガムと飲み物を買い、刈谷から名四国道へ合流する。
最初の経由地は、給油も兼ねて針テラスに定めた。
フランス車らしくゆったりとしたシートとハイドロサスの独特な乗り心地に身を任せていると、車窓はもう四日市の工場夜景。
そこから国道25号線へと向かうのだが、ここでトラブルが発生する。
22時からだと思っていた名阪国道の工事通行止めが、21時からだったのだ。
しかし僕は慌てない。落ち着いて国道1号線、鈴鹿峠へと進路を変える。
これから長い道のりになる。少しくらいの遠回りは、むしろ好都合だ。
ひたすらに国道1号線をトレースして、京都に入る。ガソリンはまだ、4割も消費していない。

・国道1号線と、国道9号線

鈴鹿峠を越えて、栗東インターまでのバイパス区間を順調に通過してから、最初のコンビニでトイレ休憩をとった。
西三河から約4時間。さすがに疲れが見え始めた。
ついでに野菜ジュースで糖分と栄養バランスの調整をする。
ペットボトルのカフェオレだけで満たしていたのどの渇きを、野菜と果物の繊維を残した液体が潤していく。
京都から国道1号線から国道2号線ルートと国道9号線完走ルート、どちらへ抜けるか選択を迫られる。
距離と時間が少なく済むのは確実に国道2号線。ただ、国道9号線も鳥取までの区間は走ったことがない。ぼんやり悩みながら五条通を西へ、河原町通、烏丸通、堀川通と越えていく。

ーーそう、堀川通も越えてしまったのだ。

国道1号線を走り続けるためには、堀川通で進路を南に取らねばならない。
しかし、タクシーや路上駐車を避けて、片側5車線のど真ん中を走っていたものだから、そのまま国道9号線へと進んでしまったのだ。
まぁいいや、せっかくだし、リカバリーせず走ってみよう。
名阪国道の工事といい、おっちょこちょいが続いているけれど、それもまた無計画な旅の醍醐味、なのかもしれない。

・始まるから、立ち止まる

国道9号線に進路を決めてしまえば、あとはひたすらに進むだけである。
ここから先は、未知の領域だ。
まず千代原口交差点をくぐり抜けるアンダーパスの、目測7%はあるだろう勾配に興奮を覚え、このルートにしてよかったと確認する。
それでも安全は優先する必要があるから、眠気は来ていなかったけれども、沓掛インター手前の駐車場が広いコンビニで強制的に仮眠をとる。

ーー1時間たっただろうか、そんなに寝た感じもないけれど、寝てないよりマシな感じで目が覚める。
そのままコンビニで用を足し、温かいを通り越して熱くなった缶コーヒーを買い、エンジンとドライバーの暖機に入る。幸い、まだ水温と油温の表示は残っている。
シートヒーターをONにして、缶コーヒーを一口。
不自然な苦みと、わざとらしい甘さに目が冴える。
この時、ナビには深夜1時の文字。
京都縦貫道には目もくれず、国道9号線に復帰する。
1日目のスタートだ。

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